辺りに立ち込める煙の匂い。
焼けた木材と土の混じる匂いが、戦いの余韻を告げていた。
「エレン……!」
誰かがその名を呼んだ。
煙の向こうから現れたのは、かつての同期――エレン・イェーガー。その背後にはミカサ、ジャン、コニーが続く。
「久しぶりだな、レオン。……ここで何をしてる?」
エレンの声は低く、棘があった。
「牙獣を追ってた。廃村で戦闘があった。……そっちは?」
「巨人討伐だ。ついさっき、この森で遭遇したばかりだ。……そっちが連れてきたわけじゃないよな?」
その言い方に、レオンの眉がピクリと動いた。
「俺たちは牙獣を追ってただけだ。巨人は関係ない」
「ならいい」
エレンはそれ以上何も言わず、レオンの横を通り過ぎて行く。
ミカサはエレンの背を目で追いながら、レオンに視線を向けた。
「……あなたが、彼の邪魔にならないことを願うわ」
ただの忠告だった。けれど、そこには確かな敵意が宿っていた。
「敵だ!」
森の北側――巨木の根元から、突然巨人の咆哮が響いた。
「今度は……通常種じゃない……!」
ベルトルトが呟く。彼の顔は青ざめている。
森の奥から現れたのは、異形の巨人。そしてその脇に並ぶのは、あの牙獣だ。
「共闘……してる?」
アルミンが声を震わせる。
巨人と牙獣。互いに意思の通じない存在だと思われていた。だが、今この場で、両者は連携して前線に迫ってきている。
「考えられない……!」
レオンが歯を食いしばる。
「来るぞ!」
戦闘が始まった。巨人たちが前線を突破し、牙獣が機動兵の背後を狙う。
「くそっ……やるしかねえ!」
ジャンとコニーが前に出る。ミカサはすでにエレンの背を守る位置へ飛んでいた。
「エレン、今だ!」
ミカサの指示に応じて、エレンが巨人化する。
――雷鳴のような音とともに、蒸気が森を満たす。
そして立ち上がる、15メートル級の進撃の巨人。
「……見たの、初めてだ」
クリスタが呟く。彼女の横で、ユミルが静かに息を呑んだ。
レオンは状況を見極めながら、牙獣の動きを追っていた。
だがそれ以上に、彼の視線はアニ、ライナー、ベルトルトに向かっていた。
(あいつらは……なぜ、動かない?)
巨人と牙獣が共闘する異常な事態。だが、ライナーは無表情のまま斧を持ち、動こうとしない。
「アニ、動けるか?」
「当たり前でしょ」
アニが飛び出し、牙獣の横腹に蹴りを叩き込む。
「やるな!」
「感心してる暇があったら援護して!」
レオンもすぐに続き、牙獣の背後に斬撃を加えた。今度は手応えがある。
「核が移動してる……!」
「え?」
「今の牙獣、うなじじゃない! 腹部の中心……!」
そう言ったレオンの眼光が鋭くなる。
「これは……まるで、“人間”の設計だ」
「退け、レオン!」
前方からミカサの声が飛ぶ。彼女の刃は、牙獣の肩を切り裂こうとしていた。
レオンは咄嗟に軌道をずらし、ミカサの動線を空ける。
「ミカサ、お前……!」
「エレンを守るためなら、誰であろうと排除する。あんたがどう動こうと関係ない」
冷たい声。殺意に近いものがそこにあった。
「俺たちは味方だろうが……!」
「今のエレンにとって、味方は“目的を共有する者”だけよ」
そう言い残し、ミカサは再び空へ舞った。
突如、牙獣が高く咆哮を上げる。
「逃げる……?」
「いや、これは……仲間を呼んでる」
ライナーがぽつりと呟いた。
次の瞬間、森の奥から新たな影が複数――牙獣に似た異形の生物が姿を現す。
「数が多すぎる……!」
エルドが判断を下す。
「ここは撤退だ! 負傷者を優先しろ!」
部隊は分かれ、それぞれ脱出ルートへ退避を始める。
エレンは巨人化を解除し、地上に戻っていた。
その横に立つミカサの目は、なおも警戒を解いていない。
その夜。
野営地で、レオンは火を見つめながら考え込んでいた。
(牙獣の進化……巨人との連携……そしてアニたちの沈黙)
「……俺は、何を信じるべきだ?」
「迷ってるの?」
アニが後ろから静かに現れる。
「いや。迷ってるんじゃない。確かめてるだけだ。お前が、何を見て、何を黙っているのかをな」
アニは火を見つめながら、口の端をわずかに上げる。
「全部が分かったとき、あんたは私を殺す?」
「そんなこと、したくない。……でも、世界が俺たちを分けるなら、俺は“自分の正しさ”を選ぶ」
「ふぅん……意外と、意地っ張りなんだね」
その頃、クリスタはユミルとテントの中にいた。
「さっきの戦い、見たよ。あんな動き……人間じゃない」
「……そうかもな」
ユミルはクリスタから目を逸らす。
「でもな、クリスタ。私は……あんたを守るためなら、何だってする。たとえ、それが――」
「知ってるよ」
クリスタの声は優しかった。
「だから私は……何も言わない。言えない。ただ、あなたの隣にいたいの」
ユミルの目が見開く。そして、ふっと笑った。
「……やっぱ、あんたは変な奴だよ」
その夜。
一人、廃村の井戸跡を見下ろしていた人物がいた。
「……あそこに“鍵”がある」
エレン・イェーガーの目は、深く静かな闇を見つめていた。
その背後に立つミカサが、彼を守るように立っている。
「エレン、もうすぐ……?」
「もうすぐだ。すべてが、始まる」
彼の眼には、確かな殺意と決意が宿っていた。