戦闘の余韻が、空気を重たく濁していた。
森を抜け、仮設野営地へと戻ったレオンたちの面持ちは沈んでいる。仲間の死、牙獣と巨人の連携、そしてエレンたちとの確執――あまりにも情報と感情が錯綜していた。
「……このままじゃ、またやられる」
ライナーが呟いた。無表情なその顔には、何か別の焦りが滲んでいた。
レオンはその横顔を見て、小さく息を吐く。
「お前ら、何か知ってるんじゃないのか」
その問いに、ライナーもベルトルトも一瞬だけ反応を見せる。
アニは、静かにレオンの隣に立ち、周囲を伺うように目を細めていた。
「今は……言えない。だが、気づいてるなら、それ以上深入りするな。命が惜しいならな」
ベルトルトの低い声。それが警告とも懇願ともつかぬ響きを持つ。
レオンは静かに拳を握った。
彼の直感が叫んでいる――あいつらは「壁の敵」でも「味方」でもない。
その狭間に立ち、何かと戦っている。
そこへ、地面を震わせるような蹄の音が近づいた。
野営地の入り口に現れたのは、調査兵団の象徴――黒装の騎馬兵たち。
その先頭、あまりにも有名な男が馬から降りる。
「兵士たち。お前らが“レオン”か」
低い声。鋭い眼光。
リヴァイ兵長だった。
「初めてだな。俺はリヴァイ。調査兵団の兵士長。――お前らの噂、聞いてる」
レオンが一歩進み出る。
周囲の空気が変わった。
「……その様子じゃ、戦場を見たな。牙獣と巨人の共闘も」
「見ました。異常な連携でした。牙獣は……単なる獣じゃない。意思を持ち、戦術を理解している」
リヴァイは腕を組み、短く頷く。
「だろうな。実は、俺たちも似た報告を何度か受けていた。牙獣は巨人と同じ“源”を持ってる可能性がある」
「源?」
「“力の源”だ。巨人化の能力と、あの獣じみた異形は何かでつながっている。そう考えた方が自然だ」
レオンの背筋が凍る。
リヴァイの口調には冗談も感情もなかった。
「……憲兵団と駐屯兵団も調査に入ってる。今、ここに来る」
その言葉の通り、しばらくして別方向から二つの騎馬部隊が到着した。
白装束の憲兵団。鎧を身に纏った駐屯兵団。
憲兵団の指揮を執るのはナイル・ドーク。
駐屯兵団からはピクシス指令が、部下のハンネスを伴って姿を現した。
ピクシスがレオンに目を細める。
「ふむ。お前が“牙獣殺し”の異名を持つ若者か。確かに……ただの訓練兵じゃなさそうだな」
「光栄です、司令官」
レオンは形式的に礼を取る。
だが、彼の視線は自然とリヴァイへと戻る。
「……兵長、ひとつ質問をしてもいいですか」
「ああ」
「もし、巨人も牙獣も“人間が作った”としたら、どう思います?」
その場の空気が一瞬で張り詰めた。
リヴァイは目を細めた。
「お前……どこまで知ってる?」
「俺は知らない。ただ、気づいたんです。牙獣の核の位置、反応速度、明らかに“訓練された兵士”と同じ。……そして、巨人と同じ“再生能力”を持ってる」
ピクシスが煙草をふかしながら呟いた。
「やはり、そうか……。実は、我々の中にもその可能性を示唆する報告がある。旧都市の地下で行われていた、“人体実験”の記録がな」
「……牙獣は、その実験の成れの果てかもしれない」
リヴァイが呟く。
「だとすれば、これまでの常識はすべて覆る。巨人とは、天災ではなく“兵器”だ」
憲兵団のナイルは声を荒げる。
「そんなことはありえん! 壁内の民がそんな非道を……!」
「民じゃねえ」
リヴァイが睨む。
「やったのは、王政、いや……その影に潜む“古い力”だ。今なお続く“選別”のために、獣を生み、巨人を操ってる」
全員が黙った。
そして、レオンの脳裏に浮かぶ――
アニ、ライナー、ベルトルト。
“巨人と同じ目”をした、かつての仲間たち。
「俺たちは、巨人と戦ってるつもりで……人間が作った化け物と戦わされてたのかもしれないんですね」
リヴァイがにやりと笑う。
「だから面白えんだろ。この地獄はよ」
その夜、作戦会議が開かれた。
三兵団の連携で、牙獣の生息地を割り出し、壊滅作戦を決行する方針が決定された。
「明朝、出撃だ」
リヴァイの声が、すべての兵士の背筋を正した。
レオンたち第104期生も、前線部隊に編成された。
その夜、レオンは一人、暗がりの中でアニに言う。
「俺、お前らが何者でも、すぐには憎めないと思う」
「……なんで?」
「それだけ一緒に戦ってきたから。だけど、それでも――いつか、向き合わなきゃならない。正面から、お互いに」
アニはしばらく何も言わず、夜空を見つめていた。
「……そのときは、手加減しないでよ」
「当然だ」
互いに顔は見えなかった。だが、心の奥で確かに何かが交差していた。