夜が明けた。
遠くの空に、かすかな異臭とともに、土煙が立ち上る。獣の雄叫びのような低音が風に乗って伝わってきた。
「来るぞ……!」
レオンが振り向くと、すでに調査兵団の兵士たちは馬に跨がり、立体機動装置を点検している。リヴァイは無言で刃を構え、視線は遥か前方に注がれていた。
牙獣と巨人の同時襲撃――それは壁外調査にとって想定外の脅威だった。
「数は……巨人が十体。牙獣が六。しかも統率が取れてる……!」
ハンジが叫ぶ。その目には興奮と緊張の両方が浮かんでいた。
レオンは仲間たちを確認する。アニは静かに立体機動装置のトリガーを調整し、ライナーとベルトルトは無言のまま背中合わせに陣を組む。クリスタの隣にはユミル――彼女だけがクリスタの袖を強く掴んでいた。
「ユミル……怖い?」
「違う。ただ、あんたを守るって決めたから」
その声に、クリスタはふと微笑んだ。しかしその奥に、確かに“知っている者の眼”があった。
巨人と牙獣が、森の向こうから姿を現す。
牙獣は、明らかに進化していた。体表は黒く硬化し、一部の個体には骨のような装甲が備わっている。かつてのように獣というより、兵士としての意図が見える。
「来いよ……“元・人間”ども……!」
レオンは地面を蹴って飛び出した。
彼の動きに、一瞬、兵士たちが目を見張った。尋常ではない速度、無駄のない機動。リヴァイすら、一瞬だけ目を細める。
「……化け物かよ、あの小僧」
レオンは牙獣の背後に入り込み、刃を交差させる。皮膚を裂き、筋繊維を断ち切る。だが、牙獣は巨人同様の再生能力を持ち、即座に復元する。
「斬っても意味がない――だったら……!」
レオンは、前回の戦闘で学んだ“核”の位置――うなじに近い背骨の中心へと、深く突き刺した。刃が骨を貫き、内部から赤黒い蒸気が噴き出す。
「やったか……?」
牙獣の体が痙攣し、地面に崩れ落ちる。
――だが、その直後。
「喋った……?」
倒れた牙獣が、かすかに声を発した。
「……た、す、け、て……」
その場にいた兵士たちが動きを止めた。
「今の……言葉か……?」
ハンジが目を見開いた。
「牙獣は……意思を持ってる……本当に“人間”なんだ……!」
リヴァイはすぐに動いた。
「止まるな! 敵はまだ多数いる。感情に飲まれた瞬間が、死の瞬間だ!」
その言葉に再び戦場が動き出す。
牙獣と巨人が連携して動く中、レオンはリヴァイと背中合わせに並ぶ。お互いの動きが、完璧に噛み合っていた。
「兵長!」
「足元、任せた!」
リヴァイが空中から牙獣の頭部を斬り裂く。その間に、レオンが膝裏の腱を断ち、倒れ込んだ瞬間にクリスタが補助に回る。
「っ……ありがとう、クリスタ!」
「まだまだ行けるでしょ、レオン!」
仲間たちが一体となり、牙獣を一体、また一体と沈めていく。
だがその時、戦場の奥から、異形の巨人が姿を現した。
全身を骨の鎧に包み、肩から背中にかけて、鋭い棘が突き出している。その背後には、他の巨人と牙獣が一線に並んでいた。
「……あれが指揮官か?」
リヴァイが呟いた。
「いや……“王”かもしれない」
その言葉に、全員の背筋が凍る。
だが、同時にレオンはその巨人の動きに違和感を覚える。
「待て……あれは……」
――何かが、違う。
その巨人が、一歩、また一歩と近づくたびに、地面が軋み、空気が変わる。
「巨人の中に、牙獣の能力が……?」
「融合体……!」
そう呟いたのは、アニだった。
レオンはアニを見た。
その目が、一瞬だけ“懐かしさ”と“恐怖”を宿していた。
「アニ……」
彼女はレオンの視線に気づくと、ふと目を伏せた。
「来るよ。あれは、普通の巨人じゃない……。もしかしたら、“こっち側”の……」
レオンは口を噤んだ。
次の瞬間――融合巨人が、咆哮を上げた。
その咆哮は地形を揺らし、周囲の牙獣と巨人を強制的に鼓舞する。数体の巨人が異常な速度で走り出した。
「後衛、崩れるぞ! 配置を再構築しろ!」
リヴァイが叫ぶ。
そして、レオンは決断する。
「俺が、正面から行く。兵長、援護お願いします!」
「無茶言うな、ガキが……!」
そう言いながらも、リヴァイは立体機動で背後に回り込む。
レオンは牙獣と巨人の群れの中へと突っ込む。無数の腕が掴もうと伸びてくるが、すべてを読み切った動きで回避し、融合巨人の目前に迫る。
「終わらせる……!」
渾身の斬撃――その刃が、融合巨人のうなじに届いた瞬間、内部から強烈な蒸気が噴き出した。
「レオン――!!」
クリスタの叫びが、戦場に響いた。
次の瞬間、爆風のような衝撃と共に、融合巨人が自壊した。
その場に残されたのは、膝をつき、立ち上がれずにいるレオン。
「……まだ、生きてる」
彼は呟き、血を吐きながら立ち上がる。
その姿を、リヴァイは無言で見つめていた。
「……お前、やっぱり普通じゃねえな」
戦場は静まり返っていた。
巨人も、牙獣も、全てが沈黙し、焦げ臭い蒸気だけが漂っていた。
ハンジがその場に駆け寄り、倒れた融合体の破片を採取しながら、目を見開いた。
「これ……人間の骨格……しかも、内部に“器官”が残ってる……」
「つまり……やっぱり」
レオンが言う。
「巨人も、牙獣も、人間を素材にして造られている……」
その言葉に、兵団全員が絶句した。
誰かが、今も、どこかで。
人間を“兵器”に変え続けている――。
そしてそれは、すぐ隣にいる誰かかもしれない。
アニはレオンの背中を見つめながら、拳を強く握った。