壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第6話 牙の咆哮

夜が明けた。

 

遠くの空に、かすかな異臭とともに、土煙が立ち上る。獣の雄叫びのような低音が風に乗って伝わってきた。

 

「来るぞ……!」

 

レオンが振り向くと、すでに調査兵団の兵士たちは馬に跨がり、立体機動装置を点検している。リヴァイは無言で刃を構え、視線は遥か前方に注がれていた。

 

牙獣と巨人の同時襲撃――それは壁外調査にとって想定外の脅威だった。

 

「数は……巨人が十体。牙獣が六。しかも統率が取れてる……!」

 

ハンジが叫ぶ。その目には興奮と緊張の両方が浮かんでいた。

 

レオンは仲間たちを確認する。アニは静かに立体機動装置のトリガーを調整し、ライナーとベルトルトは無言のまま背中合わせに陣を組む。クリスタの隣にはユミル――彼女だけがクリスタの袖を強く掴んでいた。

 

「ユミル……怖い?」

 

「違う。ただ、あんたを守るって決めたから」

 

その声に、クリスタはふと微笑んだ。しかしその奥に、確かに“知っている者の眼”があった。

 

巨人と牙獣が、森の向こうから姿を現す。

 

牙獣は、明らかに進化していた。体表は黒く硬化し、一部の個体には骨のような装甲が備わっている。かつてのように獣というより、兵士としての意図が見える。

 

「来いよ……“元・人間”ども……!」

 

レオンは地面を蹴って飛び出した。

 

彼の動きに、一瞬、兵士たちが目を見張った。尋常ではない速度、無駄のない機動。リヴァイすら、一瞬だけ目を細める。

 

「……化け物かよ、あの小僧」

 

レオンは牙獣の背後に入り込み、刃を交差させる。皮膚を裂き、筋繊維を断ち切る。だが、牙獣は巨人同様の再生能力を持ち、即座に復元する。

 

「斬っても意味がない――だったら……!」

 

レオンは、前回の戦闘で学んだ“核”の位置――うなじに近い背骨の中心へと、深く突き刺した。刃が骨を貫き、内部から赤黒い蒸気が噴き出す。

 

「やったか……?」

 

牙獣の体が痙攣し、地面に崩れ落ちる。

 

――だが、その直後。

 

「喋った……?」

 

倒れた牙獣が、かすかに声を発した。

 

「……た、す、け、て……」

 

その場にいた兵士たちが動きを止めた。

 

「今の……言葉か……?」

 

ハンジが目を見開いた。

 

「牙獣は……意思を持ってる……本当に“人間”なんだ……!」

 

リヴァイはすぐに動いた。

 

「止まるな! 敵はまだ多数いる。感情に飲まれた瞬間が、死の瞬間だ!」

 

その言葉に再び戦場が動き出す。

 

牙獣と巨人が連携して動く中、レオンはリヴァイと背中合わせに並ぶ。お互いの動きが、完璧に噛み合っていた。

 

「兵長!」

 

「足元、任せた!」

 

リヴァイが空中から牙獣の頭部を斬り裂く。その間に、レオンが膝裏の腱を断ち、倒れ込んだ瞬間にクリスタが補助に回る。

 

「っ……ありがとう、クリスタ!」

 

「まだまだ行けるでしょ、レオン!」

 

仲間たちが一体となり、牙獣を一体、また一体と沈めていく。

 

だがその時、戦場の奥から、異形の巨人が姿を現した。

 

全身を骨の鎧に包み、肩から背中にかけて、鋭い棘が突き出している。その背後には、他の巨人と牙獣が一線に並んでいた。

 

「……あれが指揮官か?」

 

リヴァイが呟いた。

 

「いや……“王”かもしれない」

 

その言葉に、全員の背筋が凍る。

 

だが、同時にレオンはその巨人の動きに違和感を覚える。

 

「待て……あれは……」

 

――何かが、違う。

 

その巨人が、一歩、また一歩と近づくたびに、地面が軋み、空気が変わる。

 

「巨人の中に、牙獣の能力が……?」

 

「融合体……!」

 

そう呟いたのは、アニだった。

 

レオンはアニを見た。

その目が、一瞬だけ“懐かしさ”と“恐怖”を宿していた。

 

「アニ……」

 

彼女はレオンの視線に気づくと、ふと目を伏せた。

 

「来るよ。あれは、普通の巨人じゃない……。もしかしたら、“こっち側”の……」

 

レオンは口を噤んだ。

 

次の瞬間――融合巨人が、咆哮を上げた。

 

その咆哮は地形を揺らし、周囲の牙獣と巨人を強制的に鼓舞する。数体の巨人が異常な速度で走り出した。

 

「後衛、崩れるぞ! 配置を再構築しろ!」

 

リヴァイが叫ぶ。

 

そして、レオンは決断する。

 

「俺が、正面から行く。兵長、援護お願いします!」

 

「無茶言うな、ガキが……!」

 

そう言いながらも、リヴァイは立体機動で背後に回り込む。

 

レオンは牙獣と巨人の群れの中へと突っ込む。無数の腕が掴もうと伸びてくるが、すべてを読み切った動きで回避し、融合巨人の目前に迫る。

 

「終わらせる……!」

 

渾身の斬撃――その刃が、融合巨人のうなじに届いた瞬間、内部から強烈な蒸気が噴き出した。

 

「レオン――!!」

 

クリスタの叫びが、戦場に響いた。

 

次の瞬間、爆風のような衝撃と共に、融合巨人が自壊した。

 

その場に残されたのは、膝をつき、立ち上がれずにいるレオン。

 

「……まだ、生きてる」

 

彼は呟き、血を吐きながら立ち上がる。

 

その姿を、リヴァイは無言で見つめていた。

 

「……お前、やっぱり普通じゃねえな」

 

戦場は静まり返っていた。

 

巨人も、牙獣も、全てが沈黙し、焦げ臭い蒸気だけが漂っていた。

 

ハンジがその場に駆け寄り、倒れた融合体の破片を採取しながら、目を見開いた。

 

「これ……人間の骨格……しかも、内部に“器官”が残ってる……」

 

「つまり……やっぱり」

 

レオンが言う。

 

「巨人も、牙獣も、人間を素材にして造られている……」

 

その言葉に、兵団全員が絶句した。

 

誰かが、今も、どこかで。

人間を“兵器”に変え続けている――。

 

そしてそれは、すぐ隣にいる誰かかもしれない。

 

アニはレオンの背中を見つめながら、拳を強く握った。

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