壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第7話 砕かれた静寂、揺らぐ信頼

レオンが目を覚ましたのは、天幕の中だった。

 

視界はぼやけ、脳の奥で鈍い痛みがうねる。身体中に包帯が巻かれ、右腕は固定されている。喉は乾ききっていた。

 

「……水……」

 

かすれた声に、誰かが駆け寄ってくる気配。

 

「レオン、よかった……!」

 

それはクリスタだった。彼女は焦るように水筒を傾け、慎重に口元へ注いだ。ひと口、ふた口。ようやく喉の渇きが引いていく。

 

「……助かった……のか?」

 

「うん。あなたが融合巨人を仕留めたおかげで、あの場は制圧できた。……でも、あなた、ずっと意識が戻らなくて……」

 

クリスタの声が震えていた。レオンは薄く微笑んで言った。

 

「俺がこんな姿になるなんて、想像できなかっただろ?」

 

「そんなこと……ないよ。私は、信じてた」

 

ほんの一瞬、彼女の瞳の奥に、他の誰にも言えない秘密が揺らいだように見えた。

 

「ユミルは……?」

 

「外にいるよ。あなたの無事を聞いて、安心してた」

 

その名を聞いたとき、レオンの記憶にうっすらと焼きついていた違和感が再び顔を覗かせる。

 

(……ユミル。あの時、融合巨人の咆哮に対して、一瞬だけ……恐怖じゃなく“理解”のような顔をしていた)

 

ふと、キャンプの外から低い声が聞こえた。

 

「――ようやく目ぇ覚ましたか、坊主」

 

テントの布がめくれ、リヴァイが入ってくる。いつもと変わらぬ無表情だが、どこか目が鋭い。

 

「リヴァイ兵長……」

 

「お前、ひとつ聞かせろ。あの融合巨人の攻撃をどうやって予測した?」

 

「予測……というか……体が勝手に動いたんです」

 

「そうか。……ならもうひとつ。お前、あいつら――牙獣や巨人たちの動きを、まるで“内側”から見てるみたいに感じたことは?」

 

レオンは黙った。

 

その問いは、核心を突いていた。

 

「……正直、あの融合体が現れた瞬間、“知ってる”と感じた。前にもどこかで、同じものを見たような……」

 

リヴァイは一歩、近づいて来た。

 

「お前の中には、何かが眠ってる。それはお前自身の意思じゃないかもしれない」

 

言葉の意味が、レオンの胸に鈍く響く。

 

「……俺は、人間ですよ」

 

リヴァイは目を細め、無言でテントを出ていった。

 

その背中に、クリスタがぽつりと呟いた。

 

「兵長は、きっとあなたを守りたいんだと思う。……疑ってるように見えるけど、あなたが仲間であることを確かめようとしてるの」

 

「……そうだといいけどな」

 

***

 

その夜。別の天幕では、ハンジが牙獣の検体を前に分析を進めていた。

 

「やっぱり……人間の神経細胞が残ってる。しかも、薬物によって異常増殖した痕跡もある。これはもう、“獣”とは言えない……」

 

後ろで聞いていたリヴァイが、言った。

 

「つまり、あれは人間だったってことか?」

 

「そう。もともとは“誰か”だった。おそらく、マーレか、それに連なる組織による人体実験……」

 

「巨人と牙獣。異なる形をしていても、同じ地獄から生まれた存在だ」

 

ハンジが目を伏せた。

 

「そして、彼らは“意思”を持っていた。『助けて』なんて言葉を発したんだよ? 私たちはそれを……斬った」

 

「じゃあ、何だ。あいつらと対話しろってのか?」

 

「……分からない。でも、レオンには“彼らの気配”を感じ取る能力がある。まるで、何かがリンクしてるように」

 

リヴァイは天幕の外を見やった。

 

「その“何か”が敵なのか味方なのか……それを見極めるのは、俺たちの役目だ」

 

***

 

一方、静かな夜の草地に並んで座る二人――クリスタとユミル。

 

「……ユミル、ねえ、あなた……やっぱり……」

 

「……黙ってて、クリスタ」

 

ユミルは、苦しそうな表情を浮かべた。

 

「言いたくないんじゃない。言ったら、あんたが危なくなるからだ。私は……巨人になれる」

 

クリスタは、頷いた。

 

「……やっぱり、そうだった」

 

「驚かないのかよ」

 

「なんとなく、分かってた。あなたが……いつも“見えない何か”と戦ってるの、感じてたから」

 

ユミルは目を伏せ、短く息を吐いた。

 

「でもな、私はレオンとは違う。あいつは、自分の“何か”をまだ知らない。けど私は、全部知ってる。……全部、後悔してる」

 

「私は、あなたの味方だよ。ユミルがどんな存在でも、それは変わらない」

 

その言葉に、ユミルは初めて泣きそうな目を見せた。

 

***

 

そして――数時間後。レオンが外に出ると、焚き火の向こうに、見覚えのある背中があった。

 

エレンと、ミカサ。

 

「よう。ようやく起きたか、レオン」

 

「……エレン。お前もここに?」

 

「当たり前だろ。あんな騒ぎのあとで、駐屯兵団と調査兵団の間で連携取らなきゃならなくなった」

 

ミカサが静かにレオンを見つめた。

 

「あなた、傷は……」

 

「まだ痛むけど、動けるくらいにはなった」

 

エレンは笑ったが、その笑顔には棘があった。

 

「お前、すげぇ戦い方するよな。リヴァイ兵長と並ぶような真似までしてさ。そんなに“特別”になりてぇのか?」

 

「……なんだよ、それ」

 

「いや、ただの冗談だよ。ただ、オレには分からない。あんな奴らを斬って、仲間が死んで、まだ前に進もうって思えるあんたが」

 

「エレン……」

 

ミカサが止めようとしたが、レオンはそれを遮った。

 

「お前は、進みたくないのか?」

 

「進むさ。でも、その道に“正義”があるかは分からない。……あんたにはあるのか?」

 

レオンは一歩だけ前へ出た。

 

「俺は……自分の信じたものに刃を振るう。それだけだ」

 

二人の視線が交錯する。

 

夜風が吹き、火の粉が舞った。

 

やがて、ミカサがレオンに小さく囁いた。

 

「……エレンは、怖いんだ。自分が何を壊すのか。自分が“誰”なのか、もう分からなくなってるのかも」

 

その言葉に、レオンは静かに頷いた。

 

そして心の中で思う。

 

(……俺も、きっと同じだ。俺が“誰”なのか、まだ分からない)

 

その時、背後からアニの声が届いた。

 

「レオン」

 

振り向けば、銀の月明かりの中に立つ少女。

冷たい瞳の奥に、わずかな揺らぎがあった。

 

「次の任務が決まったよ。……“壁外拠点跡地”の調査。例の牙獣たちが出現した区域」

 

「了解。……アニ、お前はあの融合体を見て、何を思った?」

 

アニは、ほんのわずか、表情を曇らせた。

 

「……懐かしいと、思った」

 

レオンは、確信した。

 

(やはり……アニ、ライナー、ベルトルト……そしてユミル。お前らは“向こう側”の存在なんだな)

 

ただ、それを口に出すことは、まだしない。

今はまだ、その時じゃない。

 

だからこそ、レオンは静かに、剣の柄を握った。

 

砕かれた静寂の中で、

“次の戦い”が始まろうとしていた。

 

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