牙獣と巨人が沈黙した壁外拠点に、奇妙な静寂が降りた。
破壊された施設跡に積もった灰のような土砂が、血と煙の匂いを吸い込んでいく。
その中央に、レオンは一人膝をついていた。
額に浮かぶ冷汗は止まらず、呼吸がうまく整わない。
(……また、あの“声”が聞こえた……)
『オマエ、マタ、ココニ……』
あの牙獣が、確かに意識を持っていた。しかもそれは、彼に対して“記憶”を語るようだった。
(何なんだ……俺は、あいつらに何をされた……?)
肩に置かれた手が、思考を遮った。
「レオン、大丈夫か?」
アニだった。血の付いたブレードを背に収め、心配そうに眉を寄せている。
「……ああ。少し頭が重いだけだ。疲労だろう」
「……そう。無理すんなよ。さっきの戦い、普通じゃなかった」
「お前もだ。あの連携……お前が合わせてくれなかったら俺は今頃、噛み砕かれてたかもな」
「当然でしょ。私たちは“同期”なんだから」
その言葉の中に、わずかに照れと信頼が滲んでいた。
レオンはわずかに微笑み返し、その場にゆっくりと立ち上がる。
「ライナーたちはどうなった?」
「後方で他の巨人を片付けてた。けど……様子が変だったな」
「変?」
「妙に慎重だった。ベルトルトも。……牙獣の出現が、想定外だったのかもね」
(あるいは……自分の“立場”が脅かされたと感じたのか)
レオンは心の奥でそう呟いた。
彼の中で、ライナーたちへの違和感は少しずつ“確信”へと変わっていく。
そして――その時、突風が吹いた。
空から、黒い影が降下する。
凛とした刃のような風圧。調査兵団特有の高速降下術。
「来たな……」
レオンがつぶやくと同時に、姿を現したのは“人類最強の兵士”、リヴァイ・アッカーマンだった。
「状況は?」
「牙獣を撃破。残存巨人も排除済み。ですが……問題があります」
アニが報告を引き継いだ。
「何だ?」
「牙獣が、我々に“意思”を向けてきました。……人語に近い“思念”のようなものを、レオンが……」
「……そうか」
リヴァイの鋭い視線が、レオンに突き刺さった。
「お前が“あの時”の被験体か。……ああ、目つきで分かった」
「被験体……?」
後方にいたジャンが呟く。
「てめぇ、何か隠してんのかよ」
「今はその話じゃない」
リヴァイが鋭く一喝する。「まずは、この戦場の後始末を優先しろ」
「了解!」
指示を受けたリヴァイ班が素早く動き出す。ミカサ、エルド、オルオ、ペトラ、そしてグンタたちが、拠点の周囲に展開していく。
ミカサの視線が、一瞬レオンに向けられた。
無言のまま、鋭い眼差しを残して去っていく。
(……エレンとミカサ。あいつらとも、いつか決着をつけなきゃならないかもしれないな)
レオンの中には、かつての出来事への苛立ちと失望が残っていた。
エレンの独善的な行動と、ミカサの盲目的な忠誠。それが多くの命を失わせた、という記憶が。
「レオン」
今度はユミルが声をかけてきた。その傍らに立つクリスタは、何かを決意したような表情をしている。
「……ありがとう、さっきの援護」
クリスタが小さく頭を下げる。
「あれがなかったら、私……」
「俺がやったわけじゃない。ユミルのおかげだ」
「違う。あなたがあの場にいたから、ユミルが“踏みとどまった”。私は、そう思う」
レオンは目を細めた。
クリスタの瞳の奥にある“確信”は、何かを見抜いた者の光だった。
(……この子も、“気づいている”のか。ユミルのことに)
ユミルがわざとらしく咳払いし、視線を逸らす。
「ま、あんたらが勝手に騒いでる分にはいいけど。変に踏み込みすぎんなよ。そういう奴は――長生きできねぇ」
その言葉には、誰よりも優しい“警告”が含まれていた。
「レオン。話がある」
再び、リヴァイが戻ってきた。
「少し、移動しろ。お前に“伝えるべき情報”がある」
「了解」
歩き出したリヴァイの背に、レオンは静かについていった。
(ようやく、核心に近づけるのか……それとも)
拠点跡の丘を越えた先に待っていたのは、予想を上回る現実だった――。