壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第9話 黒翼の到来 前編

牙獣と巨人が沈黙した壁外拠点に、奇妙な静寂が降りた。

破壊された施設跡に積もった灰のような土砂が、血と煙の匂いを吸い込んでいく。

 

その中央に、レオンは一人膝をついていた。

額に浮かぶ冷汗は止まらず、呼吸がうまく整わない。

 

(……また、あの“声”が聞こえた……)

 

『オマエ、マタ、ココニ……』

あの牙獣が、確かに意識を持っていた。しかもそれは、彼に対して“記憶”を語るようだった。

 

(何なんだ……俺は、あいつらに何をされた……?)

 

肩に置かれた手が、思考を遮った。

 

「レオン、大丈夫か?」

アニだった。血の付いたブレードを背に収め、心配そうに眉を寄せている。

 

「……ああ。少し頭が重いだけだ。疲労だろう」

 

「……そう。無理すんなよ。さっきの戦い、普通じゃなかった」

 

「お前もだ。あの連携……お前が合わせてくれなかったら俺は今頃、噛み砕かれてたかもな」

 

「当然でしょ。私たちは“同期”なんだから」

 

その言葉の中に、わずかに照れと信頼が滲んでいた。

レオンはわずかに微笑み返し、その場にゆっくりと立ち上がる。

 

「ライナーたちはどうなった?」

 

「後方で他の巨人を片付けてた。けど……様子が変だったな」

 

「変?」

 

「妙に慎重だった。ベルトルトも。……牙獣の出現が、想定外だったのかもね」

 

(あるいは……自分の“立場”が脅かされたと感じたのか)

 

レオンは心の奥でそう呟いた。

彼の中で、ライナーたちへの違和感は少しずつ“確信”へと変わっていく。

 

そして――その時、突風が吹いた。

 

空から、黒い影が降下する。

凛とした刃のような風圧。調査兵団特有の高速降下術。

 

「来たな……」

 

レオンがつぶやくと同時に、姿を現したのは“人類最強の兵士”、リヴァイ・アッカーマンだった。

 

「状況は?」

 

「牙獣を撃破。残存巨人も排除済み。ですが……問題があります」

アニが報告を引き継いだ。

 

「何だ?」

 

「牙獣が、我々に“意思”を向けてきました。……人語に近い“思念”のようなものを、レオンが……」

 

「……そうか」

リヴァイの鋭い視線が、レオンに突き刺さった。

 

「お前が“あの時”の被験体か。……ああ、目つきで分かった」

 

「被験体……?」

後方にいたジャンが呟く。

 

「てめぇ、何か隠してんのかよ」

 

「今はその話じゃない」

リヴァイが鋭く一喝する。「まずは、この戦場の後始末を優先しろ」

 

「了解!」

 

指示を受けたリヴァイ班が素早く動き出す。ミカサ、エルド、オルオ、ペトラ、そしてグンタたちが、拠点の周囲に展開していく。

 

ミカサの視線が、一瞬レオンに向けられた。

無言のまま、鋭い眼差しを残して去っていく。

 

(……エレンとミカサ。あいつらとも、いつか決着をつけなきゃならないかもしれないな)

 

レオンの中には、かつての出来事への苛立ちと失望が残っていた。

エレンの独善的な行動と、ミカサの盲目的な忠誠。それが多くの命を失わせた、という記憶が。

 

「レオン」

今度はユミルが声をかけてきた。その傍らに立つクリスタは、何かを決意したような表情をしている。

 

「……ありがとう、さっきの援護」

クリスタが小さく頭を下げる。

 

「あれがなかったら、私……」

 

「俺がやったわけじゃない。ユミルのおかげだ」

 

「違う。あなたがあの場にいたから、ユミルが“踏みとどまった”。私は、そう思う」

 

レオンは目を細めた。

クリスタの瞳の奥にある“確信”は、何かを見抜いた者の光だった。

 

(……この子も、“気づいている”のか。ユミルのことに)

 

ユミルがわざとらしく咳払いし、視線を逸らす。

 

「ま、あんたらが勝手に騒いでる分にはいいけど。変に踏み込みすぎんなよ。そういう奴は――長生きできねぇ」

 

その言葉には、誰よりも優しい“警告”が含まれていた。

 

「レオン。話がある」

再び、リヴァイが戻ってきた。

 

「少し、移動しろ。お前に“伝えるべき情報”がある」

 

「了解」

歩き出したリヴァイの背に、レオンは静かについていった。

 

(ようやく、核心に近づけるのか……それとも)

 

拠点跡の丘を越えた先に待っていたのは、予想を上回る現実だった――。

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