壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第13話 交錯する正義

重く沈んだ空気の中で、誰もが口を閉ざしていた。

旧監視施設での牙獣との戦闘、そしてヒッチの告げた一言――「裏切り者がいる」――その余韻が、全員の胸を締め付けていた。

 

レオンは一歩、他の者たちから距離を取り、監視カプセルの前に立っていた。

中に浮かぶ、半ば変異した“元・人間”。

その顔に、どこか見覚えがある気がした。

 

「……こいつは……」

 

記憶の底に沈んでいた過去が、泡のように浮かび上がる。

あの実験棟――牙獣の第一種個体が脱走した“地獄”の一日。

生き残ったはずの仲間の顔が、カプセルの中で歪んでいた。

 

「嘘だろ……お前まで、“こんな姿”に……」

 

背後で足音が響いた。振り返ると、アニが立っていた。

その表情は、冷静を装いながらも、どこか揺れていた。

 

「レオン……あんた、気づいてるんでしょ」

 

「何に、だ?」

 

「……この中に、“味方じゃない誰か”がいるってことに」

 

アニの言葉には、覚悟が込められていた。

自分自身も、その疑惑の対象に含まれているとわかっていて、なお口にする強さ。

 

「お前はどう思う? ……ライナーや、ベルトルトのことを」

 

アニは答えなかった。ただ視線を下げたまま、拳を握りしめる。

 

沈黙の中で、レオンの中に一つの確信が芽生える。

 

(やはり……“あいつら”は何かを隠している)

 

だが、それは同時にアニに対する“疑い”にも繋がるはずだった。

なのに、なぜかレオンの中でアニだけは別だった。

根拠のない直感――だが、それは“戦場で命を預け合った者”としての本能だった。

 

 

施設内の一室で、作戦会議が行われていた。

 

「この監視施設……中央は“牙獣兵器”を凍結したんじゃなくて、“保管”してた可能性が高いわね」

 

ヒッチが冷たく言う。

その目は、味方に向けるものではなかった。

 

「どうして、憲兵団がそれを?」

 

レオンの問いに、ヒッチは鼻で笑った。

 

「答えられるわけないでしょ。でも、あんたたちは“牙獣の正体”に近づきすぎた。だから、中央は何か“処理”をしたがってる」

 

「俺たちを消すつもりか?」

 

「さあ? でも一つだけはっきりしてる。……この中に、牙獣を導いたやつがいる。そうでなきゃ、さっきの襲撃は起こらない」

 

会議室内には緊張が走った。

 

レオン、アニ、ライナー、ベルトルト、ミカサ、モブリット――

誰かが裏切り者だという前提のもとに、皆の思考が回っていた。

 

「……俺は一つ提案がある」

 

レオンが立ち上がる。

 

「この場で、全員“立体機動装置”を提出しろ。中に発信機が仕込まれている可能性がある。牙獣が位置を特定できたとしたら、その経路は“内部”にしかない」

 

最も現実的な推測だった。

だが、沈黙が続く。

 

「ライナー、どうした? 出せない理由でもあるのか?」

 

レオンの鋭い問いに、ライナーは少し遅れて立ち上がった。

 

「……わかった。出すよ」

 

彼の視線が揺れていた。だが、それを見抜ける者は少ない。

唯一、ベルトルトが焦ったように彼を見ていた。

 

(やはり……この二人の間に“秘密”がある)

 

レオンはそれを確信しかけていた。

同時に、アニの動揺も見逃さなかった。

 

(……でも、彼女は“巻き込まれている”側だ)

 

その確信は、レオンにとって不思議なほど強固だった。

 

 

夜。

 

仮眠時間になり、施設内は静まり返っていた。

 

レオンは一人、監視カプセルの前にいた。

背後から、柔らかな足音。

 

「眠れないの?」

 

声の主はアニだった。

 

「……お前もか」

 

「……ええ。こんな場所で、ぐっすり眠れるほど図太くはないわ」

 

二人は無言のまま並んだ。

どこか、遠くを見るように。

 

「なあ……お前さ、“もしも”の話なんだけど」

 

「……?」

 

「もし……仲間だと思ってた誰かが“敵”だったら……どうする?」

 

アニは少し黙ってから、答えた。

 

「……そいつが“本当は仲間でいたかった”のなら、私は……戦う前に話をする」

 

その言葉に、レオンの胸が痛んだ。

 

(……それは、お前自身のことか?)

 

聞きたかったが、聞けなかった。

 

アニがふっと笑う。

 

「変ね。私、誰かにこうやって話をするの、あんまりないのに」

 

「なら、俺は……“その誰か”になれてるか?」

 

その言葉に、アニは目を見開いた。

 

そして――

 

「……そうね。今は、なれてるかも」

 

そう呟いて、彼女はレオンの肩にそっと寄りかかった。

 

その一瞬の静寂が、嵐の前のように感じられた。

 

 

その夜、施設の警報が鳴り響いた。

 

「牙獣――!? いや、違う、これは……!」

 

ミカサが剣を構えた瞬間、天井を突き破って現れたのは、巨人だった。

 

しかも――知性巨人。

 

「なっ……なんでこんな場所に……!」

 

ライナーとベルトルトが同時に言葉を失った。

 

その時、レオンの中に――確信が落ちた。

 

(やはり、お前たちが――)

 

続く爆音。

施設が崩壊を始め、外から新たな巨人たちの足音が迫っていた。

 

「全員、退避行動! 地上に出るぞ!」

 

モブリットの叫びが響き渡る中、レオンはアニの手を引いて走った。

 

その中で交錯する。

 

正義とは何か。

守るべきものは何か。

そして、誰を信じるべきか。

 

レオンの瞳は、逃げ場のない選択に向かって開かれていた――。

 

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