壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第14話 罪の系譜

瓦礫の煙が視界を曇らせる中、レオンはアニの手を引いて駆けていた。

崩れ落ちた旧監視施設の天井から現れたのは、明らかに“意志”を持つ巨人――知性巨人だ。

牙獣との戦闘の傷も癒えぬまま、調査隊はさらなる脅威の渦中へと放り込まれた。

 

「ライナー! ベルトルトはどこだ!?」

 

ミカサの怒声が響くが、返事はない。

爆発的な破壊の中心にいたはずの彼らは、既に姿を消していた。

 

「……やっぱりか」

 

レオンは歯を食いしばった。

これまでうっすらと感じていた違和感。それがようやく、確かな“像”として輪郭を結ぶ。

 

(奴らは“こっち側”じゃない)

 

アニは隣で無言だった。だが、手を繋いだまま走るその指先が、小さく震えていた。

 

 

地上へ脱出したのは、レオン、アニ、ミカサ、ヒッチ、モブリット、そして数名の調査兵たちのみ。

牙獣の襲撃で傷ついた仲間たちは、すでに施設の崩壊に巻き込まれていた可能性が高い。

 

「……いまの巨人、見覚えがあるわ。たしか、ストヘス区で“突然現れた”個体」

 

ヒッチが険しい顔で呟いた。

 

「そのときも、誰かが“内部から”情報を漏らしていた可能性が高いって話だった……」

 

モブリットが、レオンに向き直る。

 

「君は何か知っているのか? 巨人の正体について」

 

レオンは少し迷ったが、答える決意をした。

 

「……ライナーとベルトルトは、“巨人化”できる可能性がある。少なくとも、あの二人の行動パターンには、すでに複数の矛盾があった」

 

「証拠は?」

 

「まだ確証には至ってない。でも、現場で感じる違和感は、理屈よりも信じるに値する」

 

ミカサが無言で頷いた。

戦場での“勘”が真実を突くことがあるのは、彼女も理解している。

 

「……だとしたら」

 

アニの声がか細く響く。

 

「彼らの“使命”って……なんなの?」

 

レオンはその問いに、答えられなかった。

 

 

夜が更け、焚き火の前で小隊が休息をとっていた。

だが誰も眠ろうとはせず、それぞれが“裏切り”の余波に沈黙していた。

 

その中で、レオンは一冊の手帳を取り出した。

 

「これは……?」

 

ミカサが問う。

レオンは焚き火の明かりの中でページを開く。

 

「旧施設で見つけた研究員の記録だ。“牙獣開発計画”と書かれてる。しかも、マーレという名前が何度も出てくる」

 

「マーレ……?」

 

その名を聞いて、ヒッチの顔色が変わる。

 

「それ、本当にそう書いてあったの?」

 

「ああ。中央憲兵の書類にすら、こんな言葉はなかったはずだ」

 

モブリットが険しい顔で手帳を覗き込んだ。

 

「ここに書いてある通りなら、牙獣も巨人も、“ある国家”が仕組んだ兵器計画の“副産物”だ。……いや、正確には“人体兵器”そのものか」

 

そして、そのページの末尾に、レオンが目を疑うような文があった。

 

『第六試験体における変異反応、成功。対象名:L.A. 被験体識別番号:ΦR-07』

 

「……これは」

 

レオンの心臓が跳ねた。

 

それは――彼の本名のイニシャルだった。

 

 

アニは焚き火の向こうから、じっとレオンの様子を見つめていた。

 

「……レオン。あんた、本当は何者なの?」

 

問いに対して、レオンはしばらく黙っていた。

だが、ついに口を開く。

 

「俺は……記憶を失っていた。“地下施設”で目覚めたとき、俺は既に兵士だった。……だが、たった一つだけ、名前だけは覚えてた。レオン・アルヴィス。それだけだ」

 

「でも、それが手帳にあったのよ?」

 

「ああ……つまり、俺は“牙獣開発”の実験体の一人だった可能性が高い」

 

焚き火の炎が揺れた。

アニの目が、揺らぎの奥で、レオンを強く見据える。

 

「……それでも、私は信じる。あんたがここまで“人間”として歩んできたってことを」

 

レオンは少しだけ笑った。

 

「ありがとう。……アニ、お前がそう言ってくれるなら、まだ戦える気がする」

 

そのとき、背後の木々がざわめいた。

 

「……誰か来る」

 

ミカサが即座に反応し、全員が構えを取った。

 

現れたのは、意外な人物――

 

「久しいな」

 

闇から姿を現したその人影は、月明かりを背にしていた。

 

「リヴァイ兵長……!」

 

焚き火の光が揺らめく中、リヴァイが一歩、静かに地面を踏みしめる。

背後にはハンジと数名の兵士たち。緊急展開用の馬車部隊が伴っていた。

 

「……お前ら、いい面構えになったな」

 

リヴァイの声に、ミカサが敬礼で応じる。その視線の先に立っていたのは、すでに一線を越えた覚悟を宿した者たち。

 

「兵長、今、重大な情報を発見しました。牙獣と巨人、そしてこの――」

 

「分かってる。お前が“特別”なのもな」

 

リヴァイの視線が、レオンに突き刺さる。

冷たいようで、どこか探るようなその目。

 

「お前……本当は“誰”だ?」

 

その問いに、レオンは焚き火の前に腰を下ろし、静かに口を開いた。

 

「俺の本当の名前は、レオン・アルヴィス。……少なくとも、研究資料にそう記されていた」

 

その名に、ハンジが眉をひそめる。

 

「アルヴィス……あの実験記録にあった“失踪被験体”……!」

 

「俺は、マーレの牙獣開発の実験体だった。記憶のほとんどを失った状態でパラディに流れ着き、訓練兵に志願した。だが、“レオン・アルヴィス”として名乗ることは避けた。だから……名前を変えた。今の“レオン・ヴィスナー”として」

 

その場に沈黙が落ちた。

 

ミカサもアニも、そしてヒッチも、誰一人として彼を責めなかった。

 

リヴァイはただ、短く言った。

 

「……名を変えた理由が“逃げ”でなければ、それでいい」

 

ハンジが手帳をめくりながら、資料を読み上げる。

 

「ΦR-07。これがあなたの実験体番号。詳細には“巨人因子移植の安定成功例”。……つまり、レオン、君の身体には巨人化能力が宿っている“可能性”がある」

 

「……俺が巨人に?」

 

「確実とは言えない。ただ、制御を失えば“牙獣”のようになる恐れもある。危険な賭けよ」

 

レオンは、自身の掌を見つめた。

力を持っているかもしれない。だが、その力が“人”でいられる保証はない。

 

アニが、そっと彼の手に触れる。

 

「なら、あんたが“人間”でいられるように、私がそばにいる」

 

その言葉に、レオンの心に小さな光が灯った。

 

 

翌朝、調査兵団の急報が届いた。

 

「巨大樹の森に牙獣が現れたとの報せだ。……しかも、複数体。同時に」

 

モブリットが紙を読み上げながら、顔をしかめる。

 

「牙獣は単体でも厄介なのに……複数ってどういうことだ?」

 

「牙獣は、元は人間だった。つまり――造られた“量産型”が存在する」

 

ハンジの言葉に、兵たちは息を呑む。

 

「しかも、そのうちの一体――“第六号”には特殊な特徴がある。皮膚の硬化能力と、高速再生。それに加えて……」

 

「知性があるんですね?」

 

ヒッチが言葉を継いだ。

それは、先日の戦闘で彼女が見抜いた違和感――“狙いを定めてくる”動きだった。

 

ハンジは大きく頷いた。

 

「やつらは、もはや“野生”じゃない。指令を受けて動いてる。つまり、裏で糸を引く存在がいる」

 

「……マーレ、ってわけね」

 

ヒッチが吐き捨てるように言う。

それは、彼女の父親が政治的に関わっていた国家の名だった――彼女が最も忌み嫌う“権力の影”。

 

 

巨大樹の森。

調査兵団は牙獣の捕獲作戦を展開していた。

 

レオン、アニ、ミカサ、ヒッチ、ハンジ、リヴァイ。主力が揃ったこの作戦は“試金石”となる。

 

「……レオン、お前は後方支援に回れ」

 

リヴァイが命令する。

 

「前線で力を使わせたくない。万が一暴走でもされたら困る」

 

「わかってます。……でも、いざってときは」

 

「お前を斬るのは、俺の役目だ」

 

リヴァイの目は真剣だった。それでもレオンは頷く。

 

「……よろしくお願いします」

 

 

戦闘が始まった。

 

牙獣は以前よりも“理性的”だった。罠を回避し、分断を避け、集団で行動する。

一体は明らかに“リーダー”格で、目には知性の光すら宿っていた。

 

「やはり“操られて”いるな……!」

 

ハンジが叫び、部隊に指示を飛ばす。

 

レオンは木の上からその動きを監視していた――だが、視界の端に、意外な人物を捉える。

 

「……あれは、ライナー……?」

 

遠く離れた木陰に、重装備の兵装を纏ったライナーとベルトルトの姿。

そしてその足元には……牙獣を“誘導”する装置のような箱。

 

「……あいつら、まさか」

 

その時だった。牙獣がレオンの方へ一気に跳躍――

 

「レオン!!」

 

アニが間に入った。立体機動で牙獣の口を塞ぐように飛び込む。

レオンは咄嗟に彼女を支えるが、着地の衝撃で一瞬意識が飛びかけた。

 

アニの声だけが聞こえる。

 

「……死なないで。あんたは“罪”を背負ってるんじゃない。“選ばれてしまった”だけ」

 

「アニ……」

 

「だから、私は……あんたのそばにいるって決めたの」

 

レオンの視界に涙が滲んだ。

 

 

戦闘は、辛うじて調査兵団の勝利に終わった。

牙獣数体のうち、一体は捕獲。残りは逃走。ライナーとベルトルトの姿は、霧の中に消えていた。

 

その夜、レオンは捕獲された牙獣に接近する。

拘束具で動けぬ状態だが、その目はレオンを見ると一瞬だけ、瞳孔が開いた。

 

「……ΦR-07」

 

低く、かすれた声。レオンは驚愕する。

 

「……“話した”のか……」

 

牙獣のその一体だけが、人間の記憶を少しだけ保っていた。

 

「君は……僕と同じ“番号”だった者か?」

 

「オマエ……実験失敗体。俺……第六成功体……最初の……“兵器”」

 

「なら、君にはまだ“心”がある。なら、俺が救ってみせる……!」

 

牙獣の目から、一筋の涙が流れた。

レオンは手を伸ばそうとしたが、牙獣の体はそのまま泡のように崩壊していった。

 

遺されたのは――一片の記憶だった。

 

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