壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第15話 残響の中で

風が唸る。牙獣が放った最後の咆哮が、まるで空間そのものを裂くように空へ消えていった。

 

その直後、レオンの脳裏に奔流のように流れ込んできたのは、血と鉄の匂いに満ちた白い部屋。

拘束具。注射器。震える自分の手。

そして、その名を呼ぶ無機質な声。

 

――「アルヴィス個体、反応良好。次段階へ移行」

――「レオン・アルヴィス、第六群に分類。変異率7.4%。記録せよ」

 

自分の記憶ではないようで、それでいて確かに“自分”であったもの。

 

気がつくと、レオンは地に膝をついていた。

周囲の戦闘は終息しており、リヴァイ班が牙獣の死骸を囲み、警戒態勢を解こうとしているところだった。

 

「レオン……?」

 

アニの声がかすかに届く。だが、彼の視線は宙に浮いたままだ。

 

「レオン、どうしたの?」クリスタが寄ってくる。

 

「……いや、何でもない。ただの……頭痛だ」

 

そう言って立ち上がるレオンの目はどこか遠く、感情の焦点を失っていた。アニはその様子を黙って見つめていた。

 

 

その夜、仮設の宿営地にて。

 

「で、この化け物は“牙獣”ってやつなんですか?」ジャンが苦々しく言う。

 

「そうらしいね。ハンジさんの言ってた通りなら、巨人とは違う進化を遂げた“人為的な存在”……だとか」

 

コニーが顔をしかめた。「なあ、それってさ、つまり……人間だったってこと?」

 

「……実験体ってことだろうな」ライナーが低く言った。

 

その声に、場の空気が少しだけ沈む。

 

「そういう言い方するなよ、気分悪ぃ」ジャンが吐き捨てるように言うが、ライナーは何も返さない。

 

そのとき、ベルトルトが静かに席を立った。水筒を持つ手が微かに震えている。

 

レオンはその様子を、アニの横顔越しに黙って見つめていた。

──明らかに不自然な“怯え”だ。仲間を気遣う様子ではない。何かを恐れている。それも、内部から崩れそうなほどに。

 

アニもまた、ベルトルトの動きに一瞬だけ視線をやったが、何も言わずに沈黙を選んだ。

 

(……やはり、何かが噛み合っていない)

 

レオンの心に、その確信が音を立てて沈んでいった。

 

 

夜も更け、見張りを交代していたリヴァイ班のもとへ、ハンジが帰還した。

 

「牙獣の遺体、簡単に調べてきたけど……驚いたよ。脊髄液、あれ、巨人とほとんど同じ構造だよ。けど、決定的に違うのは“変質率”。」

 

「つまり?」リヴァイが言う。

 

「つまり、巨人の力を基礎にしながら、異なる経路で肉体を再構成されたってこと。もっと悪質な、倫理もクソもないやつ。

明らかに“人が人を作り変えた”痕跡があった」

 

クリスタが言葉を詰まらせる。「そんな……そんなこと、誰が……」

 

「王政か、それとも別の権力か……まあ、断言はまだできないけど」

 

その時、爆音が響いた。

 

「何だ!?」

 

兵士たちが一斉に跳ね起きる。音のした方向、そこには……裂けるような悲鳴と、巨人化の蒸気。

 

「……やったな」レオンが低く呟く。

 

「嘘……」コニーが声を失う。

 

ライナーの巨体が、筋繊維の皮膚を裂いて現れた。全身を覆う硬質の装甲。

その隣には、巨人化したベルトルト。超大型の発熱が瞬く間に周囲の木々を燃やしていく。

 

「なっ、何で……」サシャの声が震える。「なんで、あいつらが……!」

 

「裏切りだよ」アニの声が、静かに、しかし確かに落ちた。

 

「……なあ、アニ」ジャンが振り返る。「お前、前から気づいてたんじゃないのか?」

 

アニは答えなかった。ただ、レオンのほうを一度だけ見て――静かに目を伏せた。

 

レオンはアニの視線を受け止めたまま、言った。

 

「全部、終わりにしよう。今ここで」

 

巨人化したライナーとベルトルトが立ち上がると同時に、周囲は炎と恐怖に包まれた。超大型の発熱で立木が倒れ、地面は焼かれた。牙獣との戦いで消耗していた兵士たちが一斉に後退し、包囲線を崩される。

 

「このタイミング……最初から狙ってたのか!」リヴァイが地を蹴る。

 

「退避優先! 負傷者を最優先に!」ハンジが叫ぶが、誰もが恐慌に陥っていた。

 

「……レオン!」

 

その中、アニの声だけが真っ直ぐに飛んだ。

 

「ライナーたちを止めるには、今しかない……!」

 

レオンは頷いた。背負っていた立体機動装置のベルトを締め直し、アニと視線を合わせる。

 

「行くぞ、アニ」

 

「うん」

 

背中合わせに同時に飛び出す。まるで息を合わせるような滑らかな連携。

超大型の蒸気の間を縫い、ライナーの硬質装甲のわずかな隙間を目指して突き進む。

 

「なぜだ、ライナー!」レオンが叫ぶ。

 

その問いに、鎧の巨人は何も言わず、ただ拳を振るった。

音を切り裂いて迫る一撃を、レオンはギリギリで躱す。

 

「……お前たちは仲間だった! サシャも、コニーも、ジャンも……アニも! それでも裏切るのか!?」

 

その言葉に反応したのか、一瞬だけライナーの動きが鈍った。

 

「レオン……危ない!」

 

アニが叫ぶと同時に、超大型の巨人が熱波を爆発させる。

吹き飛ばされながらもレオンはアニの腕を掴み、立体機動で木々を蹴って着地する。

 

「無茶しすぎ……!」

 

「お前も、だろ」

 

互いに苦笑するが、視線は鋭く敵を捉えている。

 

そのとき、木陰から一人の少女が現れた。

クリスタだった。恐怖に引きつった表情のまま、それでも足を止めずに歩いてくる。

 

「……ユミル、やめて。行かないで」

 

その声は、巨人化しようとしていたユミルの背に届いていた。

 

「……見てたのか、クリスタ」

 

「ずっと前から気づいてたよ。あなたが、人間じゃないって。けど、私は……あなたを信じたい」

 

ユミルの手が震えた。硬化しかけていた皮膚が戻る。

 

「何で……そんな顔すんだよ……バレたら、私なんか……」

 

「私は、あなただから一緒にいたんだよ。……ただ、それだけ」

 

涙が零れる。だが、戦場に響いたその言葉は、誰よりも強かった。

 

 

その隙を縫って、リヴァイとレオンが接近する。

 

「やれるか、ヴィスナー」

 

「……アルヴィスです、本名は。けど、今は“レオン”でいいです」

 

リヴァイは一瞬だけ目を細めた。

 

「名前なんざどうでもいい。殺れるかどうかだ」

 

「……やります。絶対に、終わらせる」

 

レオンの目に、決意の炎が灯る。

 

その刹那、リヴァイとレオンが同時に飛び込んだ。

雷槍を使ったリヴァイの突撃がライナーの腕を貫き、レオンの刃が装甲の裂け目に突き刺さる。

 

「……ライナー……!」

 

レオンは力を込めた。

 

「お前が本当に仲間だったなら、せめて最後は……この手で終わらせてやる!」

 

次の瞬間、ライナーの巨人が崩れた。ベルトルトもまた、気力を失い座り込むように消滅する。

 

戦いが、終わった。

 

 

その後。

 

拘束されたライナーとベルトルトは、重罪人として引き渡されることとなった。

王政も軍部も、事態の重さに揺れ、今後の対応に追われることとなる。

 

レオンたちはその余波の中で、束の間の平穏を得る。

 

「……これで、本当に仲間だった奴らが……」

 

ジャンが、言葉を失う。

 

「けど、レオンが止めてくれたんだ」クリスタがそっと言う。

 

「まだ終わってない」レオンは静かに答える。「巨人の真実も、牙獣の正体も、全部繋がってる。ここからだよ」

 

アニがその隣で小さく笑った。

 

「……らしくないな。あんたがそう言うなら、きっとそうなんだろうね」

 

そしてその日、誰にも知られず、レオンは一通の報告書を読み上げていた。

かつて自分が“レオン・アルヴィス”という名で、どんな人体実験に晒されていたのか。その記録の一部だった。

 

(自分は何者で、なぜ牙獣が自分に反応したのか)

 

その答えは、次の任務に託される。

 

 

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