壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第3章 選ばれしものたち
第1話 揺れる心と熱を孕む視線


冷たい風が、壁外の空気と入り混じるように調査兵団本部へと吹き込んでいた。

 

巨人と牙獣の脅威が同時に迫る中、調査兵団内では新たな対策班の編成が急がれていた。リヴァイ班を中心に精鋭が再編されると同時に、104期生の中からも実力ある者が選抜されていた。

 

「……俺たち、本当に選ばれたんだな」

 

ジャンが緊張気味にそう呟く。隣にいたサシャが頷きながらも、腹の音を鳴らしていた。

 

「うぅ、おなかすいたぁ……任務前の補給、少なすぎません?これじゃ戦えないですよぉ!」

 

「緊張感なさすぎだろ、サシャ……」

 

コニーが呆れながらも、少しだけ肩を緩めた。

 

アニ、クリスタ、レオンの三人も、その光景を少し離れた場所から見ていた。騒がしいが、仲間らしい温かさがあった。

 

アニはふと、視線を右に向ける。そこには、静かに立ち、窓の外を見ているレオンの姿があった。

 

「……お前、また何か考え事?」

 

「……いや」

 

短く返すが、その声はどこか曇っていた。

 

クリスタがそっと寄ってくる。「レオン、無理してない?」

 

「してないさ。けど……また、牙獣と当たることになるだろ?」

 

その言葉に、アニとクリスタの表情が強ばる。牙獣——人体実験の末に生み出された異形の兵器たち。巨人と違い、人の意識や記憶の痕跡を残したまま暴走する存在。

 

「今回の任務、元・監視施設跡地だって聞いた。牙獣の本拠に近い場所だ」

 

レオンの言葉に、アニが鋭く目を細めた。

 

「……気をつけなきゃ。相手は人間の“なれの果て”だってこと、忘れそうになる」

 

そのとき、遠くから鋭い声が飛ぶ。

 

「貴様ら、集合だ。ブリーフィングを始めるぞ」

 

リヴァイの低くも重みある声が、広間に響く。全員が一斉に整列し、ハンジが前に出てくる。

 

「今回の任務は、牙獣の発生源とされる“旧実験区域”の調査よ。レオンを中心とした特別班、そしてリヴァイ班が共同で向かいます」

 

ハンジは地図を広げながら続ける。

 

「ただし……この地点、以前、レオンが保護された場所に近い。レオン、記憶の断片でも何でもいい。思い出したことがあれば必ず報告して」

 

「……わかった」

 

レオンの本名は、レオン・アルヴィス。今は“レオン・ヴィスナー”と名乗っているが、牙獣計画に関わる深い過去を持つ。本人ですら記憶の一部が曖昧なままだ。

 

――その時、ミカサがレオンをじっと見つめていた。彼女の隣にはエレンがいる。今は口を閉ざしているが、どこか苛立つような視線をレオンに向けているのが、アニの目には見えた。

 

(やっぱり……エレンは、レオンが気に入らないんだ)

 

クリスタもまた、ミカサの動きを察していた。だがそれ以上に気になるのはユミルの様子だった。最近のユミルは妙にそわそわしていて、何かを隠しているように見える。

 

(……ユミル、もしかして……)

 

クリスタだけが知っていた。ユミルもまた、巨人化能力を持つことを——。

 

出発の準備が始まり、104期の選抜メンバーはそれぞれ装備を整えていった。

 

その合間に、アニとレオンが二人きりになる瞬間があった。アニはふと背を向けたまま、声をかけた。

 

「ねえ……あんた、最近私のこと避けてない?」

 

「……そんなつもりはないさ」

 

「嘘つけ。クリスタと話してるときの方が、ずっと自然に見える」

 

レオンは返答に困った。そして静かに言う。

 

「……俺はお前が、怖い。いや、違うな。お前の中に、俺と似た“何か”を感じるんだ」

 

アニは驚いたように目を見開く。だがすぐに、それを無表情に隠した。

 

「……バレてた、ってことか」

 

レオンはゆっくりと頷いた。

 

「お前や……ライナー、ベルトルト。普通じゃないんだって、なんとなくわかる。俺の“感覚”が、そう告げてる」

 

「言うつもりか?」

 

「いいや。言わないよ。今はまだ、その時じゃない。ただ……」

 

レオンは少しだけ笑った。

 

「どこかで、俺たちは似てると思う。戦う理由も、生き方も、きっと」

 

アニはその言葉に、しばらく何も言わなかった。ただ、わずかにレオンの背中に寄り添うように近づいていた。

 

一方で、クリスタはその様子を遠くから見ていた。手には小さな布を握っていた。レオンが落としたハンカチだった。

 

「……ずるいよ、アニ」

 

クリスタは微笑むように呟くが、その瞳の奥には確かな想いが揺れていた。

 

――そして、出発の時が来る。

 

牙獣と巨人、二重の脅威が待つ“旧実験区域”へと向かうレオンたちの馬車は、朝焼けの中を走り出していった。

 

馬車が進むにつれ、風景は荒れ果てた廃墟へと変わっていった。

 

旧実験区域——かつて中央第一研究所と呼ばれたその場所は、すでに地図上からは削除され、政府の記録にもほとんど残っていない。だが、レオンの失われた記憶の一部は、確かにここで刻まれた。

 

「見えてきたな……」

 

リヴァイが馬の手綱を引きながら言った先には、無機質な鉄の門と、崩れかけた建物群が広がっていた。

 

「ここが……牙獣の研究が行われていた場所……」

 

ジャンが眉をひそめながら呟く。空気が異様だった。死の匂いが漂っている。何かが潜んでいるような、そんな緊張感。

 

「サシャ、後方警戒。コニーは上層を見張れ。ジャン、クリスタ、レオンに同行しろ。アニ、ミカサ、お前らは左右から展開しろ」

 

リヴァイの指示は迷いがなかった。それぞれが散開し、レオンたちは崩れた施設の中へと足を踏み入れる。

 

天井が一部落ち、床には血の染みのような跡が残っていた。だが、それは古いものではなかった。

 

「これは……最近のもの……?」

 

クリスタが不安げに声を上げる。

 

「牙獣は、まだこの近くにいるかもしれないってことだな」

 

ジャンが警戒しながら言い、レオンも頷いた。

 

「……ここに来て、少し思い出してきた」

 

レオンが壁に残された文字を指差す。

 

「“ケースC-013:アルヴィス個体、感情抑制実験失敗。凍結措置”。俺……ここで実験されてた。子供の頃から、名前も違っていた」

 

アニが静かに訊く。「ヴィスナーって名は?」

 

「脱出したとき、助けてくれた人が偽名をくれた。レオン・ヴィスナー。今の俺は、そいつのおかげで生きてる」

 

「……あんたも、選ばれた側だったんだね」

 

アニの目が揺れる。クリスタも言葉を詰まらせていた。

 

そのとき——轟音が響いた。

 

「来たな!」

 

リヴァイの声と同時に、建物の天井を突き破って、牙獣が姿を現す。

 

それは人型に近いが、異様なまでに腕が長く、両腕の関節が逆向きに折れ曲がっている。全身の皮膚は焼け爛れ、顔面の皮は剥がれたまま再生を繰り返していた。

 

「こいつ……まさか、まだ生き残っていた個体が……!」

 

ハンジが叫ぶ。牙獣は咆哮し、リヴァイたちに向かって飛びかかってくる。

 

「散開しろッ!」

 

リヴァイが立体機動で上空へ跳ぶ。ミカサとアニもすぐに追随し、刃を振るった。

 

牙獣の硬質化した表皮が、剣をはじく。しかし、その動きは明らかに人間の戦闘技術を模倣していた。

 

「まるで……訓練を受けた兵士みたいな動きだ……!」

 

ジャンが呆然としながらも援護射撃を放つ。その隙を突いて、レオンが空中で軌道を変えた。

 

「お前の動きは、俺も見たことがある……!」

 

レオンの剣が、牙獣の首元に深く突き刺さる。だが、牙獣は呻き声と共に再生を始め、レオンの顔を認識するかのように視線を向けてきた。

 

「……ヴィスナー……?」

 

その一言が、レオンの動きを一瞬止めた。

 

「知っている……?俺の名前を……?」

 

牙獣の声は歪んでいたが、確かにレオンに語りかけていた。

 

その隙を狙い、リヴァイが突進。雷槍を牙獣の胸部に突き刺して爆破する。

 

「甘さを捨てろ。お前の過去は、お前の中にしかねぇ」

 

レオンはその言葉に、拳を握り締めた。

 

牙獣は絶叫と共に崩れ落ち、再生を遂げる前にリヴァイの刃が頸部を切断した。爆発するように灰が舞い、牙獣はようやく沈黙した。

 

静寂が訪れた。瓦礫の中、レオンはゆっくりと腰を下ろす。

 

「……あれは、俺のことを知っていた。俺と同じ実験の……」

 

「仲間、だったのかもな」

 

アニがそっと近づき、同じ目線に座った。

 

「それでも、あんたは生きてる。そいつらの分まで、生きる意味がある」

 

クリスタもそばに膝をつく。

 

「レオン、あなたの過去がどんなでも、今のあなたは——私たちの、大切な仲間だから」

 

三人は、崩れた研究施設の中央で、しばし言葉もなく、互いの存在を感じていた。

 

その後ろで、リヴァイやハンジが残された資料を回収しながら、静かに呟く。

 

「……牙獣計画は、まだ終わってねぇ」

 

「レオン……お前が鍵だな」

 

そうして、次なる戦いの予兆を胸に、調査兵団は旧施設を後にした。

 

陽が傾く中、馬の蹄が再び音を立て、三つの心がそれぞれの想いを秘めて走り出していた。

 

 

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