壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第2話 白日の下へ

その日、空は重たく曇っていた。

 

 雨粒が絶え間なく打ち付ける中、調査兵団の特別班は東部の廃村「ヴァルヒ村」に到着していた。旧監視施設跡を探索する任務――だが、これは単なる探索ではない。「牙獣」研究の痕跡と、それに関連する背後勢力を探る重要任務だった。

 

 レオンはマントの裾を握り、黒く染まった瓦礫の上を睨む。

 

「……血痕。最近のものじゃないな」

 

 リヴァイが短く頷いた。

 

「少なくとも数日は経ってる。だが……妙だ。人間の血の他に、獣のものが混ざってやがる」

 

 ミカサが斜め後ろで警戒を強めていた。アルミンが瓦礫を調べながら口を開く。

 

「この村、完全に放棄されてる……けど、生活の痕跡が新しい。誰かがここを拠点にしていたか、あるいは……実験場?」

 

 「実験」――その言葉に、レオンの心臓が嫌な脈を刻む。

 

 思い出すのは、あの夜。牙獣に襲われた教会。人間の形をしていながら、理性を失い、仲間を食い散らす異形の怪物たち――

 

 そのときだった。

 

 雨音を断ち切るように、ガシャンという金属音が響く。

 

「合図か……?」リヴァイが目を細めた。

 

 続けざまに、前方の建物の影から三人の影が姿を現す。

 

 ライナー・ブラウン。ベルトルト・フーバー。そして――アニ・レオンハート。

 

 再会はあまりにも唐突で、あまりにも静かだった。

 

「……来たか、レオン」

 

 ライナーの低い声が響く。ベルトルトはうつむき、アニは感情の見えない表情で、レオンを見つめ返していた。

 

 クリスタがレオンの肩を掴む。「あれは……まさか、敵……?」

 

 ユミルが目を細めて言う。「いや……ただの再会じゃなさそうだ」

 

 レオンはゆっくりと前に進み、雨の中でアニと対峙した。

 

「何ヶ月ぶりだ……なぜここにいる」

 

 アニは目を逸らさない。「あなたこそ……どうしてここに?」

 

 そのとき、クリスタの手がレオンの背中で震えた。

 

「アニ……あなた、本当に敵じゃないの?」

 

 アニは答えない。雨が強くなり、雷鳴が遠くで轟く。

 

 そして――ライナーが口を開いた。

 

「もう……隠すのはやめよう。どうせ、すべては白日の下に晒される。なら……俺たちの正体を、ここで明かす」

 

 その言葉に、全員が息を呑んだ。

 

「俺たちは――壁の外から来た戦士だ。鎧の巨人、超大型巨人、そして……女型の巨人」

 

 アルミンが目を見開く。「なっ……!」

 

 ミカサがすかさず動こうとした瞬間、レオンが右手を上げて制止する。

 

「まだだ」

 

 その声には、かすかに震えがあった。だが――確信もあった。

 

「……なぜ、今その話をする。なぜ、今……俺たちの前に現れた」

 

 ライナーは苦しげに目を伏せ、ベルトルトはただ雨を見つめている。そしてアニだけが――何も言わなかった。

 

 レオンの視線が、アニに向けられる。

 

「答えろ……アニ」

 

異様な静けさが、監視塔跡地に広がっていた。

 

 雨が止み、雲間から差す薄光が、瓦礫の影を伸ばしている。だが、今この場にいる者たちの誰もが、その静けさを安堵ではなく、嵐の前の異常な緊張として感じ取っていた。

 

 レオンは鋭く息を吸った。

 

「アニ……お前は、何を隠してる?」

 

 その問いは、静かに、だが鋭く空気を裂いた。アニの蒼い瞳がわずかに揺れ、足先がわずかに後退する。

 

「……今、それを問うの?」

 

「今だからこそ、だ。お前は俺に言ったな。『あの時、手を離した理由は――』って」

 

 アニの視線が鋭くなる。まるで、レオンがその続きを口にすることを拒むかのように。

 

 だがレオンは止まらなかった。

 

「あれからずっと、答えを聞けなかった。だが、今なら分かる。お前の中に、俺の知らない”何か”があるってことくらい……な」

 

 アニの眉がかすかに動いた。それは警戒か、それとも覚悟か。

 

「お前だけじゃない……ライナーも、ベルトルトも、そしてユミルもだ。全員……どこかで俺たちに嘘をついてる。だがな、アニ。俺はお前にだけは――裏切られたくなかった」

 

 その一言に、アニの肩がわずかに震えた。

 

「……それでも、信じるの?」

 

 アニの声は低く、ほとんど呟きに近かった。クリスタがアニの横に立ち、静かに彼女を見つめる。

 

「アニ……私も、同じ気持ち。レオンを……いや、“私たち”を騙していたなら、それでもいい。けど……あなたが一人で苦しんでるなら、それを黙って見てることは、できないよ」

 

 アニは目を伏せる。長く伸びた睫毛が雨水に濡れ、頬に影を落とした。

 

「お前ら……優しすぎる」

 

 ライナーの声が、その場に割って入った。彼の声は重く、どこか諦めの響きを帯びている。

 

「本当なら、このまま黙って消えるつもりだった。けどな……俺たちはもう、戻れねぇ。ずっと……自分を偽ってきた。人間としての顔を、仲間としての言葉を……全部嘘で塗り固めて……それでも、全部壊したくなかったんだよ」

 

 ベルトルトが震える声で呟く。

 

「俺たちは……間違ってたのかもしれない。だけど……今さら、もう、止まれない」

 

 レオンがアニの腕を取る。

 

「なら、せめて……お前だけでも、止まってくれ。ここから逃げることはできる。まだ、選べるだろ?」

 

 アニは、レオンの手を見つめた。指先が触れ合い、わずかに、熱が交わる。

 

 だが、次の瞬間。

 

 ――ガガガッ!!!

 

 銃声と爆風が轟き、遠方の崖が崩れた。

 

 リヴァイが鋭く叫ぶ。「敵襲だ!後方の尾根から武装部隊が接近してくる!」

 

 ジャンが叫ぶ。「牙獣か!?それとも別勢力!?」

 

 レオンがアニを見る。「このままじゃ、共倒れだ。戦うか、逃げるか……お前が決めろ」

 

 アニは、わずかに――頷いた。

 

「……あんたを守るよ、今だけは」

 

 彼女の足が地を蹴った。背後ではライナーが鎧を纏い、ベルトルトがその背に火薬筒を構える。

 

「……全員、散開して戦え!この場を死守する!」

 

 雷鳴が再び響き、激しい戦闘の幕が上がる。

 

 そして、レオンの心には、たった一つの確信があった。

 

 ――この再会は、必ず意味を持つ。

 

 すべてが「白日の下」に曝されたこの瞬間から、物語は決して元には戻らない。

 

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