雷鳴と共に戦場が始まった。
東部廃村ヴァルヒの尾根上に、牙獣兵団が姿を現したのは、ライナーたちが正体を明かして間もなくだった。無数の牙獣が、野生とは思えぬ隊列で突進してくる。その背後には、鎧のような装甲を纏った人型の異形兵――牙獣兵団の制御体。かつての人間だった者たちが、痛ましい姿に改造されて前線に放たれていた。
レオンが叫ぶ。
「戦列を組め!リヴァイ班、右翼の崖上を押さえろ!アルミン、後方の奇襲に備えろ!」
「了解!」ペトラが即座に応じ、立体機動で左翼へ飛び出す。後に続くのは、オルオ、エルド、グンタ。リヴァイ班がその真価を発揮する時が来た。
「ペトラ!二体目、崖上から来るぞ!」
「任せて!」
ペトラの刃が軌道を描き、牙獣のうなじへと正確に突き刺さる。しかし、異形兵は異常なほどの反応速度で跳ね退けた。
「……硬化してる!? 通常の刃じゃ通らない!」
リヴァイが歯を食いしばる。「クソ……あれは巨人化実験の応用か。人間の神経が残ってやがる」
レオンの視界の隅で、ライナーが牙獣と真っ向からぶつかり、腕力でねじ伏せている。その姿は――鎧の巨人と酷似していた。
(まさか……あいつ、まだ変身せずに力を使ってるのか?)
後方、指揮本部の仮設テントでは、ピクシス司令が双眼鏡を片手に戦況を見つめていた。
「……これが、噂の『牙獣』という奴らか。人間を巨人化とは違う手法で改造したとな。何ともまぁ、おぞましい話じゃ」
傍らに控えるナイル・ドークが眉を顰める。
「このままでは戦列が崩壊します。ライナーたちの力を頼るのは危険すぎるのでは?」
「うむ……だが、あやつらの真意が見えるまで、もう少し泳がせてもよかろう。リヴァイとヴィスナー……あの二人が前にいる限り、味方は簡単には崩れまい」
再び戦場。
レオンは牙獣の一体と交戦中だった。長い鉤爪、跳躍、そして人語に近い唸り声。確かに、以前よりも進化している。
「……お前ら、本当に人間だったのか」
鋭い一撃を回避しつつ、レオンは構えを変えた。膝を落とし、気配を絞る。視線すら逸らし――牙獣の死角に滑り込む。
「……お前たちの悲鳴を、無駄にはしない」
その刃がうなじを裂き、獣の体が崩れ落ちる。だが、息をつく間もなく、背後からさらなる咆哮が迫る。
「レオンッ!」
アニの声。横から飛び込んできた彼女が、レオンを押しのけて牙獣の突進を受け止める。
ぐしゃり、と肉の裂ける音。
「アニ……!」
「平気……ちょっと、かすっただけ。バカ……あんたは死なないって、言ったじゃない」
アニの肩口には深い裂傷。だが、彼女の表情はどこか安堵していた。
「私、気づいてた。あんたがいつか……本当の私に問いかけてくれるって」
その声に、クリスタが戦列の隙間から駆け寄る。
「アニ! 無理しないで……!」
アニはクリスタにちらりと目をやると、静かに言った。
「大丈夫。レオンを守るためなら……私、何度でも立ち上がれるから」
その姿を見たクリスタの目が揺れる。だが彼女は、すぐに表情を引き締めた。
「なら、私も……あなたの背中を守る」
その瞬間、牙獣の背後から現れた別の個体――異形の巨人化兵が、叫び声と共に突撃してきた。
「やべぇ!オルオ、下がれっ!」
ペトラの叫びと共に、リヴァイが動く。
「全員、散開! 俺がやる!」
その瞬間、時間が凍りついたかのような静寂――そして、雷鳴のような音を伴ってリヴァイが回転した。
斬撃。跳躍。そして――
「終わりだ」
リヴァイの刃が牙獣兵のうなじを二重に斬り裂き、異形の巨人が崩れ落ちた。
再び、雨が降り始めた。
戦場は静まり返る。生き残った牙獣兵はすでに撤退を開始していた。
ライナーはベルトルトと共に後退しようとする。だが――レオンが声をかけた。
「ライナー、ベルトルト……アニだけじゃない。お前らも、選べるはずだ」
ライナーの目が揺れた。
「俺たちには……もう、そんな資格は……」
「ある。まだ、ある。ここで……誰かを守ろうとするなら」
その言葉に、ほんの一瞬、空が晴れたように思えた。