夜明け前の空は鉛色に沈み、寒気をはらんだ風が野営地を吹き抜けていた。
仮設本部の中央テントには、調査兵団・駐屯兵団・憲兵団の中核が集められていた。ピクシス司令の下、リヴァイ、ハンジ、ナイル・ドーク、そしてレオンやリヴァイ班の姿もある。
地図に刻まれた赤線の先――それが“ガリアの谷”。
「ここが牙獣兵団の拠点だと確認されている」
ピクシスは地図を指でなぞる。「敵はこの谷の地形を利用し、巨人すら踏み込めぬ“地獄”を築いている。だが奴らの行動範囲は、この谷から広がっている。ここを潰さねば……人類の平穏はない」
「リヴァイ班を先行させ、レオンたちとの合同斥候を行わせたい」ハンジが提案する。「牙獣には知性を持つ個体がいる。しかも複数だ。今のところ、正確な数も能力も不明」
「加えて、谷に潜む“支配者”の存在も確認されている」ピクシスが重く口を開く。「あくまで推測だが――人の姿を保ったまま牙獣を従える者がいる可能性が高い」
リヴァイがレオンに視線を送る。
「――行けるか?」
「ああ」レオンは即答した。「俺はあの谷で答えを見つける。牙獣の正体も、俺たちの未来も……すべて、そこにある」
その言葉に、ハンジが興味深そうに目を細めた。
「やっぱりただの子供じゃないね、君は」
***
一方、治療棟ではアニがベッドに起き上がり、肩の包帯を巻き直していた。
「……動ける。連れて行ってくれ」
「無理よ、アニ」クリスタが手を伸ばして止める。「まだ回復途中だし、次の作戦は――」
「私が行かなきゃ、誰がレオンを守るの?」アニは静かに言い切った。
その言葉に、クリスタの目がわずかに揺れる。
「あなたが守りたいのは、彼なの?」
「……」
アニは答えなかった。ただ、そのまま無言で立ち上がり、痛みをこらえながら一歩ずつ歩き出す。
ユミルが腕を組んで言った。
「……あいつ、本気だな。引き止めても無駄だ」
クリスタは目を伏せ、小さく頷いた。
「私も、行く。止めるためじゃない。……私も、もう何も後ろに隠れない」
ユミルの目が見開かれる。
「……まさか、お前、自分が“何者か”を……」
「言わなくても、あの谷で全部、向き合う覚悟はあるよ」
***
その頃――
ガリアの谷、地の奥深く。
岩壁に囲まれた黒い砦の中心で、一人の人物が玉座に座していた。顔の大半を仮面で覆い、全身に奇妙な装甲をまとったその“存在”は、人とも巨人ともつかぬ気配を放っている。
彼の前に跪く牙獣兵は、背筋を震わせながら報告した。
「……調査兵団、進軍準備に入りました。リヴァイ兵長が率いる斥候班が最初に来ると……」
その“支配者”は静かに口を開いた。
「“レオン・アルヴィス”も来るのだな?」
牙獣兵は驚いて顔を上げる。
「し、知って……?」
「当然だ。彼こそ、“母なる実験”の忘れ形見。我らと同じ“試験管の子”……」
仮面の奥の瞳がわずかに笑んだ。
「彼が来るのなら、道は開かれる。牙と巨人、かつて分かたれた運命が交錯するのだ」
***
翌日――野営地では、各班の再編と装備の補充が完了しつつあった。
リヴァイ班は全員が立ち上がり、レオンたちとともに谷への出撃準備を整える。
ペトラがレオンに声をかける。
「あなたが、あのとき私たちを救ってくれたって聞いたわ。ありがとう」
「俺の方こそ。あの時、背中を預けられたのはリヴァイ班のおかげだ」
オルオが鼻を鳴らす。
「フン……感謝など無用だ。我々はただ、兵士として当然のことをしたまで」
だがすぐに口を滑らせる。
「――とはいえ、あの状況でアニ・レオンの連携は見事だった。あれはまさにリヴァイ兵長にも匹敵する精密さ……」
「オルオ、黙って」ペトラが苦笑する。
その背後で、リヴァイが一言。
「口ばかりのやつに限って、真っ先に死ぬぞ」
オルオは震え上がった。
***
夕刻。いよいよ、進軍の火蓋が切って落とされる。
リヴァイ班、レオン、アニ、クリスタ、ユミル、そして選抜された調査兵団の斥候たちが、静かに馬にまたがる。
レオンは、ガリアの谷へ向けた視線の先に、何かを感じ取っていた。
「……あの谷には、ただの敵じゃない。俺たちの“過去”と“正体”が眠ってる」
アニが隣で言った。
「じゃあ、それを暴きに行こう。今度こそ……一緒に」
クリスタもまた馬に乗り、静かに加わる。
「みんなで、帰ってこよう。何があっても」
ユミルは空を見上げ、ぼそりと呟く。
「牙の王が待ってるってわけか……こっちも、全部賭けてやるよ」
風が吹き抜け、出撃の号令が響いた。
――彼らの運命が、大きく動き始めた。