壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第7話 獣の心、ヒトの牙

 ――翌朝、ガリアの谷から撤退した一行は、南方の駐屯地に一時集結していた。

 

 戦いの疲弊は想像以上だった。負傷兵の収容、装備の修繕、崩れた信頼と情報の整理。だが何より、彼らの胸に残ったのは「言葉を話す牙獣」の存在だった。

 

 「言語を持つ牙獣。つまり――知性型、というわけか」

 ピクシス司令は報告書を手にしながら、ゆっくりと眉を潜めた。

 

 報告に当たったのはハンジとリヴァイ、そしてレオン。

 

 「その牙獣……“ヴァルト”とか名乗ってたやつ。何者か分かるのか?」

 

 「現時点では不明だが、レオンに対してだけ明確な言葉を向けた。敵が“こちらを知っている”という状況が、もっとも厄介だ」

 リヴァイの声は低く、警戒を滲ませていた。

 

 「その“王”ってやつの正体もな」

 レオンが続けた。

 

 「王……?」

 ピクシスが眉をひそめた。

 

 「“牙の王”と呼ばれていた。牙獣たちの支配構造が存在すると仮定するなら、それを統率する存在がいる。そして……俺を“成功体”と呼んだ」

 

 「成功体……?」

 ハンジが目を細める。

 

 「それって……牙獣と人間の融合体とか……いや、まさか……」

 

 沈黙が落ちる中、リヴァイの視線が鋭くレオンに突き刺さった。

 

 「お前、何を隠してる」

 

 レオンは答えなかった。

 

 「ヴァルトと対峙したとき、何か感じただろう? やつはお前を見て“期待”すらしていたようだった」

 

 「……」レオンは口を引き結ぶ。

 

 だが、ピクシスは静かにそれを遮った。

 

 「リヴァイ、今は詮索の時ではない」

 

 「だが――」

 

 「いいや、そうじゃ。あやつが何者か、それを明かさずとも、今は“こちらの敵が誰なのか”を見極める方が先じゃろう」

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。駐屯地の屋根の上に、レオンの姿があった。ひとり、空を見上げていた。

 

 「……また黙ってるのね」

 

 背後からアニの声がした。

 

 「お前もこっちか」

 

 「まあ、心配で」

 

 アニはそう言って隣に座った。

 

 「“成功体”って言われて、何か思い当たる節があるの?」

 

 「……あるよ。けど、全部が霧の中だ。……俺が何者なのか、本当にまだわかっちゃいない」

 

 アニは黙ってそれを聞いていた。

 

 「もし、俺が“人じゃなかったら”……」

 

 「関係ない」アニは即答した。

 

 「お前がレオンである限り、それでいい。私は、それ以上を知ろうとしない。ただ、信じる」

 

 レオンの目が少しだけ揺れた。

 

 「……ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃――

 

 谷の遥か奥、黒い塔のような岩の中で、“牙の王”の幹部たちが集っていた。

 

 玉座の前に跪くのは、かつてレオンと対峙したヴァルト。そしてその隣には、異様な目をした若き牙獣戦士・〈エスティア〉が立っていた。

 

 「成功体との交戦は、想定以上に有益でした。彼は目覚めつつあります」

 

 「ならば、次は“選別”の時だ」

 重々しい声が、玉座から響いた。

 

 闇の中から現れたその影は、明らかに他の牙獣と一線を画していた。理性と憤怒、そして獣の本能を併せ持った存在。牙の王、〈バラグゥス〉。

 

 「この世界の“ヒトの牙”がどこまで届くか――試すには、好機だな」

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、ユミルはクリスタの寝台の隣に腰かけていた。

 

 「無茶するなよ、あんた」

 

 「言われなくても分かってる。でも……ユミル、あのとき……あなた、何か“力”を使ったよね?」

 

 ユミルは目を伏せた。

 

 「見てたのか」

 

 「うん。だけど、誰にも言わない。私は……あなたを信じてるから」

 

 ユミルはクリスタを見つめ、ゆっくりと手を重ねた。

 

 「じゃあ、その代わり。あんたが危ないときは、絶対私が守るって、約束して」

 

 「うん、約束」

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日。

 

 リヴァイとレオンは、新たな作戦地図を前に並んでいた。

 

 「次の標的は――“牙獣の中枢”があると思しき谷の先、“白き洞”。行くか?」

 

 「行く。止まっていられるわけがない」

 

 「そうか」

 

 リヴァイはほんの僅かに口角を上げた。

 

 「なら、今は信じてやる。お前が何者でもな――この戦場で斬れぬものがあるかどうか、それだけが基準だ」

 

 レオンは頷いた。

 

 人の牙は、獣を超えられるのか。

 

 それを証明する戦いが、再び始まる。

 

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