壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第8話 白き洞、紅き獣

 薄曇りの空の下、遠征部隊は静かに進軍していた。目指す先は、牙獣たちの中枢が潜むとされる“白き洞”。

 

 谷底の先、岩盤を削ったように開かれた巨大な洞窟――外壁は雪のように白く輝き、だがその奥には、血のように濃い闇が広がっていた。

 

 「……ここが、奴らの巣か」

 

 リヴァイが呟く。視線の先には、洞の入り口を警備する牙獣たちの姿があった。

 

 「視認できる限りで五体……ただし、内部の構造は不明。強行突破はリスクが高すぎる」

 

 ペトラが冷静に状況を分析する。

 

 「なら、分隊潜入が妥当ですね」

 オルオが言うと、すかさずエルドが頷いた。

 

 「中央部の探索班と、外周の撹乱班に分かれる。俺とペトラ、レオンで中央に入る」

 

 「撹乱班は俺とオルオ、そして……」リヴァイが一瞬目を横にやる。「アニとクリスタ、ユミル。貴様らも行け」

 

 「了解」

 

 アニは短く答え、クリスタは軽く頷いた。

 

 その刹那、ユミルがクリスタにだけ囁いた。

 

 「気をつけろよ、あんた。あの白い壁の奥、何か……おかしい」

 

 

 

 

 

 洞内は異様だった。

 

 白く濁った結晶質の岩壁は、まるで生物の内臓のように湿り気を帯び、歩くたびに不快な感触を足元に残す。空気は粘りつき、まるで体内を進んでいるかのようだった。

 

 「何だ、この……嫌な空間……」

 ペトラが顔をしかめる。

 

 「聞こえるか? 水音が……いや、違う。これ、脈だ」

 

 レオンの言葉に、全員が緊張を高める。

 

 そのとき――奥から、赤い光が差した。

 

 「来たぞ。隠れろ!」

 

 エルドの指示と同時に、壁の陰に身を潜める。だが、その光の中から現れたのは、今までの牙獣とは明らかに異なる姿だった。

 

 それは――血染めの毛皮と紅い瞳を持つ女型の獣。

 

 「ようこそ、“白き洞”へ」

 獣が喋った。

 

 「私は〈スレア〉。牙獣王直属の狩猟姫。貴様ら人間が、ここまで踏み込むとはね」

 

 レオンの目が鋭くなる。

 

 「……話が通じるなら、応じてくれ。お前たちの目的は何だ。なぜ人を襲う」

 

 「答える義理はないわ」

 スレアの表情は冷たい。だが、その瞳にはどこか、哀しみが宿っていた。

 

 「……貴様、元は――」

 

 言葉が終わるより先に、スレアが動いた。

 

 その瞬間、岩壁が砕け、血飛沫が舞う。

 

 「戦闘開始!!」

 

 

 

 

 

 

 一方、外周部――撹乱班が牙獣たちを引きつけていた。

 

 「ユミル、右に三体!」

 

 「分かってるっての!」

 

 ユミルが跳ね上がり、立体機動で一体の首筋を削ぎ落とす。アニは正確な一撃で別の獣の脚を断ち切った。

 

 だが、クリスタは震えていた。

 

 (私は……本当に戦えるの?)

 

 迷いが腕を鈍らせる。だがその時――

 

 「危ない、ヒストリア!!」

 ユミルが叫び、身体を投げ出して彼女を守った。

 

 「……ごめん、私……!」

 

 「後で泣け! 今は――戦え!」

 

 

 洞の奥、スレアとの戦闘は苛烈を極めた。

 

 その動きは速く、力も並外れている。だがそれ以上に――スレアの戦いには“人間の意志”が感じられた。

 

 「……お前、本当に牙獣か?」

 

 レオンが問う。

 

 「かつては人間だったわ。だが……違う存在に作り変えられた。“王”の理想のためにね」

 

 スレアは苦しげに笑う。

 

 「……レオン・アルヴィス。あなたもまた、選ばれた側よ。私たちと同じ、“造られた存在”。それでも、人間を守るの?」

 

 「――ああ。俺は人間の世界で育った。だから、守る」

 

 その言葉に、スレアの瞳が揺れた。

 

 「なら、私を……倒して」

 

 次の瞬間、スレアは自ら刃に向かって飛び込んできた。

 

 「――!」

 

 レオンの刃が、紅き獣の心臓を貫いた。

 

 「……せめて、あの子たちを……王の手から……」

 

 そう呟き、スレアは崩れ落ちた。

 

 

 

 戦闘終了後、リヴァイ班は崩壊し始めた洞を撤退しながら走った。

 

 「早くしろ! 全体崩落が始まってる!」

 エルドが叫ぶ。

 

 アニとクリスタも、ユミルと共に合流した。全員が生還を果たしたのは、奇跡に近かった。

 

 

 

 夜。

 

 負傷したレオンは天幕の中で目を覚ました。隣にはアニがいた。

 

 「お前……起きたのか」

 

 「……スレアは、最後に“子供たち”と言っていた。牙の王は、次の“何か”を育ててる」

 

 「つまり、次の戦場があるってことね」

 

 レオンは頷いた。

 

 「終わりは、まだ遠い」

 

 アニは静かに、彼の手を握った。

 

 

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