翌朝、白き洞の戦闘から一夜が明け、谷底の拠点には重苦しい空気が漂っていた。
牙獣“スレア”の死、洞の崩壊、そしてその言葉――「あの子たちを王の手から」。それは、戦いの終わりを告げる鐘ではなく、より深い闇の始まりを告げる警鐘だった。
「……スレアが言ってた“子供たち”ってのは何だ? 本当に牙獣が増えるってのか?」
オルオの問いに、エルドが答える。
「いや、それだけじゃない。あの洞の奥――奥深くにまだ、何か隠されていた気がする。あの崩落は、俺たちを逃がすためじゃない。“何か”を封じるためだった」
その昼、指揮本部に一台の馬車が到着した。
降り立ったのは、東の指令塔――ドット・ピクシス司令その人だった。
「よう、リヴァイ。久しいな。まさかお前とまた谷底で顔を合わせるとは思わんかったぞ」
「俺は地面が嫌いなんでね。用件を早く言え」
リヴァイがそっけなく応じる。
ピクシスは、苦笑しながら皮の書簡を差し出した。
「これは中央からの密命だ。“牙獣に関する全戦力の掌握と、レオン・ヴィスナーの身柄確保”」
「……何だと?」
リヴァイの声が鋭くなる。ペトラやエルドも顔を強張らせた。
「理由は明かされておらん。だが――貴様らの報告書とレオンの行動、それらが中央にとって“興味深すぎる”内容だったということだろうな」
リヴァイはしばし無言のまま、書簡を握り潰した。
「……で、あんたの本音は?」
「私は兵だ。だが同時に、あのレオンという少年の存在が人類の命運を左右することも理解している。――故に、彼の選択を信じたい。お前と同じにな」
その頃、レオンはアニとともに負傷兵舎にいた。
窓から差す光が白く、静かな時間が流れる。
「……“王”か」
レオンが呟くと、アニがわずかに身を寄せる。
「お前、何か思い当たることあるの?」
「スレアの言葉……あの“王”は、牙獣たちを作り上げただけの存在じゃない。――それ以上の、何かだ」
アニはしばし黙り込み、言葉を選んだ。
「レオン……もしお前が、“人間じゃなかった”としても……私は、お前を……」
その言葉を、レオンはさえぎった。
「……ありがとう。だけど、それはまだ……答えを出せない」
アニの瞳が揺れた。けれど、無理に続きを促すことはなかった。
夜。
仮設本部の一室で、リヴァイ班と104期、ピクシス、そしてレオンが一堂に会していた。
「まずは報告を整理する。スレアは牙獣王の配下。“子供たち”なる存在が他にいる可能性が高い」
ペトラが淡々と告げる。
「……そして、問題はこれだ」
リヴァイがテーブルに投げたのは、スレアが持っていた“赤い結晶”だった。
「何だこれ……?」
ジャンが眉をひそめる。
「生体反応がある。“生きてる”」と、リヴァイ。
「中に誰かがいるのでは……?」と、ミカサが冷たく囁く。
アルミンが震える声で口を開いた。
「……それ、“胎生型兵器”の可能性があります。人工的に生命を育てるための器……。もし牙獣がそれを使って“兵器”を生み出しているとしたら……」
空気が一気に重くなる。
ピクシスが深いため息をついた。
「……それが“王の子供たち”か」
その夜遅く、クリスタはユミルと二人で見張り番をしていた。
「ねぇ、ユミル……」
「何だ?」
「もし、私が……“王家”の人間だったとしたら、どうする?」
ユミルは少し間を置いてから、笑って言った。
「は? 何言ってんだよ、ヒストリア。あんたはあんただ。それ以外、知ったこっちゃねぇよ」
クリスタはほんの少し、安心したように微笑んだ。
その翌朝。
ピクシスはレオンに密かに言葉を告げた。
「お前に託したい任務がある。“牙獣王”を探るため、ある場所に向かってもらう。“レベリオ”という地下遺跡だ。かつて巨人実験が行われていた場所だと聞く」
「レベリオ……」
その名に反応したのは、ライナーとベルトルトだった。
レオンはその異変に、目を細める。
“お前たち……やはり、知っているのか”
闇が、静かに形を成していた。
そしてその中心にあるのは、牙獣の王――
いや、もしかすると、それ以上の存在。
人間が背を向け続けてきた、“真実”。