谷底の作戦本部に、張り詰めた空気が流れる。
牙獣“スレア”の遺した言葉を受けて、調査兵団は次なる目標を定めた――“レベリオ”。かつて巨人や牙獣の実験が極秘裏に行われていたとされる、旧マーレ地区の地下研究施設。
「……では、選抜部隊を発表する」
ピクシス司令の声が響く。
「リヴァイ班よりリヴァイ、ペトラ、オルオ、エルド、グンタ。第104期よりレオン、アニ、クリスタ、ライナー、ベルトルト。補佐としてアルミン、ミカサ、ジャン」
名が呼ばれるたびに、緊張が顔を走る。
「ユミルは?」
クリスタが問いかけた。ピクシスは目を細める。
「彼女には別任務を――情報収集と後方警備を任せる」
それは、遠ざけるための措置にも思えた。だが、クリスタはそれを受け入れた。
出発は翌朝。レベリオまでは東の岩山を越えて三日。道中は牙獣の活動域でもあるため、完全な潜入行動となる。
「……この空気、嫌いだな」
馬を駆るオルオが吐き捨てた。
「何がだ?」とリヴァイ。
「何も見えねぇってのが、逆に不気味だ。スレアの後ろにはまだ“王”がいる。しかもそいつは……人類のどこかにいるんだろ?」
夜営地に着く頃には、空に星が滲んでいた。
レオンは焚き火を見つめながら、ある“違和感”に意識を向けていた。
「……レベリオという名前に反応した、あいつらの顔」
思い出すのは、ライナーとベルトルトがその名を聞いたときの“呼吸の乱れ”だ。
アニが隣で静かに呟いた。
「ライナー、変だったわね」
「……やっぱり、気づいてたか」
レオンはアニと目を合わせる。
「……俺が知ってるのは、あいつらの“戦い方”だ。人間離れしてるっていうか、なんというか……あいつらが戦場で“躊躇しない”理由が、少しだけ分かった気がする」
アニは表情を変えず、短く頷いた。
三日後、潜入部隊はついに“レベリオ遺跡”に辿り着いた。
岩山の裏側、廃村の地下に隠された黒い鉄扉。それはあまりに人工的で、時代にそぐわない存在感を放っていた。
「開けるぞ」
リヴァイの合図で、ペトラとエルドがレバーを引いた。
――ギィィ……
開かれた扉の向こうは、漆黒の闇。まるで“この世の理”を否定するような気配が、地下から吹き上がってきた。
内部はかつての研究施設そのものだった。
錆びた器具。ひび割れた培養槽。崩れかけた観察台。
アルミンが資料を読み取りながら、震える声で言った。
「……これは、“巨人の脊髄液”を用いた生命工学の記録です。“意識ある獣体兵器の生成”……? これは、牙獣のことだ……!」
「じゃあ、牙獣は……やっぱり“作られた存在”ってことかよ……」
ジャンが顔をしかめる。
その時だった。
施設の奥で、“何か”が動いた音が響いた。
――コッ、コッ、コッ……
「誰かいる!」
ミカサが素早く前に出る。レオンとアニも構えた。
現れたのは、白い外套を羽織った老婆だった。
その背には、奇妙な赤黒い装置が埋め込まれている。
「……あの声の……正体……か……」
老婆は、か細く口を開いた。
「お前たちも……“王”の声に呼ばれた者たちか……?」
***
彼女の名はグレタ・シュテイナー。
かつてマーレにて巨人研究に従事していた科学者であり、牙獣生成の実験に加担した張本人だった。
「……牙獣は“王”の意思によって創られた。王とは、人ではない。だが……人の姿をしている。かつてマーレ政府が接触した“知性巨人の原点”」
「原点……?」
レオンが思わず声を上げた。
グレタは、ゆっくりと顔を上げる。
「……その存在は、幾人もの“子”を残した。牙獣とはその末裔。そして、“彼”が今も求めているのは……“王家の血”と、“巨人の力の記憶”……」
クリスタの顔が凍りついた。
――“王家の血”。
グレタは最後にこう言い残した。
「“選ばれし牙”はすでに目覚めの時を迎えている。お前たちは、“あの子”に追いつけるか?」
その瞬間、奥の壁が爆発音とともに崩れ――巨大な牙獣が姿を現した。
黒い毛皮、四肢の鋭爪、そして……背に生えた白銀の翼。
「……飛行型牙獣だと!?」
リヴァイが叫ぶ。
レオンは無意識にその姿を睨みつけた。
その“顔”が――どこか、“人間の少年”に見えたのだ。
――“あの子たち”とは、この存在か。それとも……
人類の過去と現在が、牙をむきはじめていた。