第1話 揺れる日常
牙獣襲来から数日後。戦いの傷跡が未だ各地に残る中、前線から離れた拠点区で、104期生たちは短い休息を得ていた。
「……本当に、平和ね」
夕暮れの訓練場。クリスタがそっと呟く。
レオンと二人で歩くのは、久しぶりだった。戦闘の最中、互いに命を懸けた場面もあったが、こうして静かに隣を歩くと、それがまるで幻だったかのように思える。
「ようやく落ち着いたな。みんな、休めてるか?」
レオンが言うと、クリスタはふっと微笑んで首を横に振った。
「私は、レオンのことが心配だったよ。あの時……倒れて、動けなくなって」
「大げさだな。傷は浅いよ」
そう言うレオンに、クリスタは少し拗ねた顔をする。
「嘘。あれ、かなり危なかった。……本当に、無事でよかった」
彼女の声に、レオンの胸が少しだけ熱くなる。
――と、その時。
「レオン」
冷ややかな声が割り込んできた。
振り返ると、そこにいたのはアニだった。
髪をひとつにまとめ、訓練後の汗を軽く拭ったその姿は、妙に整っていて――それが逆に緊張を誘った。
「少し、話がある」
「……ああ」
レオンが頷き、視線をクリスタに戻す。
「ごめん、ちょっとだけ」
クリスタは小さく頷いたが、その目には少しだけ影が差していた。
木立の奥。人目の少ない場所に入ると、アニは立ち止まり、レオンを振り返る。
「……あの時、迷ったな。お前」
「……ああ。あの牙獣に“何か”を感じた」
レオンの素直な言葉に、アニはしばらく沈黙した。
やがて口を開く。
「……それでも、私はお前が選んだ刃を信じる」
その声は、今までにないほど真剣だった。
「私も……きっと、同じだった。もしあれが“かつて人間だった”のなら、斬る理由を何度も探してた」
レオンは目を細める。
「ありがとう、アニ」
その一言で、アニの頬がほんのわずかに赤くなる。
「……それだけだ。じゃあな」
そっけなく背を向け、アニはそのまま歩き去っていった。
だが――その場面を、クリスタは偶然、見ていた。
木立の外から、視線を落としながら、そっと息を吐いた。
「……仲良いんだね、レオンとアニって」
その声は、誰にも届かないほど静かで、そして――ほんの少し、寂しさを含んでいた。
数日後。
「今日は私に付き合って!」
クリスタが珍しく積極的にレオンを誘った。
小さな村の市へと向かう二人。穏やかな陽光の下で、クリスタは花を見たり、小物を見たりと、楽しげに微笑んでいた。
そんな彼女に、レオンも少しずつ心を和らげていく。
「なぁ、クリスタ。今みたいな時間が、ずっと続けばいいのにな」
その言葉に、彼女は一瞬だけ表情を止めたあと、ゆっくりと笑った。
「うん、そうだね。……ずっと、一緒にいたい」
その言葉は、紛れもなく“想い”だった。
だが、その場面を、今度は――アニが遠くから目撃していた。
市の裏手。立体機動装置の点検をしていたアニは、何気なく視線を向けた先で、楽しげに笑い合う二人を見ていた。
その無言の瞳が、静かに、何かを飲み込んだ。
(ああ、あいつ……あんな顔もするんだ)
冷たい風が、アニの頬を撫でた。