アニ・レオンハートは、強い。
誰もがそう言う。実際、事実だった。
訓練では常に上位。感情を抑え、理詰めで状況を制するその姿は、「冷たい」「怖い」とすら言われることもあった。
だが――そんな彼女に、脈打つ“熱”があることを知っている者は、ごくわずかだった。
その“熱”は、静かに、確実に、レオン・ヴィスナーという存在に向けられている。
「最近、お前……クリスタと、よく一緒にいるな」
訓練後の片隅。誰もいない倉庫の裏。
アニは壁にもたれながら、レオンにそう言った。
「ん? まあな。少し話す機会が増えただけだよ」
レオンは淡々と答えるが、その目はどこか気恥ずかしげで――
それが、アニの胸をざらつかせた。
「ふぅん……そう」
それ以上は言わなかった。言えなかった。
本当は、聞きたかった。
「どっちが大事なんだ?」
そんな問いをぶつけてしまいそうで、口をつぐんだ。
沈黙。
倉庫裏に風が吹き込む。木の葉が揺れて、小さな音を立てる。
アニは、風に揺れる金髪を掴んで、無意識に結い直す。
「お前、気づいてるか?」
「何を?」
「……クリスタ。あいつ、ずっと前からお前のこと、見てた」
その言葉に、レオンの眉がわずかに動く。
「……知ってたよ。でも、俺も……」
レオンが言いかけて、言葉を濁す。
その曖昧さが、余計にアニを苛立たせた。
「お前、はっきりしないんだな」
「悪いかよ」
「……悪くはない。でも、覚悟がないのは嫌いだ」
その一言に、レオンの表情が変わった。
(あ……)
言い過ぎたかもしれない。
そう思って視線をそらそうとした瞬間、レオンが言った。
「覚悟がないわけじゃない。ただ……どっちも大切なんだよ、アニも、クリスタも」
それは、あまりにも誠実で、そして――ずるい答えだった。
アニは黙って、レオンの顔を見つめた。
冷たく、鋭く。けれど、そこに宿る熱を、レオンは確かに見ていた。
その夜。
アニは自室で、一人ベッドに座っていた。
訓練着のまま、片膝を抱えてぼんやりと天井を見つめる。
「……何やってんだろ、あたし」
呟きは、誰にも届かない。
恋なんて、柄じゃない。弱さだと思ってた。
けど――心は勝手に揺れる。
あいつが笑えば、気になる。あいつが他の子と話せば、胸がざわつく。
それはまるで、刃物のように、心の奥を傷つけていく。
アニ・レオンハート。氷の壁を築いた少女が、少しずつ、自分の“気持ち”という名の火に焼かれていた。
翌朝。
食堂の片隅で、アニはレオンと再び顔を合わせる。
隣には、当然のようにクリスタがいた。
「おはよう、アニ」
クリスタが微笑む。
その笑顔が、あまりに優しくて――少しだけ、辛かった。
「……あんたって、本当にいい子ね」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
クリスタがきょとんとする。
「え?」
「なんでもない」
アニは視線をそらして、皿の中のパンをちぎった。
だが、誰にも気づかれないように、その唇はわずかに、震えていた。