壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第4話 陰を継ぐ者

訓練三日目の午後、空には厚い雲が垂れ込め、風に湿った匂いが混じっていた。

遠くで雷鳴のような音がごくかすかに響き、訓練場の空気に静かな緊張が走る。

 

この日の訓練は「対人格闘技術」。

班に分かれ、教官が見守る中で訓練兵同士が模擬戦を行う実戦形式だ。

 

レオン・ヴィスナーは第六班に割り振られ、ジャン、コニー、ライナーらと同じ組に入っていた。

 

「なぁ、教官、本当にこの編成でいいのか? 一人だけおかしい奴が混じってるぞ」

 

ジャンの皮肉混じりの声が、教官に届くように発せられた。

視線の先には当然、レオンがいた。

 

「お前が誰を指してるか知らんが、黙って訓練に集中しろ」

 

教官の一蹴に、ジャンは舌打ちをしつつも引き下がる。

だが、レオンに対する視線は明らかに敵意を孕んでいた。

 

(またか……)

 

レオンは内心、ため息をつく。

 

彼が訓練兵団に入って以来、こうした視線や言葉は絶えなかった。

初日の教官への“反撃”が原因であろうことは、彼自身よく分かっている。

 

「レオン、俺と一戦やらねぇか? ちょっとどんだけ強ぇか試してみたいしよ」

 

そう言って声をかけてきたのは、コニー・スプリンガーだった。

悪意はない。純粋な好奇心だ。だが、それはそれで厄介だ。

 

「……構わない」

 

レオンが短く答えると、周囲がざわついた。

ジャンが口を尖らせる。

 

「へぇ。無口のくせに、やる時はやるんだな。見せてもらおうじゃねえか」

 

「ジャン、やめとけって……」

 

ライナーが小声でたしなめるが、ジャンは聞く耳を持たない。

その視線の奥には、明確な敵意と“打ち負かしたい”という欲望が混ざっていた。

 

模擬戦が始まった。

 

教官の掛け声と共に、レオンとコニーは中央へと進む。

軽く敬礼し、構えを取る。

 

コニーが先に動いた。素早い踏み込みから、低い体勢でのタックル。

 

(直線的だが、勢いはある)

 

レオンは一瞬で軌道を読み、横に流すように受け流す。

コニーの体がバランスを崩したその瞬間、レオンの掌底が胸元に軽く触れた。

 

「……っ!」

 

ドス、と軽い衝撃音。コニーはそのまま背中から地面に転がった。

 

だがレオンは追撃しない。技の切れ目と相手の意思を読んだ上で、すでに戦意を見極めていた。

 

「くそ、何が起きたんだ……?」

 

コニーは自分が倒されたことにすら気づけていなかった。

ジャンが鼻を鳴らす。

 

「茶番だな。こいつが相手なら俺がやるよ」

 

教官は黙って頷いた。

 

次に前へ出たのは、ジャン・キルシュタイン。

攻撃的な性格そのままに、間合いを一気に詰めてくる。

 

(……タイプが違う。これは――)

 

ジャンの初撃は鋭かった。拳が真正面から飛んでくる。

レオンはそれを寸前でかわし、逆に右足でジャンの膝裏を狙った。

 

が、ジャンは足を引き、カウンターを放つ。

そのまま二人は間合いを詰め、短い打撃の応酬へと移行した。

 

「ほら、さっきみたいにはいかねぇぞ!」

 

ジャンの声が響く。だが、その刹那。

 

レオンの肘が、ジャンの肋骨の間に鋭く入った。

「がっ……!」という呻き声がもれ、ジャンは一歩、二歩と後退した。

 

「止めろ、終了だ!」

 

教官の声が響く。ジャンが倒れ込むように膝をつき、訓練場は静まり返った。

 

「……くっそ、あいつ……」

 

ジャンは呻きながら、地面に拳を叩きつける。

 

だがレオンは、無言でただその場に立ち続けていた。

 

 

訓練が終わり、夕暮れが差し始めた頃。

レオンは訓練場の裏手、人気の少ない場所にひとり座っていた。

 

脳裏に浮かぶのは、幼い日の記憶。

 

父と共に生きた村。

その村は、“人間”の裏切りで焼かれた。

壁の中ですら、誰もが信用できるわけではないと知ったのは、あの時だった。

 

「お前は優しすぎる。それは武器にもなるし、足枷にもなる」

 

父の言葉が耳の奥に蘇る。

 

優しさと冷酷の狭間で、戦うこと。

それがレオンに課された“生きる意味”だった。

 

「……お前もまた、何かを背負ってるんだな」

 

背後から聞こえた声に、レオンは振り返る。

 

そこにはライナー・ブラウンがいた。

静かに歩み寄ってきたその目は、どこかレオンと似ていた。

 

「俺もな、似たようなもんだ。人を守るために拳を握ってきた。でも……本当にそれが正しいのか、分からなくなる時がある」

 

レオンは答えなかった。だが、その視線に“共感”の色が浮かぶ。

 

「お前、嫌われてるって分かってるか?」

 

「分かってる」

 

「それでも態度を変えないのは、強さだと思う。……ただ、その強さに、潰されるなよ」

 

ライナーはそれだけ言って、去っていった。

 

レオンは一人、空を見上げた。

雲の切れ間から差すわずかな光が、視界の先で揺れていた。

 

(強さって……なんだ?)

 

それは答えのない問いだった。

けれど、今の彼に必要なのは、答えよりも――“誰かとの繋がり”かもしれなかった。

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