夕暮れ時の訓練場。
朱に染まる空の下、訓練を終えたレオンは汗を拭いながら、傍らにいるクリスタの横顔を見つめていた。
金髪が風に揺れて、ふわりと頬にかかる。
「……なに?」
気づいたクリスタが、柔らかく問いかけた。
「いや。よく頑張ってたなって」
「ふふ、ありがと。でも、ほんとはレオンが見ててくれると思ったから……頑張れたのかも」
クリスタの笑顔は、夕焼けの光を受けて、どこか寂しげに見えた。
レオンはその表情の意味を図りかねて、少し間を置いて言葉を探した。
「なあ、クリスタ。明日、久しぶりに休暇だろ? 一緒に外出しないか」
「……!」
一瞬、彼女の目が見開かれ、すぐに頬が赤く染まる。
「うん、行きたい」
素直なその返事に、レオンは心のどこかがじんと温かくなるのを感じた。
でも――その背後、少し離れた木陰からアニがその様子を見ていることに、レオンは気づかなかった。
夜、女子兵舎。
クリスタはベッドの上に座りながら、ひとりノートを広げていた。中身は日記のような走り書き。
──レオンと二人きり。やっと、やっとだ。
彼女の胸は高鳴っていた。
訓練兵時代からずっと、彼のことが気になっていた。
他の誰よりも実力があって、冷静で、けれど時に不器用で優しくて。アニとばかり話しているのが、羨ましかった。
(でも、明日は――)
期待と不安が入り混じる。
明日、アニはどうするだろう。知ってしまったら、何を思うだろう。
(……私が勝ちたい。アニに)
その瞬間、クリスタは自分の中にある“意地”のようなものに気づいてしまった。
そして、それが少しだけ、怖くなった。
翌日、街へと向かう途中の馬車の中。
レオンとクリスタは並んで座っていた。
「今日は……どこ行こうか?」
「えっと、前に話してた花屋とか……あとは湖沿いの道、覚えてる? あそこ、私、好きなんだ」
「……いいな。行こう」
会話は弾んだ。時折、手が触れ合いそうになると、互いに視線を逸らして笑ってしまう。
春の光が、ふたりを柔らかく包んでいた。
そんなとき。
「……」
道端で立ち止まっていた一人の少女が、彼らの前を通り過ぎる馬車を目で追った。
アニだった。
目が合いかけた瞬間、彼女はふいに背を向けて歩き出した。
レオンは一瞬、その姿に気づいた。けれど――気づかなかったふりをした。
アニは静かに兵舎へ戻ると、人気のない訓練場へ足を運んだ。
無言で拳を振るい、黙々と打撃の型を繰り返す。
(あいつ……私じゃなく、クリスタを選んだんだな)
思考を止めようとしても、頭の中にクリスタの笑顔が浮かぶ。
あの子は強い。優しくて、賢くて、誰からも好かれる。
(でも……)
拳が風を切る。
(私は……私のままで、勝ちたい)
夕暮れ。
湖畔の道を歩くレオンとクリスタ。
水面が赤く染まり、春の風が心地よく吹き抜ける。
「レオン……今日はありがとう。すごく、楽しかった」
「俺も。こうしてちゃんと話せてよかった」
クリスタは少しだけ、勇気を振り絞った顔で言った。
「ねえ、私たちって、どういう関係なんだろう?」
レオンは答えに詰まった。
「……クリスタは、大切な人だよ」
「“大切な人”って、便利な言葉だよね」
クリスタの声は静かだったが、確かな痛みを孕んでいた。
「私は……レオンが、好き。ずっと好きだった」
風が止まる。
レオンは答えられなかった。
その沈黙を、クリスタはゆっくりと受け入れるように、微笑みながら呟いた。
「ごめん。言わなきゃ、後悔する気がしてたの。だから、今日は……それだけでいい」
その夜、レオンが兵舎に戻ると、アニが入口の壁にもたれて待っていた。
「おかえり。……楽しかった?」
「……ああ」
正直に答えるしかなかった。
アニはしばらく黙って、レオンを見ていた。
その目には、少しだけ影があった。
「明日は、私と一緒に出てくれない?」
「え?」
「……クリスタに負けるつもりないから」
アニの言葉は、静かで、それでいて決して折れることのない芯の強さを持っていた。
レオンは、黙ってうなずいた。