壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第3話 二つの鼓動

夕暮れ時の訓練場。

 

朱に染まる空の下、訓練を終えたレオンは汗を拭いながら、傍らにいるクリスタの横顔を見つめていた。

 

金髪が風に揺れて、ふわりと頬にかかる。

 

「……なに?」

 

気づいたクリスタが、柔らかく問いかけた。

 

「いや。よく頑張ってたなって」

 

「ふふ、ありがと。でも、ほんとはレオンが見ててくれると思ったから……頑張れたのかも」

 

クリスタの笑顔は、夕焼けの光を受けて、どこか寂しげに見えた。

 

レオンはその表情の意味を図りかねて、少し間を置いて言葉を探した。

 

「なあ、クリスタ。明日、久しぶりに休暇だろ? 一緒に外出しないか」

 

「……!」

 

一瞬、彼女の目が見開かれ、すぐに頬が赤く染まる。

 

「うん、行きたい」

 

素直なその返事に、レオンは心のどこかがじんと温かくなるのを感じた。

 

でも――その背後、少し離れた木陰からアニがその様子を見ていることに、レオンは気づかなかった。

 

 

 

 

 

夜、女子兵舎。

 

クリスタはベッドの上に座りながら、ひとりノートを広げていた。中身は日記のような走り書き。

 

──レオンと二人きり。やっと、やっとだ。

 

彼女の胸は高鳴っていた。

 

訓練兵時代からずっと、彼のことが気になっていた。

 

他の誰よりも実力があって、冷静で、けれど時に不器用で優しくて。アニとばかり話しているのが、羨ましかった。

 

(でも、明日は――)

 

期待と不安が入り混じる。

 

明日、アニはどうするだろう。知ってしまったら、何を思うだろう。

 

(……私が勝ちたい。アニに)

 

その瞬間、クリスタは自分の中にある“意地”のようなものに気づいてしまった。

 

そして、それが少しだけ、怖くなった。

 

 

 

 

 

翌日、街へと向かう途中の馬車の中。

 

レオンとクリスタは並んで座っていた。

 

「今日は……どこ行こうか?」

 

「えっと、前に話してた花屋とか……あとは湖沿いの道、覚えてる? あそこ、私、好きなんだ」

 

「……いいな。行こう」

 

会話は弾んだ。時折、手が触れ合いそうになると、互いに視線を逸らして笑ってしまう。

 

春の光が、ふたりを柔らかく包んでいた。

 

そんなとき。

 

「……」

 

道端で立ち止まっていた一人の少女が、彼らの前を通り過ぎる馬車を目で追った。

 

アニだった。

 

目が合いかけた瞬間、彼女はふいに背を向けて歩き出した。

 

レオンは一瞬、その姿に気づいた。けれど――気づかなかったふりをした。

 

 

 

 

 

アニは静かに兵舎へ戻ると、人気のない訓練場へ足を運んだ。

 

無言で拳を振るい、黙々と打撃の型を繰り返す。

 

(あいつ……私じゃなく、クリスタを選んだんだな)

 

思考を止めようとしても、頭の中にクリスタの笑顔が浮かぶ。

 

あの子は強い。優しくて、賢くて、誰からも好かれる。

 

(でも……)

 

拳が風を切る。

 

(私は……私のままで、勝ちたい)

 

 

 

 

 

夕暮れ。

 

湖畔の道を歩くレオンとクリスタ。

 

水面が赤く染まり、春の風が心地よく吹き抜ける。

 

「レオン……今日はありがとう。すごく、楽しかった」

 

「俺も。こうしてちゃんと話せてよかった」

 

クリスタは少しだけ、勇気を振り絞った顔で言った。

 

「ねえ、私たちって、どういう関係なんだろう?」

 

レオンは答えに詰まった。

 

「……クリスタは、大切な人だよ」

 

「“大切な人”って、便利な言葉だよね」

 

クリスタの声は静かだったが、確かな痛みを孕んでいた。

 

「私は……レオンが、好き。ずっと好きだった」

 

風が止まる。

 

レオンは答えられなかった。

 

その沈黙を、クリスタはゆっくりと受け入れるように、微笑みながら呟いた。

 

「ごめん。言わなきゃ、後悔する気がしてたの。だから、今日は……それだけでいい」

 

 

 

 

 

その夜、レオンが兵舎に戻ると、アニが入口の壁にもたれて待っていた。

 

「おかえり。……楽しかった?」

 

「……ああ」

 

正直に答えるしかなかった。

 

アニはしばらく黙って、レオンを見ていた。

 

その目には、少しだけ影があった。

 

「明日は、私と一緒に出てくれない?」

 

「え?」

 

「……クリスタに負けるつもりないから」

 

アニの言葉は、静かで、それでいて決して折れることのない芯の強さを持っていた。

 

レオンは、黙ってうなずいた。

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