壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第4話 揺れる景色

朝の陽光が差し込む兵舎の廊下。

 

「よ、おはよう」

 

壁に寄りかかっていたアニが、レオンの姿を見て小さく手を上げる。

 

「……今日、行くって言ったよね」

 

「もちろん。約束だろ」

 

レオンが頷くと、アニは一瞬だけ、ほっとしたような表情を浮かべた。

 

それは誰も知らない、ほんの少し崩れた彼女の「仮面」だった。

 

「……じゃあ、行こ」

 

アニが前を向く。

 

どこか、緊張しているようなその後ろ姿に、レオンは少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

 

街へと続く道。陽光の中、アニはいつもとは違う、淡い灰色のワンピースを身にまとっていた。

 

「……変?」

 

そう聞かれて、レオンは言葉に詰まった。

 

「いや、すごく……似合ってる」

 

「……そう」

 

ほんのりとアニの頬が染まり、それでも目を合わせようとはしなかった。

 

普段、冷静でどこか無表情な彼女が、こうして“普通の女の子”に見える瞬間に、レオンは息を呑んだ。

 

 

 

街は春祭りの名残で賑わっていた。

 

屋台が立ち並び、子どもたちの笑い声が響く。

 

「こういう場所、苦手?」

 

「うん。人混みって、ちょっと息が詰まる」

 

アニはそう言いながらも、レオンが並んで歩くと自然と歩幅を合わせてきた。

 

「……じゃあ、静かなとこ行こう」

 

レオンの提案に、アニはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

歩いてたどり着いたのは、街外れの静かな湖畔。

 

「ここ、クリスタが好きな場所って言ってた」

 

「……そう」

 

アニは一歩、水辺に近づいて膝を抱える。

 

「なんで、私を誘ったの?」

 

「おまえが……誘ったんだろ」

 

「違う。私と行こうって、言ったのはレオン。断ることだってできた」

 

レオンは少し考えた後、正直に答えた。

 

「……アニと話したかった。クリスタとのことで、おまえの顔が浮かんだから」

 

「……最低だね」

 

アニの声は怒りよりも、寂しさに満ちていた。

 

「でも、うれしかった」

 

レオンが驚いて彼女を見ると、アニは小さく笑った。

 

「私、レオンのそういうとこ……嫌いじゃない」

 

沈黙が流れる。

 

風が二人の間をすり抜けていく。

 

 

 

「レオン。私……ずっと言いたかったことがある」

 

アニの声は、湖の水面のように静かだった。

 

「私、たぶん――いや、もう間違いなく、レオンが好き」

 

一拍。

 

「訓練兵の頃から、なんであんたにだけ気を許してるのか、ずっとわかんなかった。でも、今は……自分の気持ち、ちゃんとわかる」

 

アニの言葉は、真っ直ぐで、優しかった。

 

レオンは、何も言えなかった。

 

返事をするには、自分の気持ちがまだ整理できていなかった。

 

 

 

そして、その沈黙の直後。

 

「……あっ」

 

木陰の向こうから聞こえた声に、アニとレオンは一斉に顔を上げた。

 

クリスタが立っていた。

 

手には小さな紙袋。彼女は街へ買い出しに出ていた帰りだった。

 

「あ、ごめん……邪魔するつもりじゃ……」

 

言葉が途切れる。視線がアニとレオンの距離を捉えていた。

 

「クリスタ……」

 

レオンが声をかけようとしたが、クリスタは静かに笑った。

 

「そっか、そういうことなんだね」

 

そして彼女は、何も言わずに踵を返した。

 

 

 

アニは黙っていた。

 

レオンも、追いかけようとした足が止まる。

 

「行かないの?」

 

アニが問う。

 

「……行ったら、余計に傷つけるだけかもしれない」

 

「……あんた、優しすぎるんだよ」

 

その言葉に、レオンは返せなかった。

 

 

 

 

 

その夜。

 

レオンはひとりで湖畔を歩いていた。

 

月が水面を照らす中、浮かぶのは、クリスタの笑顔と、アニの告白。

 

どちらの気持ちも嘘じゃない。

 

でも、どちらの手もまだ、しっかり握ることができなかった。

 

(俺は――誰を傷つけずに、前に進める?)

 

答えは、まだ出ない。

 

けれど、このままではいけないことだけは、レオンの中で確かだった。

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