春の風が吹き抜ける中庭。
陽差しは優しく、花は揺れていた。だが、クリスタの心は凍ったままだった。
あの湖畔で見た光景が、頭から離れなかった。
レオンとアニが並んで座っていた。
静かに微笑み合い、近すぎる距離――
アニの顔が赤らみ、レオンが真剣なまなざしで見つめていた。
(どうして……)
小さく呟いた声は風に消える。
あの時、自分が割って入ってもよかったのか。
けれど、声が出なかった。立ち止まるのがやっとだった。
(レオン……私と、あんなに話してたのに)
(アニとは……特別、なの?)
その日以降、クリスタはアニを避けるようになった。
気づかれないように笑い、自然に距離をとる。
けれどアニは、何も言わずに彼女の沈黙を受け入れていた。
(それが……余計に、つらい)
クリスタは自分の感情に戸惑っていた。
アニを責めたい気持ちと、アニが大切な友達であること。
そして、レオンを思う心が拮抗していた。
ある日の午後。
訓練の合間に、レオンが声をかけてきた。
「クリスタ……少し、いいか」
いつものように優しい声だった。
「うん……いいよ」
二人は敷地外れの林の小道へ向かう。
そこは春になると小さな白い花が咲き、クリスタのお気に入りの場所だった。
「……あの時、湖で……ごめん。見られてるとは思わなかった」
レオンは素直に謝った。
クリスタは首を横に振った。
「ううん。レオンが謝ることじゃない」
沈黙。
「……でも、本当のこと、知りたい。レオン、アニのこと、どう思ってるの?」
レオンは少し驚いたように目を見開いた。
「アニは……特別な存在だと思ってる。昔から、他の人と違うって感じてた」
「じゃあ、好きなの?」
レオンは黙った。
「……答えられないなら、それも答えだよ」
クリスタの声は静かだったが、手は小さく震えていた。
「私は……ずっと、レオンのそばにいたかった。そういう存在でいたかった」
初めて、それを言葉にした。
それは、想いの告白でもあり、願いの告白でもあった。
レオンはゆっくりと答えた。
「クリスタ……お前がそばにいてくれたから、俺はここまでやってこれた」
「でも、それと“恋”とは違うって、思ってる?」
「……分からない。まだ、自分の気持ちが……」
「……じゃあ、教えて。私と、もう一度だけ、ふたりで出かけてくれる?」
クリスタの声には覚悟があった。
レオンは静かに頷いた。
「……ああ。行こう」
それだけで、彼女の顔にほんの少し、笑みが戻った。
数日後。
レオンとクリスタは、日曜の午後に街へと向かった。
アニと行った場所とは別の、にぎやかな広場。
「今日はね、いっぱい笑って、忘れたいんだ。全部じゃなくても……少しだけ」
クリスタの言葉に、レオンも肩の力を抜くように笑った。
一緒にアイスを食べ、雑貨屋を見てまわる。
クリスタはレオンの横顔を時折見つめていた。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
そんな願いは、次の瞬間――砕かれた。
夕暮れの帰り道。
角を曲がった瞬間、すれ違いざまに見えた。
そこに立っていたのは、アニだった。
驚いた顔。
そして、ゆっくりと冷めていく瞳。
レオンとクリスタの手が、ほとんど触れるような距離で歩いていた。
「……そう」
アニの唇が、ほとんど動かないほどに小さく開いた。
「やっぱり……そうなんだね」
レオンが言葉を探して口を開こうとした時には、アニはすでに踵を返していた。
「待って!」
クリスタが思わず声を上げたが、アニは止まらなかった。
街の喧騒が、妙に遠くに感じた。
その夜、レオンは部屋でひとり、天井を見つめていた。
選ぶということは、同時に“誰かを傷つける”ということ。
それを知っていながら、彼はまだどちらにも手を伸ばせずにいた。
(俺は――逃げてるのか?)
月明かりが差し込む中、レオンの瞳は静かに揺れていた。