壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第5話 凍る心、揺れる灯

春の風が吹き抜ける中庭。

陽差しは優しく、花は揺れていた。だが、クリスタの心は凍ったままだった。

 

 

 

あの湖畔で見た光景が、頭から離れなかった。

 

レオンとアニが並んで座っていた。

静かに微笑み合い、近すぎる距離――

アニの顔が赤らみ、レオンが真剣なまなざしで見つめていた。

 

(どうして……)

 

小さく呟いた声は風に消える。

 

あの時、自分が割って入ってもよかったのか。

けれど、声が出なかった。立ち止まるのがやっとだった。

 

(レオン……私と、あんなに話してたのに)

 

(アニとは……特別、なの?)

 

 

 

 

 

その日以降、クリスタはアニを避けるようになった。

気づかれないように笑い、自然に距離をとる。

けれどアニは、何も言わずに彼女の沈黙を受け入れていた。

 

(それが……余計に、つらい)

 

クリスタは自分の感情に戸惑っていた。

アニを責めたい気持ちと、アニが大切な友達であること。

そして、レオンを思う心が拮抗していた。

 

 

 

 

 

ある日の午後。

訓練の合間に、レオンが声をかけてきた。

 

「クリスタ……少し、いいか」

 

いつものように優しい声だった。

 

「うん……いいよ」

 

二人は敷地外れの林の小道へ向かう。

そこは春になると小さな白い花が咲き、クリスタのお気に入りの場所だった。

 

「……あの時、湖で……ごめん。見られてるとは思わなかった」

 

レオンは素直に謝った。

 

クリスタは首を横に振った。

 

「ううん。レオンが謝ることじゃない」

 

沈黙。

 

「……でも、本当のこと、知りたい。レオン、アニのこと、どう思ってるの?」

 

レオンは少し驚いたように目を見開いた。

 

「アニは……特別な存在だと思ってる。昔から、他の人と違うって感じてた」

 

「じゃあ、好きなの?」

 

レオンは黙った。

 

「……答えられないなら、それも答えだよ」

 

クリスタの声は静かだったが、手は小さく震えていた。

 

「私は……ずっと、レオンのそばにいたかった。そういう存在でいたかった」

 

初めて、それを言葉にした。

それは、想いの告白でもあり、願いの告白でもあった。

 

 

 

レオンはゆっくりと答えた。

 

「クリスタ……お前がそばにいてくれたから、俺はここまでやってこれた」

 

「でも、それと“恋”とは違うって、思ってる?」

 

「……分からない。まだ、自分の気持ちが……」

 

「……じゃあ、教えて。私と、もう一度だけ、ふたりで出かけてくれる?」

 

クリスタの声には覚悟があった。

 

レオンは静かに頷いた。

 

「……ああ。行こう」

 

それだけで、彼女の顔にほんの少し、笑みが戻った。

 

 

 

 

 

数日後。

レオンとクリスタは、日曜の午後に街へと向かった。

 

アニと行った場所とは別の、にぎやかな広場。

 

「今日はね、いっぱい笑って、忘れたいんだ。全部じゃなくても……少しだけ」

 

クリスタの言葉に、レオンも肩の力を抜くように笑った。

 

 

 

一緒にアイスを食べ、雑貨屋を見てまわる。

クリスタはレオンの横顔を時折見つめていた。

 

(この時間が、ずっと続けばいいのに)

 

そんな願いは、次の瞬間――砕かれた。

 

 

 

夕暮れの帰り道。

角を曲がった瞬間、すれ違いざまに見えた。

 

そこに立っていたのは、アニだった。

 

 

 

驚いた顔。

そして、ゆっくりと冷めていく瞳。

 

レオンとクリスタの手が、ほとんど触れるような距離で歩いていた。

 

「……そう」

 

アニの唇が、ほとんど動かないほどに小さく開いた。

 

「やっぱり……そうなんだね」

 

レオンが言葉を探して口を開こうとした時には、アニはすでに踵を返していた。

 

 

 

「待って!」

 

クリスタが思わず声を上げたが、アニは止まらなかった。

 

 

 

街の喧騒が、妙に遠くに感じた。

 

 

 

 

 

その夜、レオンは部屋でひとり、天井を見つめていた。

 

選ぶということは、同時に“誰かを傷つける”ということ。

 

それを知っていながら、彼はまだどちらにも手を伸ばせずにいた。

 

(俺は――逃げてるのか?)

 

月明かりが差し込む中、レオンの瞳は静かに揺れていた。

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