壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第6話 その瞳に映る、真実と覚悟

夕暮れの光が、訓練地跡の丘を黄金に染めていた。

その空の下で、アニは腕を組みながら沈黙を守っていた。彼女の向かいには、凛とした表情のクリスタが立っている。

 

「……アニ。ねえ、本当に彼のこと、どう思ってるの?」

 

その問いかけは、優しさを装った刃のようだった。

 

アニは一拍、空を見上げてから答える。

 

「悪くは思ってない……そう言えば納得する?」

 

「しない。だからちゃんと言って」

 

アニはため息をつき、金髪を耳にかけると、まっすぐクリスタを見つめ返した。

 

「――レオンのことは、好きだよ。最初からずっと、気になってた。戦える奴だし、くだらないこと言わないし、……何より、私を“人として”見てくれた。私が誰かを信じようと思えたのは、あいつが初めてだった」

 

クリスタのまなざしが揺れる。だが彼女もまた、負けじと歩み寄る。

 

「私も……同じ。レオンはね、私のことを仮面の奥まで見てくれた。誰も気づかなかった“本当の私”に気づいてくれた。……あんなの、あの人だけだった」

 

沈黙が落ちる。

 

風が吹き抜け、草を揺らす。

それでも、二人の距離は縮まらない。むしろ、互いの想いの重さが、それぞれの胸に壁を作るようだった。

 

「じゃあ、どうするつもり?」

 

先に口を開いたのはアニだった。

 

「私たち、どっちかが身を引けばいいの?」

 

「そう、簡単に決められることじゃない……でも、レオンが“どちらも失いたくない”って思ってるのも分かる。わざと曖昧にしてるわけじゃない。あの人は、ほんとに悩んでる」

 

アニは目を細め、静かに呟く。

 

「……甘いよね。あいつも、私たちも」

 

そこへ――足音が草を踏む音が響いた。二人が同時に振り返ると、そこには息を切らしたレオンが立っていた。

 

「……いた、やっぱりここに……!」

 

「レオン……」

 

「レオン……」

 

両者の声が重なった。

 

レオンは状況を察しつつも、真剣な眼差しで二人の間へと歩み寄る。

 

「話を……させてくれ。全部、今ここで」

 

アニもクリスタも、言葉なくうなずいた。

それぞれの想いが燃え立つこの場で、レオンはゆっくりと口を開いた。

 

「俺は……お前たち二人とも、大切だと思ってる。どちらかが“代わり”なんてことは、絶対にない。……けど、それが逆に、お前たちを苦しめてる」

 

アニは眉をひそめ、クリスタは唇を噛んだ。

 

「最初は、気づかないふりをしてた。でも気づいてたよ。アニが、俺を信じてくれようとしてること。……クリスタが、俺にだけ見せてくれる本当の顔」

 

沈黙。

それは、誰もが逃げたくなる言葉だった。

 

レオンは拳を握りしめる。

 

「だけど、どちらかを選べないっていうのは、ただの逃げかもしれない。……いや、そうかもしれないって、自分でも思う。でも――それでも俺は、“どちらも失いたくない”って本気で思ってるんだ」

 

アニの瞳が大きく見開かれた。

クリスタの肩が、小さく震えた。

 

「俺には、欲張りかもしれない。でも、お前たちに対してだけは、嘘をつきたくない。アニ。クリスタ。どちらも、特別なんだ。……それは、絶対に変わらない」

 

風の音が、三人の間を通り過ぎる。

 

「だから俺は……お前たちが、俺をどう思うかを、ちゃんと聞きたい。どんな答えでも受け止める。……それが俺の責任だから」

 

静かに、アニが息を吐いた。

 

「本気で言ってるんだね? 私たち二人と向き合うってこと……分かってる? どれだけの覚悟がいるか」

 

「分かってる。けど、それでも逃げたくない」

 

アニは苦笑した。「ほんとに、変な男だよ……」

 

クリスタが一歩踏み出し、レオンの前に立つ。

 

「じゃあ、言うよ。私は、レオンが好き。ずっと前から。……誰かと取り合うなんて、怖くて考えたくなかった。でも、アニのことを見てるうちに分かったの。あなたがアニに向けてる優しさも、同じくらい本物だって」

 

アニが小さく笑う。

 

「クリスタ……」

 

「それでも私は、諦めたくない。私だけを見てほしい。でも、あなたがアニを大切に思ってることも分かってる。だから――」

 

彼女は言葉を止めて、レオンとアニを見た。

 

「“三人で考える時間”がほしい。答えを急がずに。……それでも、関係を壊さないように、みんなで前に進むための時間を」

 

その言葉に、レオンは深くうなずいた。

「ありがとう、クリスタ……。それが、俺の願いでもある」

 

アニはしばらく無言だったが、やがて肩を落とし、笑みを浮かべた。

 

「私がそんな提案すると思ってた? ……でも、クリスタがそれを言ってくれるなら、私は否定しない」

 

レオンとクリスタが、アニを見る。

 

彼女は少し頬を染めながら、視線をそらした。

 

「私も……レオンが私だけを選ぶって言ってくれたら嬉しいよ。だけど、それが“嘘”だったら、もっと嫌だ。だから、今のレオンがそう言うなら、信じてみる」

 

レオンは言葉を失った。

そんな二人の強さと優しさが、胸に刺さる。

 

「……ありがとう。二人とも、本当に……」

 

「でも、勘違いしないで」

 

アニが一歩踏み出す。

 

「これから、あんたの態度が曖昧だったり、どっちつかずだったりしたら……本気で怒るからね。私たちは、競ってるんじゃなくて、“本気”なんだから」

 

クリスタもふっと笑った。

 

「うん。レオンに選ばれたい気持ちは、本当だから」

 

二人の言葉に、レオンはぐっと拳を握る。

 

「分かった。俺も覚悟を決めるよ。“どちらも大切”なんて言葉じゃ、足りないくらいに。……これから、ちゃんと向き合う。逃げずに」

 

アニとクリスタが同時に頷いた。

 

そのとき、夕焼けの中に鐘の音が響いた。

訓練場の片隅にある古びた時計塔が、日暮れを告げる。

 

「そろそろ戻らなきゃね」

 

クリスタが言い、アニも肩を回す。

 

「じゃあ、今日は解散ね。……変な気まずさ、なくてよかった」

 

「……ありがとう。二人とも」

 

レオンの声に、二人はそれぞれ背中を向けて歩き出した――が、アニだけが最後に振り返る。

 

「次は……私の番だから。ちゃんと時間、作ってよ」

 

彼女はそう言って、赤く染まる空の中へ消えていった。

 

数日後――

 

調査兵団の宿営地に、一時的な休息が訪れていた。

牙獣との戦いも一段落し、兵士たちは訓練や見回り以外の時間を思い思いに過ごしている。

 

その日、レオンはアニと約束を交わしていた。

街外れの小さな河畔の道。誰にも邪魔されない静かな場所で、ふたりきり。

 

「……ほんとに、こういうの苦手そうだね。無理してない?」

 

アニはいつもの無表情に、わずかな微笑を乗せて問う。

 

「いや、むしろ落ち着くよ。アニといると、変な緊張がない」

 

「ふーん。じゃあ、デートってやつも悪くないってこと?」

 

レオンは顔を赤らめた。

 

「……そういう言い方されると、恥ずかしいな」

 

アニは笑う。その笑顔は、戦場の殺意とはまるで別の、柔らかく温かいものだった。

 

「私ね、あんたと並んで歩いてると、不思議と安心するの。昔の私なら、こんなこと言わなかった。でも……今は、言えるようになった」

 

「アニ……」

 

「だから、今日は素直になりたい。少しでも、“普通の女の子”として」

 

そう言って、アニは小さな紙袋を取り出した。中には焼き菓子がいくつか入っている。

 

「作ってみた。教官の手伝いで厨房借りて。……まあ、初めてだから、味は保証しないけど」

 

レオンは驚きながらも、受け取る。

 

「ありがとう……これ、めちゃくちゃ嬉しい」

 

アニは照れて、目をそらす。

 

「調子に乗るなよ……ただの気まぐれ」

 

そんなやり取りの最中――。

 

「……あ」

 

ふと、視線の先にひとりの少女がいた。

道の向こうに立ち尽くしていたのは、クリスタだった。

 

彼女は、袋を手に持ったままのレオンと、そのすぐ傍に立つアニを見つめていた。

 

アニもレオンも息をのむ。

 

だがクリスタは、無理に微笑みを作って、そっと頭を下げると、踵を返して去っていった。

 

その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。

 

クリスタの背中が見えなくなるまで、レオンはその場を動けなかった。

 

アニは静かにレオンの横に立ち、ぽつりと呟いた。

 

「……見られちゃったね」

 

レオンはゆっくりとうなずいた。

 

「……ああ。まさか、あんな形で……」

 

「気まずい? ……それとも、後悔してる?」

 

「違う。ただ……あの顔を見たら、心が痛くなった。俺は……やっぱり、まだ迷ってるのかもしれない」

 

アニはほんの一瞬、寂しそうに目を伏せた。

 

「……あんたが迷うのは当然だと思う。クリスタも、私も……どっちも簡単に選べる相手じゃない。だから、今日は責めたりしない。……でもね」

 

そこで、アニはレオンの腕をとった。

 

「私は今日、ちゃんと伝えた。だから次は、あんたの番。……どれだけ時間がかかってもいい。だけど、答えは“本気”で返して」

 

レオンは静かにその手を握り返した。

 

「……ありがとう。アニ。必ず、答えるよ。クリスタにも、お前にも」

 

ふたりの間に流れる沈黙は、優しさと切なさを含んだものだった。

 

そして――

 

その夜、クリスタは誰にも見せないようにひとりで泣いた。

 

日記帳の隅に、震える文字でこう書いた。

 

「見たくなかった。でも、知ってた。アニも本気だって。

それでも、私だって、簡単に引かない。

次は、私の番――。」

 

そのページを閉じたとき、彼女の瞳には新たな覚悟が宿っていた。

 

 




申し訳ないですが、明日から仕事が始まるので更新ペースが落ちます
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