壁の外に咲く花   作:ナムルパス

45 / 46
第8話 静かなる侵攻

曇り空の下、先遣任務の班が馬を駆ける。

南西の山岳地帯――牙獣の目撃情報があったという地点に向かっていた。

 

レオン、アニ、クリスタ、リヴァイ班の面々、そして選抜された数名の調査兵団兵士。総勢十数名の精鋭部隊だった。

 

「……不気味なくらい静かね」

 

アニが馬上から周囲の山林を見渡し、低く呟く。

 

「牙獣の痕跡はまだ確認できてない。だが、この静寂……嫌な予感がするな」

 

ペトラが眉をひそめ、鞍にしがみつきながらレオンに言う。

 

「ヴィスナー。あんたの“感覚”って、今はどう?」

 

レオンはわずかに目を細めた。

その瞳の奥に、あの“気配”を感じる能力――わずかな違和感を読み取る直感が宿る。

 

「……何かが動いてる。まだ見えないが、“何か”が俺たちを見てる感覚がある」

 

「やっぱりな……」

 

リヴァイ班の一人、グンタが低く唸った。

 

「司令はどう言ってた? この任務の“本当の目的”は」

 

ペトラが問いかけた。

 

「牙獣の探索だけじゃない。……“情報源”を炙り出す。内部の裏切り者が誰かを、な」

 

レオンは、静かに応じた。

 

「つまり、囮任務ってわけね」

 

アニの声は冷めていた。だが、すぐに続ける。

 

「じゃあその“内通者”は、ここにいる可能性もあるってこと?」

 

「……そうだ」

 

隊の空気が一瞬、重くなる。

 

疑心の種がまかれた。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。そんな目で見るなって、俺は潔白だぞ?」

 

オルオがややふざけた調子で言うが、その言葉も空しく響くだけだった。

 

「ここで冗談は命取りになるわ」

 

ペトラがぴしゃりと切り捨てる。

 

レオンは、無言で馬の速度を少し緩めた。周囲の木々の影――その奥に、わずかな“気配の揺らぎ”を感じ取っていた。

 

(……来る)

 

次の瞬間、森の奥から巨体が飛び出した。

 

全身が異様に膨れ上がり、肉の一部が鉄のように硬化している――牙獣だった。

 

「接近戦用の個体だ! 全員、散開!」

 

レオンの叫びに従って、部隊は即座に反応する。

 

アニはすでに立体機動装置を展開し、素早く森の中へと飛び込んだ。

 

「やるわよ!」

 

ペトラが並走しながら叫ぶ。

 

「グンタ、左から回り込んで! オルオ、正面から引き付けて!」

 

牙獣は、咆哮と共に三本の腕のような突起を振り回してきた。

その動きはまるで獣じみており、戦闘のプロですら容易に近づけない。

 

「動きが変則的すぎる……!」

 

クリスタが思わず声を上げる。

 

「下がってろ、クリスタ!」

 

レオンが彼女をかばい、牙獣の腕を紙一重で避ける。

すかさず右の木から跳び移り、鋭く立体機動のワイヤーを牙獣の後頭部に打ち込んだ。

 

「そこだ!」

 

だが、刃が肉に触れた瞬間――甲冑のように硬化した皮膚が現れ、跳ね返された。

 

(やっぱり硬化部位……!)

 

「後頭部じゃない!」

 

ペトラが叫ぶ。

 

「首の根本、右下! 一瞬、露出してる場所がある!」

 

「了解!」

 

アニがすかさず旋回し、鋭角に牙獣の背後を取る。

 

その連携はまさに“狩り”のようなものだった。

 

アニの刃が風を切る。

 

右下、首の根元――ペトラが叫んだ通りの“隙”に、アニの攻撃が突き刺さる。

 

「っらああああっ!!」

 

肉を断つ手応え。牙獣が怒号のような咆哮をあげてのけぞった。

 

その瞬間、レオンが続く。

 

「アニ、下がれ!」

 

彼は、空中で体を回転させながら腰のブレードを逆手に構えた。

アニの攻撃でできた裂け目をさらに拡げるように、鋭い一撃をたたき込む。

 

肉が裂け、血しぶきが飛び散る。

 

「今だ、ペトラ!」

 

「任せなさい!」

 

ペトラの刃が、その亀裂に深く突き刺さる――

牙獣の動きが一瞬止まり、倒れ込むように崩れた。

 

「……倒した、のか?」

 

グンタが周囲を警戒しながら言う。

だが、レオンは動きを止めなかった。斬り裂かれた肉の奥を確認する。

 

(中に、“人間”はいない――か。やはりこいつらは無人の怪物……いや、何かの操作で動いてる)

 

その思考の途中で、背後から再び“気配”が走る。

 

「っ――もう一体来る!!」

 

それは先ほどの牙獣よりも小型で、より俊敏な動きを見せていた。

牙獣にも“個体差”があるのだと誰もが悟る。

 

「くっ……!」

 

今度はクリスタが狙われた。

 

「危ないっ!」

 

レオンがすぐさま身を投げ、彼女を押しのける。

 

牙獣の腕が、彼の背をかすめた。

防護服を裂き、皮膚に傷を負わせる。鮮血が舞う。

 

「レオン!!」

 

アニとクリスタが同時に叫ぶ。

 

レオンは一瞬歯を食いしばったが、痛みを遮断するように集中し、即座に姿勢を立て直した。

 

「大丈夫だ。行け、今のうちに!」

 

「馬鹿! そんな状態で――!」

 

アニが叫びかけるが、すでにレオンは再度、立体機動で木々の間を駆け上がっていた。

 

ペトラが冷静に判断する。

 

「このままじゃ、また次が来る。――撤退ルートを確保して!」

 

「でも、牙獣を倒した今がチャンスじゃ――」

 

「私たちはあくまで“先遣”。ここで全滅するのが一番の失敗よ!」

 

レオンも頷く。

 

「ここまでの情報で十分だ。個体の特性、行動範囲、戦術的な穴……これを持ち帰れば、次に繋がる」

 

アニは不満げだったが、しぶしぶ納得したように言った。

 

「わかった。けど……あんた、あとで傷の手当ては絶対させなさいよ」

 

その目に、怒りと心配が交じっていた。

 

クリスタもまた、そっとレオンに寄り添いながら馬に戻った。

 

(3人の距離が、またわずかに動いた――)

 

それは、戦場の中でほんの一瞬見えた、恋の軌跡だった。

 

帰還の道中、空は鈍色の雲に覆われていた。

それでも、兵たちの気配には確かな緊張と、かすかな安堵が混ざっている。

 

――牙獣を倒し、情報を持ち帰る。

それだけでも、今回の任務は成功といえる結果だった。

 

だが、誰もがそれを“勝利”と感じきれていなかった。

 

「……あれだけの力を持つ生物が、もし組織的に動いているとしたら」

 

リヴァイ班のエルドが、低く言った。

 

「正面から戦うだけでは、もたないな」

 

「それはもう分かってる。あとは――どこまで“裏”を炙り出せるかだ」

 

レオンの言葉に、オルオがふと口を挟む。

 

「それにしてもよぉ、お前、なんであんな冷静に戦えるんだ? 背を斬られてんだぜ」

 

「慣れだよ。あと……守りたいものがあるから」

 

そう言ったレオンの視線の先には、アニとクリスタ。

二人はわずかに顔を赤らめ、それぞれ目を逸らした。

 

ペトラがその様子を見て、静かに笑う。

 

「ふぅん……なるほどね。あんたたちの関係、だいたい察したわ」

 

「……え?」

 

「ば、ばれてるの?」

 

レオンとクリスタが一斉に動揺する。

 

アニは少しむっとした表情で、そっぽを向いた。

 

「ま、そういうのは後でゆっくり聞かせてもらうとして――」

 

ペトラが視線を前に戻す。

 

「任務はまだ終わってないわよ。ピクシス司令への報告もあるし、次の行動をどうするかも詰めないと」

 

「そうだな」

 

レオンが頷く。

 

そして彼らはトロスト区へと戻り、作戦会議へ臨むことになる――

そこで、ピクシス司令と再会するのだ。

 

その翌日、トロスト区・作戦司令室。

 

ピクシスは酒瓶を片手に、静かに彼らを迎えた。

 

「ふむ。牙獣の個体差、それに戦闘特性の分析……ようやったな。リヴァイ班とやら、優秀じゃないか」

 

「お褒めに預かり光栄です、司令」

 

ペトラが丁寧に頭を下げた。

 

ピクシスはレオンに視線を向ける。

 

「それに……“君”も、だ。ヴィスナー、だったか?」

 

「はい」

 

「君の戦術眼と判断力、それに……部下の命を守るという意志。兵士として申し分ない」

 

レオンは少し驚きながらも、静かに頷いた。

 

「ありがとうございます、司令」

 

「――だが、それは同時に“危険な存在”でもあるということだ」

 

場の空気が一瞬張り詰めた。

 

ピクシスは目を細める。

 

「ヴィスナー。君は何者だ?」

 

沈黙が流れる中、ピクシスの視線がレオンを貫いた。

 

「君の実力は――“普通の訓練兵”のそれじゃない。リヴァイ兵長と並ぶような動き、的確な判断。……それに、あの牙獣との戦いでも、何か“気配を読む”ようなことをしていたな?」

 

ペトラやアニ、クリスタ、そしてリヴァイ班の面々がわずかに目を見開く。

 

だが、レオンは動じなかった。

 

「俺は……ただ、“生きるため”にそうしてきただけです」

 

「ふむ。ならば、その能力――調査兵団に預ける気はあるか?」

 

「……俺はすでに、ここで命を懸ける覚悟はしています」

 

静かに、しかし力強く返すレオンの言葉に、ピクシスは満足げに頷いた。

 

「よかろう。これ以上は詮索せん。だが、我々は常に“真実”を求めねばならん。嘘や隠し事は、人を殺す」

 

ピクシスは立ち上がり、地図の前に進む。

 

「牙獣の拠点がどこにあるか――おおよその目星はついた。次は“殲滅”だ」

 

一同が顔を上げた。

 

「そのためには、より少数精鋭での突入作戦が必要となる。……君たちには再び、先頭に立ってもらう」

 

レオンは一瞬だけ視線を横に流す。

隣には、アニとクリスタがいた。

 

二人とも、まっすぐにレオンを見ていた。言葉はなかったが、目が語っていた。

 

――「一緒に戦う」

 

その意志は固く、揺るぎなかった。

 

 

その日の夕暮れ。

レオンはクリスタとの約束で、トロスト区の城壁沿いを歩いていた。

 

「今日は、ありがとう……守ってくれて」

 

クリスタが、少しだけ照れたように笑う。

 

「守るのは当然だろ。君は――俺にとって、特別な人だから」

 

その言葉に、クリスタは顔を赤らめ、ほんのわずかにレオンの腕に触れた。

 

しかし――

 

「……そっちも楽しそうね」

 

背後から、冷ややかな声がした。

 

振り返ると、アニが立っていた。

その表情には、明らかな嫉妬の色が浮かんでいた。

 

「ア、アニ……!」

 

「まさか、デートしてるところに出くわすなんて思わなかったわ。いい趣味してるじゃない」

 

「ち、違う! これは、その……」

 

クリスタが慌てて否定しようとするが、アニは目を細めて言った。

 

「まぁいいわ。……でも、次は私の番。レオン、明日、付き合いなさい」

 

「え?」

 

「デートよ。あんたも、ちゃんと“平等”にしなきゃね」

 

レオンは戸惑いながらも、二人の視線を交互に見る。

 

どちらの目にも、自分への強い想いが宿っていた。

 

――運命は、戦いと共に、恋の選択も突きつけてくる。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。