壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第9話 静かなる嫉妬、揺れる心

トロスト区の朝は、昨日までの余韻を感じさせないほど静かだった。

だがその静けさの裏側では、急速に迫る脅威と、それに抗うための準備が着々と進んでいた。

 

訓練兵団出身の104期生たち――

その中でも特に戦果を挙げた一部の者たちは、すでに兵団上層部の注目を集めていた。

その中心にいるのが、かつて“レオン・ヴィスナー”として名を馳せた青年である。

 

 

「へぇ……あんたが、今や“牙獣殺しの英雄”ってわけか」

 

調査兵団本部――かつての食堂に集まった104期の数人の中で、エレンが呟いた。

 

「英雄って言われてもな。……ただ、生き残っただけだ」

 

レオンは苦笑を浮かべながら答える。

 

「でもあんた、すごかったよなぁ。リヴァイ兵長と一緒に牙獣を倒すなんて」

 

サシャがパンを頬張りながら言った。

 

「クリスタとアニも一緒だったんだよな」

 

ジャンが探るような目を向ける。

クリスタは少し顔を赤らめ、視線を落とす。

 

「……うん、私もいた。あのとき、レオンがいなかったら、私……」

 

「気を遣わなくていい。俺だけじゃ無理だった。二人がいたからこそだよ」

 

レオンはそう言いながら、アニの方を見る。

彼女は窓際に寄りかかり、静かにレオンを見ていた。

 

言葉はなかったが、その瞳には確かな“絆”が宿っていた。

 

 

その日の午後、エルヴィン・スミスがトロスト区に戻ってきた。

 

「ご無沙汰しているな、ピクシス司令」

 

「おう、エルヴィン。相変わらず背筋の伸びた顔じゃのう」

 

作戦会議室で再会した二人は、短く言葉を交わすと、すぐに本題に入った。

 

「牙獣の出現頻度が急激に上昇している。西の森林地帯を中心に、少なくとも4体の接触が確認された。対巨人戦力だけでは対応しきれない」

 

「ふむ。となると、やはり“彼ら”の出番か……」

 

ピクシスが目を細める。

 

「……“彼ら”とは?」

 

後方に控えていたハンジが問うと、エルヴィンは小さく頷く。

 

「リヴァイ班、そして――レオン・ヴィスナーだ」

 

 

夕方、調査兵団訓練場。

木製の剣が軽快に打ち合う音が響いていた。

 

「手を抜いてるつもりはないんだけどな……やっぱり、強いな」

 

レオンが呟いた。

 

その相手はアニだった。

彼女の動きは鋭く、まるで刃のように無駄がなかった。

 

「……お世辞ならいらない。あんたが強すぎるだけよ」

 

「でも、こうして鍛え直せば、俺より強くなれると思う」

 

「……ほんとに、そう思ってる?」

 

アニの言葉には、わずかな棘が含まれていた。

 

「何か気になることでも?」

 

「……昨日、クリスタと一緒だったの、見た」

 

その一言に、レオンは肩をすくめる。

 

「……見られてたか」

 

「クリスタは優しいし、明るいし……でも、私は違う」

 

「違うから、いいんだ。アニはアニのままでいい」

 

レオンがそう言うと、アニは驚いたように目を見開いた。

 

「……あんた、ほんとに……そう思ってるなら……」

 

その言葉は、途中でかき消された。

近づいた足音が、会話を断ち切ったのだ。

 

「レオン。練習終わった?」

 

クリスタだった。

 

「あ……うん。今、ちょうど」

 

「ちょっと、話せる?」

 

「ああ……」

 

レオンが歩き出すと、背後でアニの視線が鋭くなるのを感じた。

そして、レオンとクリスタの背中を見つめながら、アニは小さく呟いた。

 

「……やっぱり、あたしだけ見ててなんて……わがままだよね」

 

 

その夜、トロスト区の外れ。

偵察任務についていた兵士たちが、突如として襲撃された。

 

「な、なんだこいつらはッ!? 巨人じゃ……ない!?」

 

「いや……混ざってる、巨人と……牙獣だッ!」

 

異様な形をした巨人。

その多くは、牙獣のように俊敏に動き、知性ある攻撃をしかけてきた。

 

「連絡兵ッ! 急げ、司令部に報告を――ッ!!」

 

数時間後、ピクシスとエルヴィンの元に急報が届く。

 

「……“融合体”だと?」

 

「まさか……牙獣と巨人が、同じ存在に?」

 

ハンジが思わず席から立ち上がる。

 

「やはり、敵は何かを企んでいる」

 

エルヴィンが呟く。

 

「レオン・ヴィスナーを呼べ。次の作戦に向けて、全戦力の再編成を急ぐ」

 

 

その頃、レオンは街の裏通りで、クリスタと一緒に歩いていた。

 

「さっきは、ごめんね。アニさんと練習してるところ、邪魔しちゃって」

 

「いや、いいんだ。……話って、なんだ?」

 

クリスタは一呼吸置いてから、言った。

 

「……好きなの。レオンのこと」

 

レオンは静かに目を見開いた。

 

「それは……」

 

「わかってる。アニさんのことも、好きなんでしょ? でも、私は……それでもいいの」

 

「クリスタ……」

 

「レオンが誰を選ぶのか、分からない。でも、私は――選ばれなくても、好きでいたいの」

 

その真っ直ぐな想いに、レオンは言葉を失う。

だが次の瞬間、街の空気が異様にざわついた。

 

「警戒態勢! 巨人の接近を確認ッ!!」

 

鐘の音と共に、再び戦場の呼び声が鳴り響く――

 

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