トロスト区の朝は、昨日までの余韻を感じさせないほど静かだった。
だがその静けさの裏側では、急速に迫る脅威と、それに抗うための準備が着々と進んでいた。
訓練兵団出身の104期生たち――
その中でも特に戦果を挙げた一部の者たちは、すでに兵団上層部の注目を集めていた。
その中心にいるのが、かつて“レオン・ヴィスナー”として名を馳せた青年である。
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「へぇ……あんたが、今や“牙獣殺しの英雄”ってわけか」
調査兵団本部――かつての食堂に集まった104期の数人の中で、エレンが呟いた。
「英雄って言われてもな。……ただ、生き残っただけだ」
レオンは苦笑を浮かべながら答える。
「でもあんた、すごかったよなぁ。リヴァイ兵長と一緒に牙獣を倒すなんて」
サシャがパンを頬張りながら言った。
「クリスタとアニも一緒だったんだよな」
ジャンが探るような目を向ける。
クリスタは少し顔を赤らめ、視線を落とす。
「……うん、私もいた。あのとき、レオンがいなかったら、私……」
「気を遣わなくていい。俺だけじゃ無理だった。二人がいたからこそだよ」
レオンはそう言いながら、アニの方を見る。
彼女は窓際に寄りかかり、静かにレオンを見ていた。
言葉はなかったが、その瞳には確かな“絆”が宿っていた。
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その日の午後、エルヴィン・スミスがトロスト区に戻ってきた。
「ご無沙汰しているな、ピクシス司令」
「おう、エルヴィン。相変わらず背筋の伸びた顔じゃのう」
作戦会議室で再会した二人は、短く言葉を交わすと、すぐに本題に入った。
「牙獣の出現頻度が急激に上昇している。西の森林地帯を中心に、少なくとも4体の接触が確認された。対巨人戦力だけでは対応しきれない」
「ふむ。となると、やはり“彼ら”の出番か……」
ピクシスが目を細める。
「……“彼ら”とは?」
後方に控えていたハンジが問うと、エルヴィンは小さく頷く。
「リヴァイ班、そして――レオン・ヴィスナーだ」
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夕方、調査兵団訓練場。
木製の剣が軽快に打ち合う音が響いていた。
「手を抜いてるつもりはないんだけどな……やっぱり、強いな」
レオンが呟いた。
その相手はアニだった。
彼女の動きは鋭く、まるで刃のように無駄がなかった。
「……お世辞ならいらない。あんたが強すぎるだけよ」
「でも、こうして鍛え直せば、俺より強くなれると思う」
「……ほんとに、そう思ってる?」
アニの言葉には、わずかな棘が含まれていた。
「何か気になることでも?」
「……昨日、クリスタと一緒だったの、見た」
その一言に、レオンは肩をすくめる。
「……見られてたか」
「クリスタは優しいし、明るいし……でも、私は違う」
「違うから、いいんだ。アニはアニのままでいい」
レオンがそう言うと、アニは驚いたように目を見開いた。
「……あんた、ほんとに……そう思ってるなら……」
その言葉は、途中でかき消された。
近づいた足音が、会話を断ち切ったのだ。
「レオン。練習終わった?」
クリスタだった。
「あ……うん。今、ちょうど」
「ちょっと、話せる?」
「ああ……」
レオンが歩き出すと、背後でアニの視線が鋭くなるのを感じた。
そして、レオンとクリスタの背中を見つめながら、アニは小さく呟いた。
「……やっぱり、あたしだけ見ててなんて……わがままだよね」
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その夜、トロスト区の外れ。
偵察任務についていた兵士たちが、突如として襲撃された。
「な、なんだこいつらはッ!? 巨人じゃ……ない!?」
「いや……混ざってる、巨人と……牙獣だッ!」
異様な形をした巨人。
その多くは、牙獣のように俊敏に動き、知性ある攻撃をしかけてきた。
「連絡兵ッ! 急げ、司令部に報告を――ッ!!」
数時間後、ピクシスとエルヴィンの元に急報が届く。
「……“融合体”だと?」
「まさか……牙獣と巨人が、同じ存在に?」
ハンジが思わず席から立ち上がる。
「やはり、敵は何かを企んでいる」
エルヴィンが呟く。
「レオン・ヴィスナーを呼べ。次の作戦に向けて、全戦力の再編成を急ぐ」
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その頃、レオンは街の裏通りで、クリスタと一緒に歩いていた。
「さっきは、ごめんね。アニさんと練習してるところ、邪魔しちゃって」
「いや、いいんだ。……話って、なんだ?」
クリスタは一呼吸置いてから、言った。
「……好きなの。レオンのこと」
レオンは静かに目を見開いた。
「それは……」
「わかってる。アニさんのことも、好きなんでしょ? でも、私は……それでもいいの」
「クリスタ……」
「レオンが誰を選ぶのか、分からない。でも、私は――選ばれなくても、好きでいたいの」
その真っ直ぐな想いに、レオンは言葉を失う。
だが次の瞬間、街の空気が異様にざわついた。
「警戒態勢! 巨人の接近を確認ッ!!」
鐘の音と共に、再び戦場の呼び声が鳴り響く――