壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第5話 孤独の輪郭

夜が訪れる頃、訓練兵団の寮はようやく静けさを取り戻す。

昼間の喧騒や汗の臭いが嘘のように消え、ただ夜風が窓の隙間から入り込む音だけが聞こえていた。

 

レオン・ヴィスナーは食堂裏の木陰に腰掛けていた。

この場所は、夕食後になると誰も来なくなる。彼にとって、唯一“無防備になれる”空間だった。

 

背後には小さな薪倉庫。前には草原が広がっている。

その向こうにある木々の向こうから、月がぼんやりと顔を出していた。

 

「……いた」

 

不意に声がした。足音を立てずに近づいてきたのは、

アニ・レオンハートだった。

 

レオンは顔を上げず、ただ静かに目線だけを動かす。

 

「何の用だ?」

 

「別に。お前がここで夜になると独りで座ってるって、噂が立ってたから」

 

「……誰がそんなことを」

 

「サシャ」

 

即答だった。レオンは少しだけ眉をひそめたが、驚きはなかった。

むしろ、サシャなら言いそうだ――とさえ思った。

 

アニはレオンの隣に無言で腰を下ろした。

距離はおよそ腕一本分。近すぎず、遠すぎず。

無言が数十秒続いたが、彼女は気にする素振りも見せなかった。

 

「……今日の模擬戦、見てた」

 

「そうか」

 

「ジャン、ちょっと気の毒だったな。だけど自業自得ってやつ」

 

アニの言葉に、レオンはわずかに口の端を上げる。

 

「そう思うのか」

 

「うん。あいつ、人を見る目が浅いから。お前のことも、“暴力だけの怪物”とでも思ってたんだろうな」

 

「事実、似たようなもんだ」

 

「違う」

 

アニの声がすっと鋭くなった。レオンは視線を向ける。

 

「お前は、ただの怪物じゃない。怪物を“演じてる”だけ。誰かに誤解される方が、都合がいいから」

 

沈黙。レオンは返す言葉を探したが、何も出てこなかった。

 

「……それは、お前も同じだろう」

 

「かもね。でも私は、お前ほど正直じゃない」

 

アニはそう言うと、目を伏せた。

彼女の金髪が月明かりに照らされ、静かに揺れる。

 

「父親に、ずっと“強くなれ”って言われて育った」

 

「……」

 

「強くない人間は、生き残れない。弱さは、他人に殺される理由になる。だから感情を殺せって」

 

レオンはその言葉に、かすかに反応した。

まるで自分の記憶の写しのような言葉だった。

 

「……同じだな。俺も父に言われた。“優しさは、弱さより残酷だ”と」

 

「分かる気がする。優しい人間って、自分より他人のことを大事にしようとする。だから、壊れる」

 

アニの言葉は、静かだった。だが、鋭く深く突き刺さる。

レオンはそれに、無意識に頷いていた。

 

「俺は……もう、誰かのために死にたくはない。自分の生き方で、自分の正義を貫きたいだけだ」

 

「……いいね。それ、本当にできたら。私も、そうありたいって思う」

 

レオンが視線を落とすと、アニはわずかに横目で彼を見ていた。

 

「なに?」

 

「……ちょっと意外だった。お前が、そんなこと言うとは」

 

「俺だって人間だ。感情ぐらいある」

 

「うん。でも……お前の感情って、どこか“濁ってない”よね」

 

アニの言葉に、レオンは一瞬考え込んだ。

 

「……それは、心が腐りきってないだけだ。まだ終わってないだけだ」

 

アニはふっと笑った。珍しく、その笑みは“作り物”ではなかった。

 

「悪くないよ、お前」

 

その言葉は、褒め言葉ではなかった。

だが、レオンにとってはどんな賛辞よりもまっすぐに響いた。

 

その夜、二人の間に流れる沈黙は、心地よいものだった。

互いの中の“孤独”が、少しだけ形を持って共有された夜だった。

 

 

同じ頃。女子寮の一室――

 

クリスタ・レンズは、薄暗い室内で一人、本を閉じていた。

窓の外からは虫の音。月光だけが、静かに部屋の床を照らしている。

 

彼女はふと、今日のレオンの言葉を思い出していた。

 

「……“誰かを助けたい”気持ちに、自分で制限かけてる」

 

あの言葉に、彼は何も言わなかった。

けれど、彼の目はそれを“否定”していなかった。

 

「――変わってる人。でも、優しい」

 

クリスタはそう呟いた。

その声は、自分の耳にしか届かない、ほんの囁きだった。

 

彼女もまた、“孤独”の輪郭をなぞっていた。

だが、ほんの少しだけ、心に温かい何かが残っていた。

 

レオンという存在は、彼女にとって「過去の重荷」を忘れさせるほどに異質で、同時に心地よかった。

 

たとえ、その先に痛みが待っていたとしても。

クリスタは、きっとまた明日も――彼に話しかけるだろう。

 

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