壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第7話 偽りの静寂

牙獣襲撃から二日が経った。

森の中で起きた突発的な“実戦”により、104期訓練兵団の空気は一変していた。

 

それまで軽い競争意識で張り合っていた者たちの目が変わり始めた。

「生き残るためには何が必要か」――その問いが、ようやく現実味を帯びてきたのだ。

 

そんな中、最も注目される存在となったのは、やはりレオン・ヴィスナーだった。

 

「なあ、やっぱりアイツ、ただの訓練兵じゃないよな?」

 

「教官が直接育てた精鋭とか、王都関係の出なんじゃねぇか?」

 

「いや、誰も出自知らねぇんだよ。記録にもほとんど残ってない。まるで“用意された存在”みたいだ」

 

憶測と疑念が渦を巻く中、レオン本人は一貫して変わらなかった。

必要以上に話さず、訓練の成績を黙々と積み重ねる日々。

だが、何も知らない者たちの中で、わずかに“真実”に近づきつつある人物もいた。

 

アニ・レオンハート。

あの夜の静寂の中で、レオンの言葉の“重さ”を感じ取った彼女は、再びその男を探す。

 

そしてまた、食堂裏の静かな木陰にて――

 

「……お前、わざと“目立ってる”な」

 

「……何の話だ?」

 

「本気を見せる場面、選んでるように見える」

 

レオンは黙った。

アニの目は鋭く、だがどこか同調するような光を湛えていた。

 

「見られたくない“本質”を、他人に見せないために。あえて、暴力的な“表層”を晒してる。そうだろ?」

 

「……なるほど。お前の目は、やはり濁っていないな」

 

「お互い様だよ」

 

微笑みはなかったが、静かな信頼がそこにあった。

 

だが、そんな落ち着いた時間は、あまりに短命だった。

 

⸻

 

その夜、監視塔の鐘が鳴った。

訓練区画の北方にある壁際の森で“異常”が確認されたのだ。

 

「巨人が……現れた……?」

 

教官の報告を聞いた瞬間、104期生たちは凍り付いた。

 

「あり得ない……この辺りは壁の中だ。巨人なんて入れるはずが――」

 

「……もし侵入してるなら、それは“誰かが入れた”ってことだろ」

 

ジャンの言葉に、空気が重く沈む。

 

そして、キース教官が一言――

 

「実戦訓練を中止する。だが、お前たちはこれが“兵士としての現実”だと理解しろ」

 

⸻

 

翌日。北の森の警戒班に、数名の志願者が選ばれた。

 

レオン、アニ、ライナー、ベルトルト、クリスタ、そしてサシャ。

 

「なんか……怖いス……でも、逃げてもしょうがないですよね……!」

 

サシャが不安げに呟く。

クリスタも顔色を失っていたが、それでも一歩も引いていなかった。

 

「私は……人を守るって、決めたから」

 

その目の強さに、レオンはわずかに視線を向けた。

 

(“偽り”の顔じゃない――これは、本物の彼女だ)

 

⸻

 

森の中。静寂を裂くように、枝の折れる音が響く。

 

「! 前方……!」

 

木立の隙間から、巨大な影が姿を現した。

皮膚を持たない“筋肉むき出し”の5メートル級巨人が、のそのそと木々をかき分けてくる。

 

「一体だけ……? でも動きが変だ」

 

ライナーが低く呟く。

 

巨人はうつろな目をしながら、まっすぐに“こちら”を見ていた。

 

「避難は? 近くに民間人は?」

 

「いない。だが、ここから動けなければ全体の危険になる」

 

ベルトルトが言いかけた瞬間、巨人の足が地を蹴った。

 

「来るぞ――!」

 

誰もが後退しようとしたその瞬間、レオンが一人前に出た。

 

「レオン!? なにして――!」

 

アニが叫ぶが、レオンは無言のまま、立ち尽くす。

 

巨人が右手を振り上げ、彼に叩きつけようとする――その瞬間、

 

レオンは“跳んだ”。

 

常人では不可能な反射と脚力で一気に巨人の腕を駆け上がり、肩に取りつく。

そして、腰から抜いた訓練用ブレードを逆手に握り、うなじへ――

 

「喰らえ」

 

振り下ろされた刃は、訓練用とは思えぬ鋭さで巨人の肉を裂いた。

 

グシャ、と音を立てて、巨人が崩れ落ちる。

 

レオンはそのまま着地し、無傷で立ち尽くしていた。

 

沈黙。誰もが言葉を失っていた。

 

「……見たか……?」

 

「いや……あれ、何だよ……あんな動き、人間にできるわけが――」

 

アニは、眉をひそめてレオンを見つめていた。

その表情は、疑念と確信が混ざり合ったものだった。

 

(あの動き――“教えられた”ものじゃない。彼自身が“戦闘”として完成されている)

 

(まるで……)

 

そこまで考えたとき、遠くの空から“別の咆哮”が届いた。

 

高く、野太く、空を震わせる声。

巨人特有の、あの“叫び”。

 

「まずい――群れが来る!」

 

レオンが叫ぶ。

 

「ライナー、ベルトルト、アニ、サシャは東へ! クリスタは俺と共に後退! 全員、斜面を利用して誘導する!」

 

「何でお前が指示を――!」

 

「文句があるなら死ね!」

 

怒鳴り返すレオンの声に、全員が一瞬黙り――そして動いた。

 

誰もが無意識に従っていた。

 

(こいつは、そういう“匂い”を持っている。生き残るために必要な匂いだ)

 

そう思いながら、アニは東へ駆けた。

 

⸻

 

その後、巨人の小規模な侵入は鎮圧され、訓練区への被害は最小限に抑えられた。

 

だが、問題はその後だった。

 

「彼は、なぜ“巨人の動き”を予測できたのか?」

 

「民間出身のはずなのに、軍の高等戦術を知っているのはなぜか?」

 

憲兵団内部で、レオン・ヴィスナーの名が挙げられ始める。

 

そして同時に、“特別監視対象”としての裏リストにもその名が刻まれることとなる――

 

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