森を抜けた丘の上で、レオンはただ一人、空を見上げていた。
巨人と牙獣――人を喰らう異形の存在が、同時にこの訓練区に現れた。
偶然とは思えない。だが、それを裏付ける証拠もない。
(またか……同じだ。俺の“過去”と)
彼は目を閉じた。
記憶の底に、赤黒く焼きついた光景が蘇る――
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「お前は、俺の“作品”だ。人を喰わず、人を殺すために生まれた存在」
地下室に響く、狂ったような男の声。
幼いレオンは檻の中で、血まみれの実験体を見ていた。
そこにいたのは、人間ではなかった。
無残に変形し、牙を持ち、理性を失った存在。
「牙獣(がじゅう)計画は進行中だ……貴様の兄はすでに“素材”になった。今度は貴様の番だ」
鉄と血と獣の匂い。
叫び声と沈黙が交互に支配する日々。
その中で、レオンは“戦うこと”だけを生き残る手段として学んだ。
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(あれは……人間だった)
彼が初めて牙獣を見た時、すぐに気づいた。
その動き、苦悶に満ちた表情。
人間の名残を残しながら、獣として殺戮を続ける存在――それは、“実験の成れの果て”。
(そして今、また牙獣が“巨人と共に”動いている)
そこにある意図は明確だった。
(実験は続いている。巨人と牙獣を交差させる新たな段階……)
静かに歯を食いしばるレオン。
その背後に、静かに近づく足音があった。
「……あんた、あの巨人の動きを予測してた。あれが偶然だなんて、私は思わない」
アニだった。
肩を寄せ合う距離に立ち、彼を見上げている。
「黙ってると、どんどん敵を作るわよ。少しは話してもいい頃じゃない?」
「……俺は、自分のために動いてる。仲間を守るのも、命を救うのも、全部“俺の選択”だ」
「……選択の裏に何があるの?」
レオンは答えなかった。
だが、アニはその沈黙に、“ある種の誠実さ”を感じていた。
「この世界で生きてる奴は、誰も綺麗じゃない。私だって、正しいとは言えない選択をする。でも……」
アニは、鋭い青い瞳でレオンを見据えた。
「嘘だけは、つくなよ」
その言葉は、鋭い刃のようにレオンの胸を刺した。
彼はほんの僅かに視線を逸らし、苦笑を浮かべた。
「……お前にだけは、つけそうにないな」
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その夜。
南の訓練塔で火の手が上がった。
警鐘が鳴り響く中、レオンはすでにその現場に向かっていた。
「何があった?」
駆け寄ったライナーが叫ぶ。
「施設内部に牙獣――いや、“巨人と牙獣の混合種”らしき個体が現れた! 非常に高い知能と跳躍力を持っている!」
「混合種……だと……?」
「複数の訓練兵が負傷! 教官も応戦中だが、奴は――!」
その時、塔の屋上から爆発的な破壊音が響いた。
煙を突き破って飛び出してきたのは、異形の“何か”だった。
人間のような骨格に、巨人の再生能力、牙獣の筋力と牙。
そして――明らかに、人間の名残を残した“目”。
「っ……こいつ……!」
レオンの中で何かが弾けた。
「下がれ、全員!」
跳び出すと同時に、レオンは塔の壁を蹴って急上昇した。
訓練用装備では到達できない高さ。
それでも彼は、地面を蹴る度に加速していく。
混合種が唸り声を上げ、右手でレオンを掴みかかる――
「喰われるな、俺の中の“過去”まで!」
レオンはその腕を逆手で蹴り抜き、上腕の腱を断ち切る。
叫びを上げる混合種。だが、止まらない。
「……なら、せめて終わらせてやる」
うなじではない。“心臓”を狙う。
レオンは全体重と慣性を乗せた回転斬りで、混合種の胸部へ刃を叩き込んだ。
一瞬、時間が止まったようだった。
やがて――ぐらり、と倒れる混合種。
「終わった……のか……?」
ライナーが呟いたその瞬間、レオンの足元で“何か”が爆ぜた。
再生しかけた混合種の肉片。
その中心から、うごめくように現れた“人間の眼”。
「まだ終わってねぇぞ――!」
刹那。アニが飛び込んできた。
「……どけ、アニ!」
「黙って死なせるわけないでしょ!」
レオンとアニが同時に斬り込む。
一撃、二撃――連携された双剣が、中心核を粉砕する。
ようやく、混合種の体が完全に沈黙した。
⸻
夜が明ける頃。
混合種の死骸は憲兵団によって“秘密裏に回収”された。
報告書には「牙獣に酷似した巨人型異常個体」とだけ記され、レオンとアニの戦闘記録も抹消された。
だが、その記憶は彼らの中に、確かに刻まれた。
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「……ありがとう、助けに来てくれて」
レオンが珍しく、アニに礼を言った。
アニは苦笑した。
「言葉にしない方が、あんたっぽいけどね」
「そうか」
「でも……少しは話してもいいよ。あんたが何と戦ってるのか、私も知りたいから」
風が静かに吹き抜ける。
そして、レオンはぽつりと呟いた。
「俺は、“作られた存在”だ。牙獣も、混合種も、全部俺の過去に繋がってる。……そして、このままだと、お前たちも巻き込まれる」
「上等じゃない。私たちは兵士でしょ」
アニの声には、迷いがなかった。
その瞬間、レオンの中で何かが変わった。
一人で戦うのではなく、“共に進む”という道が、初めて視界に現れた。