壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第8話 刃の記憶

森を抜けた丘の上で、レオンはただ一人、空を見上げていた。

 

巨人と牙獣――人を喰らう異形の存在が、同時にこの訓練区に現れた。

偶然とは思えない。だが、それを裏付ける証拠もない。

 

(またか……同じだ。俺の“過去”と)

 

彼は目を閉じた。

記憶の底に、赤黒く焼きついた光景が蘇る――

 

⸻

 

「お前は、俺の“作品”だ。人を喰わず、人を殺すために生まれた存在」

 

地下室に響く、狂ったような男の声。

幼いレオンは檻の中で、血まみれの実験体を見ていた。

 

そこにいたのは、人間ではなかった。

無残に変形し、牙を持ち、理性を失った存在。

 

「牙獣(がじゅう)計画は進行中だ……貴様の兄はすでに“素材”になった。今度は貴様の番だ」

 

鉄と血と獣の匂い。

叫び声と沈黙が交互に支配する日々。

 

その中で、レオンは“戦うこと”だけを生き残る手段として学んだ。

 

⸻

 

(あれは……人間だった)

 

彼が初めて牙獣を見た時、すぐに気づいた。

その動き、苦悶に満ちた表情。

人間の名残を残しながら、獣として殺戮を続ける存在――それは、“実験の成れの果て”。

 

(そして今、また牙獣が“巨人と共に”動いている)

 

そこにある意図は明確だった。

 

(実験は続いている。巨人と牙獣を交差させる新たな段階……)

 

静かに歯を食いしばるレオン。

その背後に、静かに近づく足音があった。

 

「……あんた、あの巨人の動きを予測してた。あれが偶然だなんて、私は思わない」

 

アニだった。

肩を寄せ合う距離に立ち、彼を見上げている。

 

「黙ってると、どんどん敵を作るわよ。少しは話してもいい頃じゃない?」

 

「……俺は、自分のために動いてる。仲間を守るのも、命を救うのも、全部“俺の選択”だ」

 

「……選択の裏に何があるの?」

 

レオンは答えなかった。

だが、アニはその沈黙に、“ある種の誠実さ”を感じていた。

 

「この世界で生きてる奴は、誰も綺麗じゃない。私だって、正しいとは言えない選択をする。でも……」

 

アニは、鋭い青い瞳でレオンを見据えた。

 

「嘘だけは、つくなよ」

 

その言葉は、鋭い刃のようにレオンの胸を刺した。

彼はほんの僅かに視線を逸らし、苦笑を浮かべた。

 

「……お前にだけは、つけそうにないな」

 

⸻

 

その夜。

 

南の訓練塔で火の手が上がった。

 

警鐘が鳴り響く中、レオンはすでにその現場に向かっていた。

 

「何があった?」

 

駆け寄ったライナーが叫ぶ。

 

「施設内部に牙獣――いや、“巨人と牙獣の混合種”らしき個体が現れた! 非常に高い知能と跳躍力を持っている!」

 

「混合種……だと……?」

 

「複数の訓練兵が負傷! 教官も応戦中だが、奴は――!」

 

その時、塔の屋上から爆発的な破壊音が響いた。

煙を突き破って飛び出してきたのは、異形の“何か”だった。

 

人間のような骨格に、巨人の再生能力、牙獣の筋力と牙。

そして――明らかに、人間の名残を残した“目”。

 

「っ……こいつ……!」

 

レオンの中で何かが弾けた。

 

「下がれ、全員!」

 

跳び出すと同時に、レオンは塔の壁を蹴って急上昇した。

 

訓練用装備では到達できない高さ。

それでも彼は、地面を蹴る度に加速していく。

 

混合種が唸り声を上げ、右手でレオンを掴みかかる――

 

「喰われるな、俺の中の“過去”まで!」

 

レオンはその腕を逆手で蹴り抜き、上腕の腱を断ち切る。

 

叫びを上げる混合種。だが、止まらない。

 

「……なら、せめて終わらせてやる」

 

うなじではない。“心臓”を狙う。

 

レオンは全体重と慣性を乗せた回転斬りで、混合種の胸部へ刃を叩き込んだ。

 

一瞬、時間が止まったようだった。

 

やがて――ぐらり、と倒れる混合種。

 

「終わった……のか……?」

 

ライナーが呟いたその瞬間、レオンの足元で“何か”が爆ぜた。

 

再生しかけた混合種の肉片。

その中心から、うごめくように現れた“人間の眼”。

 

「まだ終わってねぇぞ――!」

 

刹那。アニが飛び込んできた。

 

「……どけ、アニ!」

 

「黙って死なせるわけないでしょ!」

 

レオンとアニが同時に斬り込む。

 

一撃、二撃――連携された双剣が、中心核を粉砕する。

 

ようやく、混合種の体が完全に沈黙した。

 

⸻

 

夜が明ける頃。

 

混合種の死骸は憲兵団によって“秘密裏に回収”された。

 

報告書には「牙獣に酷似した巨人型異常個体」とだけ記され、レオンとアニの戦闘記録も抹消された。

 

だが、その記憶は彼らの中に、確かに刻まれた。

 

⸻

 

「……ありがとう、助けに来てくれて」

 

レオンが珍しく、アニに礼を言った。

 

アニは苦笑した。

 

「言葉にしない方が、あんたっぽいけどね」

 

「そうか」

 

「でも……少しは話してもいいよ。あんたが何と戦ってるのか、私も知りたいから」

 

風が静かに吹き抜ける。

 

そして、レオンはぽつりと呟いた。

 

「俺は、“作られた存在”だ。牙獣も、混合種も、全部俺の過去に繋がってる。……そして、このままだと、お前たちも巻き込まれる」

 

「上等じゃない。私たちは兵士でしょ」

 

アニの声には、迷いがなかった。

 

その瞬間、レオンの中で何かが変わった。

 

一人で戦うのではなく、“共に進む”という道が、初めて視界に現れた。

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