壁の外に咲く花   作:ナムルパス

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第9話 争う者たち

日差しがじわじわと訓練兵団の演習場を焼いていた。

一見すれば、いつも通りの朝。

だが、104期生たちの表情には明らかに「違和感」があった。

 

数日前に起きた牙獣と巨人の混合個体の襲撃――

それは公式には存在しないことになった。

傷ついた仲間は「訓練中の事故」とされ、レオンとアニの活躍も報告書から抹消された。

 

「まるで、全部なかったことにされてる……」

 

クリスタが寮の片隅でぽつりと呟く。

傍にいたサシャは、珍しくパンを食べずに頷いた。

 

「アレは……夢じゃなかったっスよね……?」

 

「夢じゃない」

 

その声に、二人が振り向く。

 

レオンが、静かに立っていた。

 

「混合種――あれは牙獣と巨人を“人為的に掛け合わせた”存在だ。そして、ここに現れたってことは……誰かがわざとやってる」

 

「だとしたら、目的は……?」

 

「混乱と観察。そして、“適合者の選別”だ」

 

その言葉に、クリスタの目が揺れる。

 

「……適合者?」

 

レオンは短く頷いた。

 

「牙獣の根幹にあるのは、人体実験の“連鎖”だ。被験者の中で生存率の高い者、狂わずに力を使える者。それが“選ばれた存在”になる」

 

「それって……」

 

「そう。俺はその“選別”に、かつて合格した側だ」

 

誰も、すぐに言葉を返せなかった。

そのとき、サシャの背後から聞き慣れない声が飛び込んでくる。

 

「ようやく“吐いた”か」

 

振り返ると、そこにはひとりの男が立っていた。

年の頃は二十代前半。黒髪で、薄く笑みを浮かべている。

彼の左肩には、見慣れない紋章――歯車と鎖を組み合わせたような意匠があった。

 

「お前は……誰だ?」

 

レオンが眉をひそめる。

 

「名乗るほどの者じゃない。俺は“監視者”だ。貴様が牙獣との接触を果たした時点で、観察対象に戻された。……懐かしいだろ、“研究棟”の匂いは?」

 

レオンの目が一瞬鋭くなる。

 

「まさか、あの塔の牙獣もお前が――」

 

「俺じゃない。だが、“上”の命令で放たれたことは確かだ。……お前の“能力”が、今なお使えるか確認するためにな」

 

「ふざけるな……!」

 

レオンが駆け出す寸前、男の周囲に数名の黒衣の兵士が姿を現した。

 

「やめて、レオン!」

 

クリスタが叫ぶが、彼の拳はすでに男の喉元に伸びていた。

 

が――

 

その腕は、男の掌一つで軽々と受け止められる。

 

「なるほど。やはり“完全には戻っていない”な。……使いすぎたな、あの夜の戦いで」

 

レオンは跳び下がり、距離を取る。

 

「何の目的で来た?」

 

「“提案”だよ。……俺たちと来い。正式に“牙獣計画”に復帰すれば、お前はすぐに元の力を取り戻せる。混合種を超える、新たな兵器の中核になれる」

 

「断る」

 

即答だった。男は残念そうに首を振る。

 

「ならば、次は……“お前の仲間たち”を連れていくしかないな。……この女とか?」

 

彼が指差した先――クリスタが立ちすくんでいた。

 

「貴様――!」

 

瞬間、レオンの体が再び跳ぶ。

 

しかし、男はすでに姿を消していた。

 

ただ、彼の声だけが風に乗って残った。

 

「戦う覚悟があるなら、次は“本物”をぶつける。牙獣群、巨人群、そして“自我を持つ混合体”。――耐えられるかな?」

 

 

その夜。レオンはアニ、ライナー、ベルトルトを呼び、ある事実を明かした。

 

「牙獣計画の中心にいたのは、“南部研究塔”の人間だ。彼らは王政から一部の実験許可を得て、巨人因子と人体改造を融合させていた」

 

ライナーが顔をしかめる。

 

「そんな話、表には出てこなかったぞ」

 

「当然だ。王政は関わりを否定しているし、成功例も極めて少ない。だが……最近になって“巨人の力”と交わることで、適合率が跳ね上がってきているらしい」

 

「その……適合者ってのが、俺たちを襲ってきた“混合種”か」

 

ベルトルトの声は硬い。

 

アニは腕を組んだまま、レオンを見つめていた。

 

「で? あんたはどうするの。これからも、私たちに黙って戦うつもり?」

 

レオンは、静かに首を振った。

 

「これからは違う。……牙獣計画を潰す。そのために、“信頼できる仲間”が必要だ」

 

「……なら、悪くない取引ね」

 

アニが口元だけで笑った。

 

ライナーも肩を竦める。

 

「面倒ごとには慣れてるさ。ま、死なない程度にな」

 

「……覚悟はしてる。俺たち“も”、もう止まれないからな」

 

 

その翌日。

エレン・イェーガーが姿を見せなくなった。

 

部屋には痕跡すら残っておらず、誰に聞いても所在が分からない。

 

「まさか……牙獣側に……?」

 

アルミンが顔を青ざめさせる。

 

ミカサも静かに首を振る。

 

「エレンがそんなことをするはずがない……だけど……」

 

その時、レオンの耳に、あの“監視者”の声が甦る。

 

《次は、“本物”をぶつける》

 

エレン・イェーガー。

もし彼までもが“適合者”として選ばれているなら――

 

(次に来るのは、戦いじゃない。“選択”だ)

 

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