日差しがじわじわと訓練兵団の演習場を焼いていた。
一見すれば、いつも通りの朝。
だが、104期生たちの表情には明らかに「違和感」があった。
数日前に起きた牙獣と巨人の混合個体の襲撃――
それは公式には存在しないことになった。
傷ついた仲間は「訓練中の事故」とされ、レオンとアニの活躍も報告書から抹消された。
「まるで、全部なかったことにされてる……」
クリスタが寮の片隅でぽつりと呟く。
傍にいたサシャは、珍しくパンを食べずに頷いた。
「アレは……夢じゃなかったっスよね……?」
「夢じゃない」
その声に、二人が振り向く。
レオンが、静かに立っていた。
「混合種――あれは牙獣と巨人を“人為的に掛け合わせた”存在だ。そして、ここに現れたってことは……誰かがわざとやってる」
「だとしたら、目的は……?」
「混乱と観察。そして、“適合者の選別”だ」
その言葉に、クリスタの目が揺れる。
「……適合者?」
レオンは短く頷いた。
「牙獣の根幹にあるのは、人体実験の“連鎖”だ。被験者の中で生存率の高い者、狂わずに力を使える者。それが“選ばれた存在”になる」
「それって……」
「そう。俺はその“選別”に、かつて合格した側だ」
誰も、すぐに言葉を返せなかった。
そのとき、サシャの背後から聞き慣れない声が飛び込んでくる。
「ようやく“吐いた”か」
振り返ると、そこにはひとりの男が立っていた。
年の頃は二十代前半。黒髪で、薄く笑みを浮かべている。
彼の左肩には、見慣れない紋章――歯車と鎖を組み合わせたような意匠があった。
「お前は……誰だ?」
レオンが眉をひそめる。
「名乗るほどの者じゃない。俺は“監視者”だ。貴様が牙獣との接触を果たした時点で、観察対象に戻された。……懐かしいだろ、“研究棟”の匂いは?」
レオンの目が一瞬鋭くなる。
「まさか、あの塔の牙獣もお前が――」
「俺じゃない。だが、“上”の命令で放たれたことは確かだ。……お前の“能力”が、今なお使えるか確認するためにな」
「ふざけるな……!」
レオンが駆け出す寸前、男の周囲に数名の黒衣の兵士が姿を現した。
「やめて、レオン!」
クリスタが叫ぶが、彼の拳はすでに男の喉元に伸びていた。
が――
その腕は、男の掌一つで軽々と受け止められる。
「なるほど。やはり“完全には戻っていない”な。……使いすぎたな、あの夜の戦いで」
レオンは跳び下がり、距離を取る。
「何の目的で来た?」
「“提案”だよ。……俺たちと来い。正式に“牙獣計画”に復帰すれば、お前はすぐに元の力を取り戻せる。混合種を超える、新たな兵器の中核になれる」
「断る」
即答だった。男は残念そうに首を振る。
「ならば、次は……“お前の仲間たち”を連れていくしかないな。……この女とか?」
彼が指差した先――クリスタが立ちすくんでいた。
「貴様――!」
瞬間、レオンの体が再び跳ぶ。
しかし、男はすでに姿を消していた。
ただ、彼の声だけが風に乗って残った。
「戦う覚悟があるなら、次は“本物”をぶつける。牙獣群、巨人群、そして“自我を持つ混合体”。――耐えられるかな?」
⸻
その夜。レオンはアニ、ライナー、ベルトルトを呼び、ある事実を明かした。
「牙獣計画の中心にいたのは、“南部研究塔”の人間だ。彼らは王政から一部の実験許可を得て、巨人因子と人体改造を融合させていた」
ライナーが顔をしかめる。
「そんな話、表には出てこなかったぞ」
「当然だ。王政は関わりを否定しているし、成功例も極めて少ない。だが……最近になって“巨人の力”と交わることで、適合率が跳ね上がってきているらしい」
「その……適合者ってのが、俺たちを襲ってきた“混合種”か」
ベルトルトの声は硬い。
アニは腕を組んだまま、レオンを見つめていた。
「で? あんたはどうするの。これからも、私たちに黙って戦うつもり?」
レオンは、静かに首を振った。
「これからは違う。……牙獣計画を潰す。そのために、“信頼できる仲間”が必要だ」
「……なら、悪くない取引ね」
アニが口元だけで笑った。
ライナーも肩を竦める。
「面倒ごとには慣れてるさ。ま、死なない程度にな」
「……覚悟はしてる。俺たち“も”、もう止まれないからな」
⸻
その翌日。
エレン・イェーガーが姿を見せなくなった。
部屋には痕跡すら残っておらず、誰に聞いても所在が分からない。
「まさか……牙獣側に……?」
アルミンが顔を青ざめさせる。
ミカサも静かに首を振る。
「エレンがそんなことをするはずがない……だけど……」
その時、レオンの耳に、あの“監視者”の声が甦る。
《次は、“本物”をぶつける》
エレン・イェーガー。
もし彼までもが“適合者”として選ばれているなら――
(次に来るのは、戦いじゃない。“選択”だ)