いろいろ考えなおして作品を一新しました。
一応この設定である程度まで考えたので今後設定を変えることはありません。
ただ、前作のほうがよかったと思う方には申し訳なく思ってます。
この作品を少しでも気に入っていただけたらいいなと思ってます。
少年は集中していた。
髪の隙間を縫うようにして流れ落ちる汗の滴が目に入っても気にする様子を見せず、向かいにいる相手の一挙一動を見逃すまいとただただ集中して見つめていた。
――次のポイントを奪われるわけにはいかない。
荒い吐息と双方の体から発する熱気。緊張感がひしめく、周りとは一線外れた空気のその場所は東京某所にあるテニスコートだ。
全日本ジュニア12歳以下の部関東予選決勝
そう名付けられたこの試合もすでにクライマックスを向かえている。
セットカウント1-1
ゲームカウント5-4
負けているのは少年の方だ。
1セット6ゲームのテニスの試合。
あと1ゲーム取られたら負けという場面で今、マッチポイント迎えていた。
ふと、相手が動き始めた。
直径6センチほどの黄色いボールを高く上げ、構える。膝を曲げ力を溜め、上げたボールが最高点に到達した瞬間膝を伸ばした。ためていた力が体を通るように伝わっていき、
「―――ッッ!!」
同時に構えていた腕を振り下ろした。
高速で打ち込まれたボール――――サーブは少年が構えているコートのコーナに突き刺さる。
少年は瞬時に反応しボールに食らいつく。
当てて返すことを第一とした少年のボールは相手のサーブの威力をそのまま跳ね返した。
相手はサーブを打つと同時にネット前に詰めていた。
帰ってきたボールをそのままボレーで決めにかかる。
サーブをそのまま跳ね返したボールをさらにそのまま返したボレーは綺麗にオープンコートに突き刺さる。
しかし、少年は一瞬でそのボレーに反応しコートを駆け抜ける。
地面ギリギリのボールを柔軟性を生かした難しい体勢で打ち返す。
少年が打ち返したボールには先ほどの威力はなく、相手はそれはまたボレーで、今度はより速く厳しいコースに打ち込んだ。
と、少年はまたもや反応し、無理な体勢で打ち終えたにもかかわらずすぐさま整えてコートを駆け抜ける。
そしてまたもやギリギリのところで追いつき、打ち返した。
「――チッ」
相手はいら立ちを隠せず舌打ちをする。
どうしてあんなにすぐさま体制を整えてボールを追うことができるのか、どうして自分が打つあの一瞬でコースに反応することができるのか、わからないしどうでもいい。
だが、決めても決めてもしつこく打ち返してくる少年に対して相手は腹が立った。
少年によって打ち返されたボールは相手にとって決めに行けるボールでなかったので一回つなぎのボレーで次を待った。
ここはチャンスだ。
今までは完全に攻撃の手を相手に譲っていたが、ここで相手は守りのボールを打ったのだ。
つまり攻守交代のチャンス。
ここで攻めれば状況は変わる。
コートの外で見ている観客はそう思ったし、おそらくこのレベルの選手にとってはそう思うべきなのだろう。
……そう、少年は攻めなかった。
むしろ先ほどよりかは強めのボールだがコースは甘く、センターよりやや右寄りといったところだ。
前に詰め、次に備えていた相手にとっては攻められるボールどころか――チャンスボールだった。
相手は少年の動きを見つつ、さっきより厳しいコースにミス覚悟でボレーを――――
「!?」
と、見せかけてギリギリのところでラケットの動きを変えた。
ラケットの網目状に貼られているガットに触れたボールはわずかな回転を残し、勢いを完全に捨てた。
ガットから緩やかに離れていくボールはネットの上を通り過ぎたところで下降していき、少年のコートに落ちた。
とっさに動いて駆け抜け拾おうとした少年をあざ笑うかのようにボールは浅くバウンドし、
「ゲームセット アンド マッチウォンバイ 江川 カウント 7-5 3-6 6-4」
審判台の上に座っている男から放たれた声はコート上に広がる。
周りから拍手の音が聞こえてきた。
結果少年は届かなかったのだ。
コートの外にいる観客が各々拍手しているのを聞きながら少年は汗をぬぐってため息をついた。
相手もようやく終わったとほっとしながらコート中央に設置されているネットに向かって歩きだした。
「ったく、お前はしつこいんだよ」
ネット越しに少年の前にいるツンツン頭に獣のような獰猛な目をしている少年――――江川 逞は少年と握手をしながら言った。
「あはは、でもそれが俺のプレースタイルだし」
さっきまでの集中していた表情とは別人のように笑う、赤みのかかったクセッ毛をした少年――――大倉 達樹は頬をかきながら苦笑いした。
「お前とやるのはほんっっとに疲れる」
「でしょ? 第二セットはうまくいったんだよね。いい具合にイラついてミスしてくれたし、プレーも単調になってさ。それが第三セットまで続いてくれたらよかったんだけどね」
「ふん、いらだっていらだって一周まわって冷静になっちまったよ。お前にこのまま負けるのもしゃくだったしな」
タツキ(達樹)と逞(タクマ)の今日の試合。
第一セットはお互いにサービスキープとキープ合戦を繰り返していたが、そこでもタツキのしつこさが全開に発揮されていた。何とか強引に逞がセットを奪い取ったが、続く第二セットでもタツキのしつこさが冴えわたり、徐々にペースを狂わせていきミスを多発。タクマにとっては自滅したセットであった。
しかし第三セットでは冷静さを取り戻したタクマは第一セット同様のキープ合戦となり、レシーブでタクマがリスク覚悟の強引なネットプレーで奪い取り、結果タクマがこの試合を制した。
「あーあ、またタクマさんに負けた。これで349連敗だよ」
「いちいち数えてんのかよ。ちまちましたヤローだな」
タクマは一息ため息をついてコートの外に出ていく。
「いいじゃん別に。勝ったらやめるつもりだし」
タツキも逞の後を追うようにコートの外に出ていく。
「んじゃ、一生無理だな。俺つえーし」
「大丈夫。いつか俺のほうが強くなるし」
「はっ! それは過去の俺よりも、だろ。俺はお前がそこにいる間もどんどん強くなっていくし」
「大丈夫。どんどん強くなっていくタクマさんよりも俺のほうがすっげー強くなるから」
「いや、俺のほうが強くなるね、すっげーすっげー勢いで強くなるし」
「大丈夫。俺のほうが強くなるから。めっちゃ強くなるから」
「あん? なんだと、俺のほうが――」
「大丈夫。俺のほうが――」
いつまでも終わらない会話を繰り広げているテニス少年たち。
試合が終わった後だというのにまだ戦っているようだ。
そんな二人に近づく者が三人。
うちの一人の少女が二人に声をかけた。
「二人ともお疲れ様!!」
色味のかかったセミロングの髪を左右に箇所で結び、前髪の下には大きくくりっとした目が輝いている、将来学内で一位二位を競うくらいに可愛くなりそうな可能性を感じさせる少女――――鷹崎 奈津は天真爛漫な笑顔を浮かべながら二人のもとに駆け寄った。
「お疲れー」
少し茶髪かかった整った顔立ちをしている少年――――池 爽児はナツ(奈津)の後ろから少しふてくされた表情で歩いてきた。
「おう」
「どうも。……というかなんで爽児はそんな顔してるの?」
爽児のふてくされた表情に気付いたタツキはナツに向かって聞いてみた。
ナツは苦笑いしながら答えた。
「なんか、二人だけ試合しているからずるいって思ったみたい」
「え、爽児ずるいってひどいじゃん。ちゃんと勝ち上がってきたから試合したんだし」
「俺言ってねーよ!?」
「でも、そんな顔しているよ?」
「うん、してるね」
ナツとタツキに言われ、少しばつの悪い顔した。
「……別にずるいって思ったわけじゃねーよ。ただ……悔しかっただけだ」
爽児はこぶしを握りながら言った。
「大体あの試合であんなミスさえしなければ……ッ!!」
「あー、あの試合ね」
タツキが爽児の言葉を聞いて思い出すのは数日前の神奈川県予選の試合。
ベスト8決めの準々決勝の際にマッチポイントを握った爽児はそのまま怒号の勢いで攻めていったのだが、ミスを連発。そこからいい気に逆転負けをしたとても惜しい試合だ。
「というか爽児は攻めすぎなんだよ。もっと守ることも覚えなきゃ」
「そういうタツキだって、逆に守りすぎなんだよ!」
タツキと爽児は面白いくらいにプレースタイルが逆だ。
確実に拾って拾って拾いまくる徹底的なディフェンシブベースライナーであるタツキ。
とにかく攻めて攻めて攻めまくる怒号のオフェンシブオールラウンダーである爽児。
小さいころから幼馴染として一緒の時間を過ごした二人がこんなにプレースタイルが違うのだ。
と、ここでもう一人の幼馴染であるナツは近くにいたブルドックのような顔をしている小柄な男――――三浦コーチに聞いてみた。
「ねーコーチ、たっちゃんと爽ちゃん、どっちがいいのかな?」
奈津の質問に独特のしかめつらを崩さず答えた。
「どっちもいいし、どちらも悪い。二人は極端なんだよ」
「極端?」
「そうだ。極端なんだ」
三浦コーチはうなずきながら視線をタツキと爽児に向けた。
「池の場合は、攻めるのは悪くないし、それもお前の個性だ。存分に伸ばしてもらいたい。だが、一方で時には安全なショットを打たなくてはいけない時もある」
「……どういう時?」
「たとえば池よりも相手が強いとき。相手の攻撃をしのぐのになにも真っ向から攻めていく必要もないんだよ」
「むうううう。なるほどなあ」
唸るようにして腕を組んでいる。
三浦コーチは視線をタツキの方に向けた。
「また、タツキの場合は守りすぎだ。確かに自分より強い相手の場合はそれでしのいでいくのはいいが、しのぎ切った後にする攻撃がないとどうしようもない。結局自力で勝る相手が勝ってしまうのだ。さっきの試合でもそうだ。タクマが打ったつなぎのボレーは攻め込むチャンスだった。あそこは攻める場面だったんだよ」
「…………」
「不満か?」
「いや、でも、自分から攻めてミスしたら負けちゃうんじゃん。それもったいないと思うけど……」
タツキは納得のいかない様子だ。
「でもな、タツキ。ミスを恐れて何もしないと何も残らないぞ」
「…………」
「そういうのを決められるように練習をし、それを試すのが試合だ。挑戦しない限りは何も残らんぞ」
「……わかったよコーチ。これからは少し攻撃も考える」
「ああ、そうれでいい。全部を攻撃にしろというわけじゃないんだ。お前の守りも立派な武器だ」
三浦コーチはごほんっと息を掃き出し真剣な顔になった。
「タクマ、タツキ、ひとまずはお疲れ様。二人とも個性の出た良い試合だった。だが、同時にお互いの欠点もよく分かっただろう。タクマは相手に粘られた時の集中力、タツキは守り切った後での攻め方。一か月後に行われる全日本ジュニアまでは残り少ない時間だが無駄にしないで各自欠点を鍛えるように!」
「はい」
「おう」
「では、解散!」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
タツキ、タクマ、そして応援に来てくれた爽児とナツは三浦コーチに礼をして解散となった。
「俺便所行ってくるわ」
「うん、了解。タクマさん表彰式に遅刻しないでよ?」
「わーってるっつーの」
うるさいな、と呟きながらタクマは歩き出した。
タツキはうーんっと体を伸すこと数秒後、まだ表彰までの時間があるため帰りの準備をすることにした。
試合で使用したラケットをラケットバックの中に入れ、上着を脱ぎだす。
ふと、視線を感じたので振り向くと爽児が悔しそうな顔をしてこぶしを握っていた。
「ちっくしょう、俺も全日本ジュニアに出たかった!!」
「そうがないよ爽ちゃん。私たち負けちゃったんだし……」
爽児だけでなく、ナツも悔しそうにうつむいている。
全日本ジュニアに出場できるのは各地域ジュニア選手権に出場し、各地域テニス協会が推薦した者―――つまり、各大会に出場しその成績によって得られるポイントの総数が高い者だけだ。
神奈川県予選ベスト16で関東予選にも出場していない爽児と、ナツは全日本ジュニアに出場できないのだ。
タツキは着替えをしながら笑った。
辺りの人影が薄くなりその場にいるのは三人だけだ。
タツキは決意を込めていった。
「じゃあさ、来年は三人で出よう」
爽児とナツは何気なく言うタツキを見た。
帰りの準備が終わり、ジャージを着てラケットバックを持ち上げる。
「来年の全日本ジュニアに三人で攻め込んでやろう!」
これは約束だ。
たった今思い付きのように言ったこの言葉は、約束になるんだ。
タツキの言葉は二人にしみ込んだ。
「――あったりまえだ!!」
爽児は好戦的な目で口角をあげる。
「うんそうだねたっちゃん! 私頑張るよ!」
ナツは両手を握りしめて相変わらずの天真爛漫な笑顔でうなずく。
もうすぐ日が沈もうとしている夕日の影が地面に三つ映っている。
もうすぐやってくる暑い季節。
これから忘れられない―――小5の夏がやってくる。
ご利用ありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
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