感想ありがとうございます。
いろいろな方に見ていただいていると感じうれしく思います。
すこし違った描写にチャレンジしてみました。
スポーツ系には合わない描写かもしれませんがやってみたかったのでやってしまいました。
…やはり心理描写も試合描写も難しい。
――ふざけんなよ
三浦の話を聞いて心臓の奥底からふつふつと湧き上がってくる怒りを爽児は確かに感じていた。
眉間にしわを寄せ、奥歯をぎりぎりかみしめて、コートにいるあいつに目を向ける。
――ようはビビって逃げているってことだろうが!
この会場の空気に、観客に、そして何より井出に、ビビってる。ただそれだけじゃないか。
爽児にはそれが許せなかった。
自分より強い相手に負けるのなら爽児も悔しいが納得はできる。
次戦うまでにもっと強くなればいいと前向きに進めるからだ。
だが、ビビって諦めたような動きをして負けるのは許せない。
自分のライバルがそうであるということも許せないが、それだけではない。
(お前はほかのプレイヤーを押しのけてそこに立ってるんだぞ!)
自分もたちたかった舞台。
こんな観客席ではなくあのコートでボールを追いかけて走りたかった。
爽児だけではない。
今までタツキと戦った選手もそう思っているはずだ。
もっともっと上へ行きたかったはずだ。
そんな舞台に立ちながら気持ちで負けて、ビビって、逃げているなんて――
――許せるわけないだろうが!
爽児は立ち上がり、腹の底から己の気持ちをぶつけるように吐き出した。
第一セットが終わったあたりからタツキは急に体が重くなったと感じた。
いや、それは正確ではない。
動きにくくなったというべきか。目の前で起こることがすべてワンテンポ遅れて視界に入ってきて、それがまたワンテンポ遅れて脳に行きつき、またワンテンポ遅れて動き出す。
自分が遅れている感じだ。
それを感じてから自分の立っているのがコートでない気がしてきた。
土色のようなどろどろと下に沈んでいく沼が足元に広がる。熱いはずなのにどこかうすら寒い空気が漂い、視界はいつの間にか灰色の世界を映し出していた。耳に入ってくるのは変にノイズのかかった雑音だ。
『ゲーザザザぃでザザザザ3ザザザ』
ザザザという不気味な音を聞きながら体がゆっくり沈んでいく。
まずは足が引きずり込まれ、そして胴体に達する。続いて顔が侵食されてゆっくりだが確実に沈んでいった。
しかし沈んでいく先はどことなく暖かい水の中にいる感覚を持っていた。心地よい暖かさだ。
それはまるで眠りにつく前のベットの中のような、安心してその睡魔に体を預けられる感覚。
そこでは不安も緊張も恐怖も、あらゆるマイナスな感情を抑えてくれる気がする。
片耳が沼の中に入っていった。
するとなんと心地よいことに雑音が聞こえなくなった。
――ああぁ、静かだ。
妙に心臓を鼓動させる雑音も聞こえない。
まるで眠りの中の世界だ。
それだけで心が落ち着く。
今度は片目が入っていった。
視界に映るのは暗闇だった。
目を閉じているときに見えるあの暗闇だ。
――安心するなぁ。もう少しで…すべて沈める。
タツキの顔が半分埋まり、あと少しという瞬間だった。
「逃げるなよッッ!!」
聞き覚えのある声がした。
――爽児?
タツキの体は沈みを止めた。
ノイズがかってきこえなかったほかの声とは違って鮮明に耳に入ってきた今の声は間違いなく幼馴染の爽児の声だ。
どうして爽児の声がしたのかわからないがもう一度この感覚に身を任せようとした瞬間、頭の中で爽児の言った言葉が反芻された。
――逃げるなって……何から?
体がわずかに浮きあがった。
タツキはぼーっとする頭の中で疑問に感じた。
爽児は自分に何を伝えたかったのか。
何から自分が逃げているといいたかったのか。
いや、そもそも――
――今何しているんだっけ?
体の胴体が沼から出かかっていた。
少し記憶をたどってみる。
――あ、そうだ……試合…
思い出した。
井出に急に追い上げられて完全にペース握られて、自分のテニスができなくて、ぼろぼろにされて。
――何してんだよ俺。
爽児の言うとおりだ。
逃げている。
現実のつらい現状から、それが夢であったらいいというなんとも馬鹿げた逃避を行っていたんだ。
今まで負けることはあったが、それでも最後まであきらめたりはしなかった。
それはまだわからないから。
試合は最後の一瞬までわからないから。
野球みたいに逆転サヨナラ満塁ホームランは確かにテニスにはないが、サッカーやバスケと違って時間制限がない。
一発で逆転をすることはできないが、ゲームセットのコールが鳴るまでまだわからないんだ。
――じゃあなんで俺はここにいるんだ?
緩やかに浮上していたタツキの体は徐々に加速して沼から出ていく。
足元から押されていく感覚だ。
――逃げるなよ、か。
胴体、太もも、足、そして――
――爽児の言う通りだ。
タツキは自分に自信に向けて心の中で叫んだ。
「戦えッッ!」
視界が急にクリアになった。
夏の日差しとテニスコート独特の蒸し暑さ、会場の熱気が自分の肌に触れるのをタツキは確かに感じた。
足元を見れば昨日も試合を行ったハードコートが広がっている。
深呼吸をした。
熱く重い空気がのどを通り肺の中を占めていた気持ち悪い空気を吐き出す。
その際に自分の中にあった弱気な自分やビビっている自分を吐き出した感じだ。
体に血が通い、自分の体を取り戻したような、あるいは正常に動き出したような感覚を身に収め観客に視線を向ける。
祈りをささげるように手を組みこちらを不安そうな顔で見ているナツ。
いつも通りどっしり構え腕を組んで冷静に見ている三浦コーチ。
そして、怒っているのか顔を真っ赤にして感情むき出しでこちらを睨んでいる爽児。
三人を見た瞬間、自分の中でひとつ何かが変わった気がした。
いや、変えないといけないと感じた。
それは気の迷いなのかもしれないし、本能が語り掛けているのかもしれない。あるいは天の神様的な何かのお告げなのかもしれない。
――よし。
タツキは覚悟を決めた顔で前を向いた。
向こうコートに井出がすでにサーブの構えをとっている。
ちらっと審判台下のスコアを見れば0-5とこのゲームをとられたらタツキの負けという状況だ。
――それでもやるしかない。
足を軽く動かしてから構えをとりリターンの準備をする。
タツキは集中を加速させてした。
その場には自分と井出、そして自分を応援してくれるナツ、三浦、爽児の五人しかいない感覚を身にまとい、周りの歓声、熱気、などの余計な情報を一切シャットアウトして集中していた。
井出がコーナにフラットサーブを打ってきた。
タツキはそれに即座に反応し、
「ハァッ!」
「――!?」
リターンエースをねらう勢いで強打で打ち返した。
コースは真正面だったが今までと違うリターンに井出は一歩反応が遅れ、コートの外に打ち返した。
『アウト 0-15』
まずは一つ。
タツキは今の球に納得し、しかしもう少し変える必要があると考えながら井出のサーブに備えた。
続いて井出のサーブはスライスでセンターを狙った。
コースはやや正面寄りだったが、キレがいい。
しかしタツキはそれに反応し、
「ハッ!」
また強打。
しかし今度はサイドに狙ったショットだ。
井出はスピンで強引に打ち返してきた。
しかし体勢がもどっていないのでそれを安全にオープンコートに打ち込む。
『0-30』
――この感じだ。
今のリターンこそがタツキにとってはそれこそ今まであまり打ってこなかったショットだ。
タツキは基本的には安全なショットで試合を行う。
ある程度コースを狙えてかつミスらない、自分の力の60から70パーセントくらいのショット、それもネットしにくい回転のかかったトップスピンとスライスを好む。それは自分から攻めずほとんど相手のミスをさせるまで粘るためのものだ。こちらが先にミスをしたのではシコラーとして意味がない。攻めるリスクよりもこちらのほうがリスクがないし、ある種自分主導ではなく相手主導なので考える必要があまりなく、辺に疲れることもない。要は精神的に楽なのだ。
だが、この状況でそう言っている余裕はない。
タツキは今までの流れで自分のテニスが相手に通用しないことを身に染みて理解できた。
ただのミス待ちでは相手は崩れないし、相手の攻撃力に対応できていない。
だからこそ自分を変える必要があるのだ。
それはつまり――
――攻撃的なショットを打つこと。
今まで、練習してきたとはいえやはり胸のどこかで自分から攻めることのリスクの高さを納得してなかった。
タクマは別としてタツキはなんだかんだで関東二位だという自信もあったため自分のテニスが十分通用すると信じていた。
だが、それが通用しない今、そんな自分から『逃げて』はいけない。
怖がって何もしないで負けるなんて、そんな『逃げ』は負けよりも無様だ。
続いての井出のサーブ。
正面へのフラット―サーブが打ち込まれた。
タツキをまたもフラットで強打を放つ。
ネットを揺らし低空飛行で突き進むボールを井出はスライスでいなして返した。
そこをタツキは一歩前に出てライジングでオープンコートに叩き込んだ。
『0-40』
めったに行わない強気なプレーに自分でも驚いているが、ゆっくり息を吐き出して構えに戻る。
タツキは言わば背水の陣だ。
少しでも油断すればあっという間にゲームセットを迎えてしまう。
今度は井出がスピンでコーナを狙ってきた。
地面に着いた瞬間飛び上がってくるそのサーブをタツキは高い打点で強打する。
井出は舌打ちしながらサイドに打たれたボールを負けるもんかといわんばかりに強気でオープンコートに強打で返す。
その瞬間だった。
タツキは人並み外れた超反応でボールの行き先を理解し、駈け出した。
すぐさまボールに追いつきそれをサイドによっている井出のオープンコートに返した。
先ほどまでの強打とは違い、いつもタツキのショットだがそれは丁寧にコントロールされてコートに足あとを刻んだ。
『ゲーム 大倉 スコア 1-5』
頭の中でびりびりくる何かをタツキは感じた。
今のあの動き。
タツキの中では歯車があったような、開いていたピースがはまったような感覚だ。
息を弾ませ、ラケットを強く握る。
汗を腕で払ってぽつりとつぶやいた。
「試合はこれからだ」
ありがとうございました。
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