少し短いです。
遠征は官民が協力しての異例の事態となっていた。
オルクセン競馬協会が全面的に遠征費用を負担するが、鉄道もグロワールまでに国内で滞留する牧場も厩舎の衣食住も何もかもが、民間からの寄付や協賛などで賄われた。
駅前ではレースファンが横断幕を作り、皆がオルクセングロリアを高らかに唄い、駅のホームから彼らを見送った。
まるで外征のような熱い応援っぷりではあるが、グロワールとの政治的背景などを考えてみると「我が国の底力を見せつけてやれ!」と熱狂しても何ら不思議はない。
なおこのレースへの招待にも、グロワールの政治的な私情も見え隠れしていた。
これは当時まことしやかに噂されたものだが、当時グロワールレーシングのお偉方の一人が、この招待を提案したという。
周囲には『オルクセンの競馬は田舎競馬』と小馬鹿にしており、周囲に侮蔑嘲笑していたとの噂が流れており、これに関してはオルクセン側も『そんな事実はない』と当時は否定していたが、のちに関係者の話として『当時国内で強いと噂だったスプリングオブリバティを遠征させて惨めに敗北するところを自国民に見せびらかそうとしていたという噂があるため、陣営は注意されたし』とオルクセン競馬協会から注意を促されていたという。
たしかに当時のグロワールは競馬に関しては格上であるが、その他に関しては全てにおいてオルクセンに先を越されている。
デュートネ戦争でも勝てると目されていただけに手痛い敗北を受けており、辛酸を舐められており、国民感情を抜きにしてもグロワール政治上層部内では何でもよいからオルクセンに一矢報いたいと考えていたところに、最近オルクセンで流行り出した競馬に目を付けたのだ。
我が国の土俵ともいうべき場所に、まだ新興したばかりの者たちを呼んで、辱める行為と謗られるかもしれないが、当時それほどグロワールにとってオルクセンは目の上のたんこぶのような存在で、とにかく小さな勝機を探していたのは事実であった。
しかし表立って政局を争ってはベレリアント戦争のような近代兵器で、地獄のような戦争を繰り広げかねない。
当時諸外国では“魔王”と畏れられたグスタフ王を些細な理由で機嫌を損ねると戦争を吹っ掛けられるかもしれないと当時の各国首脳陣は畏れ慄いたという。
そんな中での遠征だったため、外務省と軍部から数人遠征スタッフとして随伴することになったのだ。
その中にオルクセン競馬協会からプルケルも同行しており、のちに取材で当時の事をこう振り返っている。
『会長から呼び出しを受けて、会長室に入ると、見たことのない人間が四名ほどソファーに座っていた。いつもお調子者の会長が、奥さんからもらったと自慢していたハンカチで、額から流れ落ちる汗を拭っているあたり、よほど偉い方の来客なのだと察した。二人は外務省の役人で、もう二人は軍部の人間であった。外務省の方に関しては通訳も兼任しているが、不測の事態を想定して、在グロワール大使館との連絡役として同行すると説明を受けた。名前は一般的な名前のため、忘れてしまったが、パッとしないオーク族の男と人当たりの良いビーグル種のコボルト、軍人の方も護衛として追従すると話していたが、片方はダークエルフの方で、私は白エルフで、色々な感情を抱いてるはずなのに、道中はよく話して仲良くなった。ただそのままグロワール大使館に在留することになったため、帰国後は彼女に会えず、それっきりになったのが今でも心残りである。』
場合によっては政治的問題にも発展しかねない遠征であったが、当のスプリングオブリバティは汽車に揺られても全く問題もなかった。
毎日レレミアン師とジミーが代わる代わる馬体と調子を確認して、もし何かあれば、各駅に用意されていた宿舎に下車し、大事を取って休息を取らせたりしたが、国境を越えるまでは馬体重に大きな変化はなかった。
問題だったのは、グロワールに入国してからであった。
ファーレンス商会と関わりが深い商会が用意した放牧地にて、スプリングオブリバティは驚いた。
グロワールの草と水が余程好みにあったのか、制止しても、いつもよりもりもりと食べてしまい、太ってしまったのだ。
当然陣営は頭を抱えた。
当初の遠征計画では、後生大事に輸送するつもりだったが、このままではグロワールの競馬場に着く頃にはとてつもなく太ってしまう。
とにかく食べた分だけ走らせ続けた。
時には減量目的で食事量を制限したが、寝藁ですら口に合ったのか、気を抜くと食べてしまっていた。
随行したドゥーム厩務員は先の会議に参加し、会議室にいた面々に遠征挑戦の背中を押した張本人であるが、彼女が一番頭を抱えていた。
体調不良で痩せてしまってはいけないと思って、色々奔走するつもりでいたが、まさか彼女がここまでグロワールの水が合ってしまい、ティリアン競馬場にいた頃よりも二回り大きくなってしまった事は想定外だった。
しかも厩舎にいた頃にはしなかった寝藁まで食べ始めたため、ドゥームは彼女と同じ貨物車に乗り込み、彼女が余計に食べないように24時間張り付いた。
おかげでスプリングオブリバティが太るたびにドゥームが痩せるという現象すら起きていたのだ。
そうこうして彼女彼らの珍道中は約2か月掛かって、ようやくグロワール帝国の帝都郊外にあるローンシェ競馬場に到着した。
ローンシェ競馬場は、ティリアン競馬場とは似ているが、コース形状は世界的に見てもやや特殊な競馬場である。
元はローンシェ草原と呼ばれる平地であったが、近くに流れるレーヌ川の近くに修道院が建設され、時の指導者の妹が、その一帯を整備した。
のちに上流階級がミサなどに訪れるようになると、着飾った彼らが高級馬車に乗り、民衆などに見せびらかして散策する風習が流行り始まった。
様々な政情が重なり合い、風習はパレードとして変化してしばらくは残ったものの、修道院は解体され、一時は修道院の名残として残された小麦粉挽きの風車が一棟のみ残されていった。
しばらくしてアルベール・デュートネの時代に当時のグロワールレーシングの前身組織が、軍馬育成のための競馬場としてローンシェに競馬場を建設する。
それがローンシェ競馬場の始まりであるが、これが完成した時に、デュートネは『我が国の競馬場は星欧一美しい』と称えたというが、競馬関係者からは『魔物が存在する競馬場』として恐れられている。
それは先にも話したが、コース形状が特殊なのが理由である。
普通の競馬場ならば楕円形ではあるが、このローンシェ競馬場は楕円ではあるが、最終直線が二つ存在するのである。
“偽りの直線”“フォルスストレート”と呼ばれるものであるが、最終直線手前に存在しており、頭の良い競走馬は、最終コーナーからフォルスストレートに進入してからしばらく直線を走っていると、自分で走るのを止めてしまうのだ。
これは馬が普段走っているレース場と勘違いをしてゴールする場所を間違えてしまうのが原因だが、これに泣かされた名馬は数多く存在する。
現代でもこのフォルスストレートに悩まされ続ける国が存在するが“魔物”それ以外にも存在する。
星欧の競馬場の芝は整備されていない自然な芝が多いが、ローンシェ競馬場の芝は更に深い。
そして水はけが酷く、雨が降ると道洋のレースファンは『ローンシェの芝は雨が降ると田んぼになる』と語る者は多い。
スプリングオブリバティが所属するティリアン競馬場も自然芝で整えられている訳ではないが、ローンシェほど酷くはない。
この二つの魔物をジミーは恐れていた。
果たしてこの過酷なレース場に、スプリングオブリバティが本番までにどれだけ適応できるか、それだけがずっと心配になっていた。
『ディレック、私は不安に押しつぶされそうになるよ。レレミアン師が初めてローンシェの芝の上に立った時の表情を忘れられない。「とんでもない場所だ」と恐怖した表情だった。私もローンシェに初めて来た時は、レース場だと思いたくない位には酷かった。かのデュートネは美しいと褒めていたが、私にとっては地獄の一丁目のような場所に思えた。私はとあるレースで騎乗していた時、有力とされていた海外馬がこのローンシェ競馬場のフォルスストレートに呑み込まれていくのを見ている。予後不良だった。上手く走れなくて藻掻いて沈んで、ボロボロになった実力馬も数多く知っている。ディレック、私はどうしたらいいだろう。私はスプリングオブリバティを無事に帰らせることが出来るのだろうか。』――――――ジミー・ウォンフィールドがディレック師に宛てた私信より。
この手紙が届いた頃、ティリアン競馬場ではとある事件が起きていた。
オスタリッチから来た謎の外国馬が、オルクセン競馬を蹂躙していたのである。
日本ダービー本命はミュージアムマイル!!