スプリングオブリバティ陣営もセレクレイトの異常ともいえる強さは認識していた。
レース後に届いた情報を整理していても現状この恐るべき強敵とメルヴェイユ賞に出走していた強豪と強さを比べかねていた。
しかし、非常識とも言える短期間での出走、そして圧倒的な勝利を涼しくこなすこの牝馬に、レレミアン師は薄ら寒い恐怖に襲われていた。
避けることは出来ない相手、とは理解していた。
ティリアン競馬場の主として、外敵を倒さねばらないという責任もあった。
レレミアン師は馬主、調教助手、厩務員との話し合いを帰国の列車の中で、長い期間語り合い、恐らくセレクレイトとの対決は11月のエルフィンドカップだろうと結論を出した。
その間は休養に務め、出来うる限り完璧な調整を行うと方針を固めた。
来る決戦など露知らず、スプリングオブリバティは相変わらずグロワールの草と水を堪能しながら凱旋の帰路に就いていた。
八七九年十月。
「ティリアン競馬場の女王にして“星欧の女王”スプリングオブリバティ帰国す。」と報道が一部新聞に掲載されると、厳重な警備体制の中でも、レーシングファンは一目スプリングオブリバティの姿を目に収めようと駅に押し寄せた。
貨物駅から降りてきた彼女の姿を見た観客からは感嘆が漏れ、その光景を書き写した画家の肖像画が現在ティリアン競馬場に掲載されている。
『帰ってきた彼女の姿は、疲労を感じさせないほど美しい姿でした。元気も有り余っており、手綱を引っ張っている厩務員が振り回されている程でした。見ていた我々も彼女が故郷に帰ってきた事を喜んでいたのだろうと感じていました。』―――――――――現地取材員だった当社員からのインタビュー、月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』より、当時のオルクセン競馬関係者に聞くオスタリッチの至宝とティリアンの女王についてより抜粋。
『我々が帰ってきた時の駅はとんでもない数のレースファンの姿に驚きを隠せませんでした。スプリングオブリバティに配慮しててもあれだけの人が居れば、割れんばかりの拍手で体が振動していましたから。皆嬉しかったですが、一番泣いていたのは私かもしれませんね』―――――――――――レレミアン師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』より、当時のオルクセン競馬関係者に聞くオスタリッチの至宝とティリアンの女王についてより抜粋。
駅前にはオルクセン競馬協会が用意した特別な馬車が用意されており、関係者はそのまま首相公邸に招かれる事となる。
占領軍総司令官アロイジウス・シュヴェーリン元帥との謁見する事となったのだ。
事前に知らされていたとはいえ、レレミアン師以下関係者全員は体が震えるほど緊張していた。
グスタフ王の懐刀にして、ベレリアント戦争での活躍を聞いて、畏れるエルフは存在しない。
かつ人間族であるジミーも目上のオークに会うのはこれが初めてである。
グロワールにいた頃は、魔族とは御伽噺の中に出てくるような恐ろしい存在だと教え込まれており、今ではそれが単なる偏見だったと理解はしていたが、それでも怖いものは怖いのだ。
豪奢な首相公邸の一室に通されたスプリングオブリバティの関係者達。
そこには先に通されていたオルクセン競馬協会の会長も居り、皆が集まり少し経つと衛兵が声高々にシュヴェーリン元帥の来室を知らせる。
皆が席から立って固唾を飲んで開かれる扉を見守ると、重厚な扉が開かれて、出てきたのは威厳と威風堂々たる立ち振る舞いの老齢のオークだった。
その巨大な体格と戦場で受けたであろう傷を見て、皆白目を剥いて気絶しそうになるが、大きな笑い声で正気に戻された。
豪放磊落に手と足が生えたような人物で、今回の勝利を大変喜んでおり、グスタフ王からの祝辞なども元帥から賜ると、それを誉れだとして種族関係なく彼らを褒め称えた。
一同がホッと胸を撫で下ろし、しばし和やかな雰囲気の中での会食が始まり、出されるオルクセン式とエルフィンド式が合わさったような料理に舌鼓を打ちながら歓談していると、シュヴェーリン元帥はレレミアン師に訊ねた。
『「今ティリアンにはスプリングオブリバティとも勝るとも劣らない牝馬がいると聞いたが、一緒に走らせたらどちらが強いか?」と元帥閣下に訊ねられた時は、どう答えたものかと一瞬ためらいました。聞いてきたということは、セレクレイトの強さを理解しての質問だったと思います。だから私は正直に「(セレクレイトの)走りを見ていないので、何ともお答えしかねますが、避けて通れぬ敵だと思います。」と答えると元帥閣下は「…それはいずれ勝負するという意味かね?」とまた訊ねられたので「このまま行けばエルフィンドカップで戦うことになるでしょう」と答えるとじっと私の目を見られて「必勝を願う」と笑っておりました。今思えば、あれは種族職業は別ですが、これから戦う強敵に対して武人として背中を押してくれたのではないかと思っています。』――――――――レレミアン師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』より、当時のオルクセン競馬関係者に聞くオスタリッチの至宝とティリアンの女王についてより抜粋。
かくして会食は終わり、各々が帰路に就いた。
久々の祖国に枕を高くして眠る中で、一人だけ人知れず近づいてくる対決に闘志を燃やす者がいた。
夕暮れ時にティリアン競馬場に到着したスプリングオブリバティはドゥーム厩務員に手綱を曳かれて馬房に戻っていた。
その時、向こう正面から悠々と歩いてくる一頭の馬が視界に入る。
それはティリアン競馬場の主として見知らぬ客人であった。
男に曳かれたその見知らぬ牝馬は、スプリングオブリバティに首を垂れることはせず、まるで自分がここの主たる振る舞いで通り過ぎていく。
これがのちにエルフィンドカップでぶつかるセレクレイトとの初めての邂逅であったとは、知る人は少ない…。
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