熱心なプレゼンター、プルケル・エクウスはいわゆる“馬狂い”だった。
山間部に産まれたプルケルの実家は比較的裕福な地主の娘としてこの世に生を受ける。
実家は大きな牧場を営み、主に牛や豚を生育している畜産農家であったが、小規模ながらスタンブレット種を馬産していた。
しかも生産した馬の中ではエルフィンドクラシックレースの中で最も名誉とされる“エルフィンドダービー”を勝った“シュヴァルノワール”を輩出した実績を持つ。
そしてそのシュヴァルノワールにプルケルの脳は焼けてしまった。
黒い馬体で、潜るように走るその姿は、若いプルケルを夢中にさせて「将来はシュヴァルノワールのような人と結婚するの!!」と家族に話していたほどである。
そんな彼女は幼いころからずっと馬と触れ合い、馬体を見ると常軌を逸脱するほど興奮を覚え、実家を出て首都で働きに出てからはエルフィンド競馬協会に勤めて、充実した人生を謳歌していた。
だが、その彼女にベレリアント戦争の悲劇が襲う。
前述したとおり、戦争はエルフィンド競馬に暗い影を落とし、活躍していた競走馬のほとんどが徴収され、帰ってくることはなかった。
中にはG1を勝った強豪馬や重賞常連の古豪でさえも戦地に消えていってしまい、プルケルは悲しみに暮れた。
プルケルは当初競走馬を戦地に送ることを反対していたのだが、一人協会に抗うことは出来ず、毎日目を赤く腫れあがらせるほどに泣いていたのだが、唯一救いだったのは、実家にいたシュヴァルノワールが遺した子供たちが無事であったことだ。
戦災を逃れ、飢えからも逃れ、なんとか生きて種を守ることが出来たと、実家からの知らせに、戦後安堵し、とうに枯れた涙がさらに溢れ出てきたと、本人は語っている。
そんな彼女に転機が訪れたのは、敗戦後のエルフィンド内閣からのとある打診だった。
「戦災復興計画の一つに競馬を盛り込むことになったのだが、占領軍とオルクセン本国から難色が示されている。このままでは計画が破綻するかもしれないので、馬好きの君にプレゼンをお願いしたい。」
噂程度で聞いていた競馬の再開は、プルケルにとって喜ばしいニュースであったが、同時にその困難さもすぐに理解した。
オルクセン、オークを相手にプレゼンすることは彼女にとって未知の領域であった。
その時の彼女にとってオークとは憎むべき敵というよりかは得体のしれない怖い存在であった。
親たちから伝達された話でしか聞いたことのない種族の話、横暴でエルフを犯してから食うと教えられてきたために、何か間違えたら自分も頭から食われてしまうのではないかと戦々恐々し、断ろうかとも考えた。
しかし、自分の命よりも愛している競馬の再興を中断されるはもっと嫌だと思ったプルケルはこれを了承し、寝ずにプレゼンの企画を制作し始めた。
星歴八七七年七月頃、選抜された競馬協会員と協議を行いながら資料を作成し、いざ占領軍総司令部の拠点となった首相公邸へと足を向けた。
一介の役人でしかないプルケルにとって首相公邸に入るのはもちろん初めての事で、それがこの国の競馬の未来を左右するかもしれない大事な会議であったからだ。
会議室に入ると簡素な部屋ながらも重厚な長机が置かれており、その向こう側に威厳のあるオークが座っていた。
プルケルにとってこれが初めてオークとの邂逅になるのだが、これが前途多難となるプルケルという若エルフの人生の中でもっとも長い一週間となるのであった。
まずは軽く自己紹介を済ませると、オーク側の威厳のある人物はブルーメンタール参謀長という人物であった。
占領軍の中でも主に政府と協議対応を行っている顔的存在で、プルケルにとっては大物であり、雲の上の存在である。
その両脇には参謀長の部下らしく、基本的には口を挟まないよう固く閉ざしていた。
早速プルケル達が作成した資料を手渡し、説明を行うのだが、結果的に言うと「ノー」であった。
この時、ティリアンの郊外どころかベレリアント半島全体が食糧難に陥っており、貨幣であるティアーラの貨幣信用が著しく損なわれている状態であった。
加えてレース場を新しく再建する資材もなければ予算もない状況下で、どうやってその費用をねん出するのかを問われるとプルケルを筆頭とした競馬協会は返す言葉もなかった。
現在競馬協会には資産ともいえるものが何もない状態である。
プールしていた資金も戦争下で政府に接収されているため、差し出せる代物がなかったのだ。
かつレース場もディアネン市外に作られていたが、軍の重要拠点として接収されて、先の首都砲撃の際に被害にあった場所でもあった。
故に再建しなければならない状況下で、オルクセン側から「娯楽のための費用を出させる」というのはあまりにも現状無理な話であった。
会議室の空気は大変重苦しいものであった。
競馬協会側はいくつかの案を出したが、どれもが現実的ではないと拒否された。
唯一好感触を得られたのは「現国王の名を冠したレースの開催」と「除隊された騎兵や兵士の積極雇用を行うこと」ぐらいで、完全には同意を得られなかった。
この日、競馬協会はボロボロになりながら宿舎に戻って夜な夜な会議に会議を重ね、改善案を練り上げたという。
次回からは参謀長の両隣にいた士官が、競馬協会の窓口になり、様々な改善案を出しながら却下されたり、改善案を認められたりと繰り返していた。
事態が動いたのは四日目の出来事であった。
その日は今までに見たことのない老オークが真ん中の席に座っていたのだ。
名前は紹介されなかったが、明らかに階級が上の人物なのだと、この時のプルケルはそう振り返っている。
会議が始まり、改善点をおおよそ語った後に、老オークが一言口を開いた。
「国土が荒れ、食料の自給が厳しい中で、なぜ競馬が必要なのか?」
人から見れば、競馬というのは生活には必要がないのかもしれない。
競馬はギャンブルだ。金を賭ける賭博行為に過ぎない。
しかし、この苦しい状況下の中こそ競馬という存在は大事なのだとプルケルは語った。
「確かに、今競馬事業をやるには苦しい中なのは承知しております。中には「国民が飢えているのに娯楽とは何事か」と批判が起きるかもしれません。ですが、私は競馬の存在が一国民の一人でも希望の光になると信じています。」
「ほうそれは何故かね?」
「それは私が競馬に救われた一人だからです」
プルケルは偽りのない言葉を老オークに投げかけた。
老オークは興味を示したように少しだけ身を乗り出した。
プルケルの幼少期、大事な姉が不運により事故死した。
大事な大事な姉妹の死に彼女は嘆き苦しんだ。
いっそ自分も後を追うかとも考えた。
そんな時、彼女の牧場に産まれたのが“シュヴァルノワール”だった。
成長するにつれ大きく雄大な馬体と交じりのない黒毛、地を這うような走りは、幼い彼女を魅了し、心の深い傷を徐々に癒した。
レースを勝った際には大いに嬉し泣き、負けた時には悔し泣いた。
常に彼女の幼少期はシュヴァルノワールが支えてくれていた。
エルフィンドダービーを鼻差で勝った際は大いに喜び、今でもその際の写真は自分にとって掛け替えのない宝物であった。
シュヴァルノワールは当の昔にこの世を去ったが、彼女の牧場にはまだその後継馬が存在している。
国は敗れ、国土が荒廃せども、誉れ高いエルフィンド競走馬たちは未だ潰えておらず、その競走馬たちが、新たな国のヒーローになってくれれば、いずれ国民たちも新たな国家の中で前を向けるだろう。そうプルケルは考えていた。
それを素直に伝えると老オークは静かに頷き、その日の会議はお開きとなった。
翌日からの会議は、今までとは打って変わってスムーズに行われることとなった。
条件付きではあるが、概ね競馬協会側の意見は通ることになり、プルケルにとって長い一週間の交渉は幕を閉じた。
のちにその老オークが占領軍総司令官アロイジウス・シュヴェーリン元帥とプルケルが知ったのは戦災復興競馬開催その日であった。