オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

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 鮮やかな勝利に、各陣営は動揺した。

 キュクノスの能力の高さを自負していたリリッシュ調教師は、この結果に一定の評価をしたものの、それでもキュクノスの逃げに対応できるオプティマールの能力と、鞍上の鮮やかな手綱さばきはいくら長命な白エルフでさえも本場の世界で戦ってきた者の能力の高さを認めざるを得なかった。

 次走の二〇〇〇ラングステークスまでにどこまで仕上げられるかが、今のリリッシュ調教師の課題であった。

 なんとか掲示板内に入り込めたプルートーのリーレン調教師は次走に関しては不安を抱え続けていた。

 キュクノスからオプティマールに敵意が向いたことは、オンレイアン厩舎には申し訳ないが、不幸中の幸いと考えているが、仮にあの馬に何かしらの危害を加えることとなると、今後のクラシックレースへの参戦は絶望的になるだろうと考えていた。

 だからといって、キュクノスが付けたものと同様のブリンカーを用意して装着したが、効果がなく、むしろ走る意欲を削ってしまっていたのだ。

 普通の馬ならば効果が出る物が、プルートーにとっては逆効果になってしまうため、これ以上の解決策は鞍上の手に委ねるしかなくなってしまったのだ。

 任された、というよりかはお手上げ状態の中で、丸投げされたようなものであったが、鞍上のグリムヒルト騎手はこの時、至って悲観に暮れている訳ではなかった。

 プルートーの闘争心に関してはむしろ肯定的で、他の者への攻撃的な性格を徐々に矯正して、走りに対しての情熱に置き換えれば、この馬はどんな馬よりも強いと自負していた。

 リーレン調教師とバッハ調教助手との話し合いは連日として続き、暇さえあれば、どうしたらプルートーが他の馬に攻撃せず、走りに集中できるかを議論し続けた。

 そして、ある一つの方法にたどり着くことになるのだが、これは後の世でも賛否に分かれる方法であった。

 

 G2ツヴィリングステークスを勝利し、無傷のまま二〇〇〇ラングステークスに挑むことになったオプティマール。

 連日オンレイアン厩舎へ取材に訪れる記者がいるものの、ディレックとジミーは楽観的には考えていなかった。

 有力馬揃いのレースであったが、実際にキュクノスとプルートーとのレースは、データ以上に末恐ろしいものがあったという。

 華麗にキュクノスを差し切って勝ったが、もし距離が短かったら、少しのミスで逃げ切ってしまうほどの素晴らしいスピードの持ち主であったし、プルートーに関しては気性難が邪魔しているが、これさえ取り除けてしまえれば、恐らくオプティマールは足元にも及ばないだろうともディレックは判断していた。

 オプティマールは優秀な馬で、賢いが、どれかに特化しているかと言われると、それはなかったという。

 何事もそつなくこなすが、キュクノスのような驚異的なスタミナとスピードがあるわけではないし、プルートーのような激情的に力任せな末脚を持ってるわけでもなかったという。

 故に鞍上のジミー騎手のミスが、オプティマールにとって致命的なミスになるとも考えていた。

 今のところ、目下の敵はキュクノスであるが、成長次第ではプルートーは世代トップの強さになるだろう、そう考えたディレックはオプティマールに充分な休息を与えつつも、次走の準備に余念はなかったという。

 

 G2ツヴィリングステークスの勝利は事前オッズにも劇的な変化をもたらした。

 あの二頭を軽くひねったオプティマールのその強さは、レースファンにとって評価に値するものであった。

 ダントツで一番人気なったオプティマール、次点にキュクノス、三番人気は三着だったセイントレイヴンだった。

 スポーツ紙でも、二〇〇〇ラングステークスの初代チャンピオンはオプティマールで間違いないだろうと太鼓判を押されていたが、キュクノスを推す声も多く、どちらが勝つかで盛り上がっていた。

 この時、プルートーは「あの気性難が…」と皆が口々に語られ、五番人気で落ち着いていた。

 そんな中で、とある新聞社の記者がリーレン厩舎に取材に訪れると、驚愕の事実が判明する。

 ある日、プルートーが調教を拒否したため、その日は中止になったのだが、その翌日から調教を一切取りやめたという。

 これは前代未聞、非常識とも言える判断であり、記者は「何故このような仕打ちをするのか!?」とリーレン調教師に詰め寄ったとされている。

 その際は「陣営内で様々に検討した結果の事」と話しただけで、それ以上は語られることはなかった。

 そして調教はレース当日まで行われなかった。

 記者たちは戸惑った。

 プルートー陣営は勝負を捨てたのではないか?とさえも言われ、現代ならば誹謗中傷とも取れるような批判さえ掲載されていた。

 馬主サイドも最初は許可していたが、連日の口撃に辟易し、一時は厩舎を変えて再出発するまで揉めたという。

 しかし、騎乗時にどの騎手から断られたこの荒馬を御せるのは、現状リーレン厩舎のみと思い知らされた時には、諦めて任せるしかなかったという。

 この無謀とも言える作戦は、各陣営からも批判的であり「やはりオークとダークエルフには馬は扱えない」とさえ陰口を公然で叩かれるほどでもあった。

 リーレン調教師とグリムヒルト騎手はこの時の事を振り返っている。

 

 『かなり批判のある作戦ではありました。それは私も理解しています。馬主とも取っ組み合いになるのではないかという位、口論になりましたし、グリムヒルト騎手の発言に激昂して、実際になりかけていたのも事実です。その批判は私が全て引き受けます。しかし、どうしてもプルートーにはこの行為は必要な事でした。』―――――――――――――――ゲフ・リーレン調教師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 『この作戦はリーレン調教師に提案したのは私です。ですが、彼は「責任は私が取る」と言って体を張りました。馬主との会談時も「最悪二〇〇〇ラングは捨てます」とはっきり言った時も馬主の激昂は正直、同情しますし、共犯である私にも責があります。帰り道、会話の中でバッハ兄(※調教助手)が「ここまで来たら呉越同舟だ。死ぬときは一緒だ」と語った時は、私も選手生命どころか、失輝死も覚悟しました』―――――――――――――――グリムヒルト騎手にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 前代未聞の作戦を取ったプルートー陣営と違い、キュクノス陣営であるカイザリン厩舎は連日スパルタとも言える坂路調教を繰り返していた。

 現在では非常にポピュラーな調教方法であるが、当時では馬を調教で扱き上げるというのは動物愛護の強いエルフ族にしては残酷とも思えるもので、怪我の恐れがあるのではないかとも懸念があった。

 しかし、そこを心を鬼にしてスタミナを鍛え抜いた理由は、キュクノスの逃げを更に昇華させることにあったのだ。

 元々他馬から逃げる性格だったキュクノスだったが、その得意な逃げで、オプティマールに敗れた。

 ならば、更に序盤からスピードを上げて、ハイスピードですりつぶし、逃げ切ればいいと考えたカイザリン調教師は、一見脳金のような発想ではあったが、キュクノスだからこそ行える方法なのだと後に語っている。

 

 『様々な逃げ馬がいますが、もし歴代で最高の逃げ馬は誰かと訊ねられたら、私はハッキリとキュクノスと断言します。彼の臆病さに無尽蔵のスタミナが備え付けられれば、風を超えて光になる。そう考えてかなり過酷な調教を行いました。しかしそれは今でも間違ったものではないと考えています。』―――――――――――――――リリッシュ・カイザリン調教師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 普通の馬ならばバテるか、何かしらの故障が起きてもおかしくない状況だったが、ここでキュクノスの新たな特質が顕現した。

 それはタフな体質である。

 一般論、競走馬とは“ガラスの脚”と呼ばれるほど、儚く脆い。

 事実、競走中に故障を発生させてターフを去った馬は数多くおり、予後不良を診断されてこの世を去る競走馬もいるのが事実である。

 しかし、そのガラスの脚と言われているはずの脚部が、キュクノスに関しては異常に強かったのだ。

 過酷なトレーニングの合間にも、入念に故障がないかを確認されていたが、引退するまで目立った故障というものが見られなかったと言われている。

 これに関してはのちの産駒にも顕著に現れており、繁栄の上で、オルクセン競馬に恩恵をもたらすことになる。

 キュクノスは二〇〇〇ラングステークス当日までに鍛え抜き、馬体中をツヴィリングステークスから約一ヶ月ほどで、+一〇kg増やした。

 

 オプティマール陣営は他の陣営と比べ、比較的穏やかに過ごしていた。

 各陣営の情報を仕入れていたが、やはり目下の敵はキュクノスであった。

 本国キャメロットでも見たことのない調教方法は、過酷とも思えども、非常に実りのある方法であったと判断し、キュクノスほどではないが、なだらかで長い坂のある草原で調教を行っていた。

 オプティマールの気分と馬体に異常を起こさないように入念に調整した結果、二〇〇〇ラングステークス当日では、パドック内で最も美しく輝いており、後日ティリアン競馬場内にある競馬博物館内にて肖像画として飾られるほどであった。

 

 『あの日は陣営的にも上手く仕上げたと思っています。パドックで歩く度に観客がまるで、美女に見惚れたような視線を送っていたので、私自身胸を張って送り出せました。』―――――――――――――――ディレック教師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 当日のパドックでも、オプティマールの人気は揺るがないものであったが、観衆が驚いたのはキュクノスの変化である。

 儚げな王子様風から鬼気迫る戦士のような姿は、まるで軍馬と見間違うほどでもあった。

 そして問題のプルートーは、久々の娑婆から出た囚人の如く羽を伸ばさんとばかりに、怒り狂っていた。

 それは今まで満足に走れなかったという憂さ晴らしをせんとも言え、いつも以上に他に対して敵意を剥き出しにしていた。

 だが、リーレン調教師もバッハ助手もグリムヒルト騎手も暴れていても一切動揺せず、平然とプルートーを御していた。

 その様子からかなり入れ込んでいると考えた観客は、オッズ人気を五番人気からさらに下がり、八番まで人気を落としたという。

 

 かくして約一ヶ月の短い期間であったが、各陣営は出来うる限りの調整を行い、オルクセン競馬初にしてオルクセンクラシック初戦の二〇〇〇ラングステークスが今、始まろうとしていたのだった。




いつも誤字脱字チェックしていただき、誠にありがとうございます。

また無事にここまで連載でき、個人記録初の六万文字越えを行えました。

ひとえに創作活動に寛容であられる原作者様と読んでくださる方々のおかげでございます。
今後も稚拙ではありますが、宜しくお願い致します。
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