オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

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 八八〇年四月。

 二〇〇〇ラングステークス当日。

 未だ冬の影が残る中、雲一つない青空の下で、選ばれた優駿たちが集結した。

 面子は前走G2ツヴィリングステークスから今レース本命馬オプティマール、キュクノス、セイントレイヴン、エクスペリメント、プルートー、フェルス、フンデルト、ベヴェルクト、ガイストリッヒャー、アルヒミー、ディルフィーンの十一頭に加え、二週間前に行われたG3クレプスステークスから勝利馬ブクリエ、二着馬シュテルネンフェスト、三着馬ラヴィーンの三頭と二月のG3シュティアステークスから一着馬のクリニエールとパッシオンの二頭が参戦した。

 そして意外なことに、この十六頭の牡馬に加えて三月に行われた牝馬限定戦であるG3ペルシカムステークスから二着馬フルムーンと三着だったラヴァインの牝馬二頭が参戦した。

 両陣営の思惑は未だ正確な情報はないものの、この時の両牝馬の仕上がりが良く、展開次第では牡馬の上位勢と勝ち負けがあると踏んでの参戦であったとされている。

 しかし、ペルシカムスステークス勝利馬にして、今月に行われた牝馬クラシック一〇〇〇ラングステークスの勝ち馬チェリーブロッサムとの対決を避けたとも噂があるが、これは後に公式に否定されている。

 兎にも角にも、牡馬限定戦という訳でもないので、牝馬が参戦出来ない道理はないが、この当時は牝馬よりも牡馬の方が強いという風潮は根強かった。(ただし、スプリングオブリバティとセレクレイトの両馬は牝馬とは見なされておらず、スプリングオブリバティという性別とセレクレイトという性別だったのだと当時の俗説として現代でも引用される事が多々ある。つまり突っ込むなということなのだろう【著者談】)

 当然オッズは両頭並んで最低人気であり、無謀な冒険とも一部スポーツ紙では語られていた。

 少し話の筋から離れるようだが、この牡馬クラシック戦線への参戦は彼女たちがのちにパイオニアとして有名になるのである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 前日発表された馬番ではキュクノスが最内一枠一番、オプティマールはやや真ん中よりの四枠七番で、プルートーは七枠十四番だった。

 今回は因縁の三頭は上手くバラけており、各陣営はさぞ胸をなでおろしただろう。

 そしてこの枠順で一番喜んでいたのは、最内枠を引いたキュクノスのカイザリン厩舎であった。

 

 『一番のベストだった枠を引いたので、歓喜で体が震えました。作戦通りにいけば、必ずこのレースは勝てるという自信があったからです。』―――――――――――――――リリッシュ・カイザリン調教師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 と上記にて、陣営にとってはここで運を使い切ってしまったのではないか?とカイザリン調教師は付け足して語っているほど、理想的な枠番であったのだ。

 この頃のキュクノスは、苛烈な特訓を経て、肉体的な成長はもちろんのこと、精神面でも成長を見せていた。

 例えば、自分よりも一回り大きい牡馬に威嚇されて、あの臆病で、人の影に隠れていた儚い王子様は何処へやらで、どこ吹く風と軽くあしらう位にはなっていた。

 言葉を付け加えるなら「お前なんか怖くないぞ!」と言うような様子であり、逆に軽く蹴散らしてしまうほどであった。

 後年では、不俱戴天の仇とも言えるプルートーにも敵意を返せるようになり“白鳥の王子様”は“白い騎士王”として世の女性ファンに愛されることとなるのである。

 

 オプティマール、プルートーも枠に対して不満はなかった。

 前述した通り、各馬が離れたおかげで、ある程度のトラブルを回避出来ると胸を撫で下ろしており、一番喜んでいたのは、リーレン調教師であろう。

 枠順発表後には強めのワインで祝勝会ならぬ祝トラブル回避会を先に行っていたほどであった。

 翌日、二日酔いのまま競馬場に到着することになるのだが、これは競馬史には大して関係のない話である。

 

 その日、ティリアン競馬場の入場者人数は四万とも五万とも言われていた。

 当時のティリアン競馬場の収容人数を遥かにオーバーしており、この時にはオルクセン軍が増援として警備に当たった。

 そして占領軍総司令官のアロイジウス・シュヴェーリン元帥も来場しており、一層厳戒な警備体制が敷かれていた。

 レース前には、初の牡馬クラシック戦線開幕ということで、牝馬クラシック戦線開幕式同様、シュヴェーリン元帥が自ら祝辞を述べた。

 その後、各陣営の馬主、調教師、騎手、厩務員と軽く挨拶と激励を受けていたが、殊更激励の言葉を受け取られていたのはリーレン調教師であった。

 

 『同族である私を元帥閣下は特に気にかけてくれたのは、万全の状態だったら天に上るほど嬉しい状態だったろうが、あの時の私は、豪放磊落に手足が付いたようなお方の声とバシバシと背中を叩かれ、二日酔いで青くなっていた顔が、更に青くなって、ファンファーレと観客の歓声で頭が割れそうになるほど、響き渡って、いつ失神するか分からない状況だった。』――――――――――――――――――ゲフ・リーレン調教師著書より引用。

 

 15:45。

 定刻になると、スターターが旗を振り上げる。

 先日初披露された出走を告げる特別仕様のファンファーレを奏でるのは、占領軍の軍楽器隊であった。

 一糸乱れぬ演奏は、観客を大いに興奮させ、そのボルテージは最高潮に達していた。

 その熱量は各騎手、いや馬たちまで伝わり、中には興奮する馬も現れ、発馬機に揃うまで少々時間が掛かった。

 一番暴れたのはプルートーで、その場にいた全作業員を総動員させて、なんとか発馬機に収める事が出来た。

 大外枠のクリニエールが入ると、一呼吸開けて作業員がゲートを開けようとした、その時であった。

 

 ガンッ!と鈍い音が響いた後、ゲートが開き、一斉に馬が飛び出してきた。

 その音の主はプルートーであった。

 皆がまた出遅れた!とざわつき、リーレン調教師はここで泡を吹いて気絶した。

 トラブルはこれだけではなかった。

 

 『発馬機のゲート扉にぶつかったのが、出遅れの原因でした。それは仕方ない、簡単に捨てるつもりはないが、彼にレースの現実を教えてあげようと思っていたところ、加速していく度に、私のゴーグルが何かで汚れていくことに気が付きました。最初は跳ねあがってきた泥かと思ったのですが、その日の馬場は良馬場でしたし、砂埃が舞うだけでした。手袋で軽く拭うと、それは赤茶色の液体でした。プルートーは額に出血するほどの怪我を負っていたんです。』―――――――――――――――グリムヒルト騎手にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 鞍上のグリムヒルト騎手は確認できなかったが、前を走っていたオプティマールのジミー騎手はこの時ギョッとしたという。

 黒鹿毛ならば普通鮮血は見えにくいものだが、プルートーの額はパックリと割れており、やや肉が見えていたという。

 本来ならば、競走中止を促すところであったが、もうこの暴走機関車を止められるものはこのレース場には誰一人もいなかった。

 その流血の凄まじさはレース場作業員が、点検を行った際、プルートーが通った道が分かるほどだったという。

 後方ではそんなトラブルが起きていたが、会場はすでにそのトラブルから遥か先の先頭の方へ釘付けになっていた。

 白い馬体が、いや、人は白い風が馬群の遥か先を走っていたのだ。

 

 『後ろのトラブルの事は後に知りました。それぐらい私とキュクノスは破滅的な大逃げを打っていたのですから。今なら評論家に怒られるところですが、あの日、私と彼は間違いなくその名の由来に恥じぬ翼を生やして飛んでいたのですから』―――――――――――――――――――アデル騎手にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 馬群から10馬身から15馬身ほど差を開き、破滅的な加速を続けるキュクノス。

 二〇〇〇ラングステークスは二〇〇〇mの距離であるが、そのペースはマイルレースと変わらない位のラップを刻んで走っていたのだ。

 観客は「掛かってしまったのか?!これではキュクノスは飛んでしまう!」と考えている者が多かったが、これがカイザリン調教師渾身の策であった。

 

 『キュクノスがどんどん加速していく!その姿!まるで白い風の如くなり!遥か後方の馬群、オプティマールは届くのでしょうか!!』

 

 会場に設営されている魔導式拡声器から伝わる興奮は観客へと伝わり、そして遥か先で走っている騎手たちにも伝わる。

 オプティマール含め、キュクノスの脚が無くなると判断した馬群たちが後方へ控えている中、四コーナーに入る前には、もうキュクノスは最終直線に差し掛かっていた。

 この時、ジミー騎手含め、しまった!と思い、皆が手綱を押して鞭を天に振りかざす。

 他の馬の伸び脚が乏しい中で、馬群から輝く鹿毛が鋭く抜け出した。

 オプティマール渾身の末脚が発揮すると、キュクノスへ徐々に近づいていく。

 その後ろからプルートーが、セイントレイヴンが、フルムーンが、容赦なく追い付いてくる。

 最初に脱落したのはプルートーであった。

 

 『出遅れは些細な原因でしたが、やはり額が割れていたのが原因だったでしょう。徐々にやる気よりも痛みの方が増してきてしまい、馬のやる気がなくなってしまったのです。』―――――――――――――――グリムヒルト騎手にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“黎明の三頭の蹄跡を辿って”より抜粋。

 

 徐々に馬群後方に下がっていくプルートーをよそ目に、予想以上に健闘したのはフルムーンであった。

 牝馬ながら馬群先頭の方で控えており、遅れながらではあるが、オプティマールに劣らぬ末脚を発揮した。

 しかし、この追い比べには歯が立たず、徐々に伸びを欠いていった。

 セイントレイヴンも伸びず、最後に残ったのはオプティマールだったが、それでも遥か先頭を走っていたキュクノスとの差を縮めるのは不可能であった。

 

 『白い風が!今ティリアン競馬場を駆け抜けた!晴天に白鳥が舞った!キュクノスゴールイン!』

 

 実況の声が響き渡ると、拡声器の声すらを搔き消さんとばかりの歓声と外れ馬券の紙吹雪が場内に舞い散った。

 オルクセンクラシック牡馬戦線、最初の覇者は伝統あるエルフの厩舎に舞い降りた白鳥であった。

 




アロヒアリイが海外重賞を勝利したので、今年の凱旋門賞が楽しみです。

今日の札幌記念、本命はホウオウビスケッツとアルナシームです!
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