「元々は軍属でしたが、弾を膝に食らいましてな。日常生活などには困らなかったですが、軍属としては致命傷でして。走れないもんですから、以降は傷病軍人年金をもらいながらこのティリアン競馬場で警備員をしております。」
と語るのは、今では数少なくなってきたベレリアント戦争従軍者にして、黎明期であったオルクセン競馬を、リアルタイムで見守り続けていたオーク族のトッカーナ氏。
農家の三男坊として、都で一旗揚げようと、若い頃に軍に志願。
現場叩き上げながら一兵卒から軍曹まで出世すると、最初にして最後の戦場は、ベレリアント戦争であった。
初戦から前線で戦い続けていたが、ネニング平原会戦で負傷。
以降は前線から退き、治療に当たっていたが、元々の体質上、エリクシールが使用できず、完治が困難な部位を損傷してしまったため、終戦を病院で迎えた。
本人は「負傷していなければもっと出世出来たろうに」と快活に笑っていたが、氏の無鉄砲な性格を危惧していたメーン夫人は「この馬鹿親父は!あの時、戦死してたら子供十人誰が食わせていくんだい!」と、氏を窘めながらキッチンから美味しそうなシュヴァイネブラーテン(豚肉をローストしたオルクセンの代表的な家庭料理の一つ)とマッシュポテトを運んできた。
筆者と氏の出会いは、ティリアン競馬場で起きたちょっとした騒動の時であり、不運ながら望まれぬ巻き込まれ方をしてしまい、その際、筆者は氏に助け出してもらった。
それ以来、ティリアン競馬場を訪れた際には、必ず話しかけて、世間話を行いながら親交を深めていった。
オルクセンの競馬に関する著書をしたためていると話した時には、快く助力していただき、今日の出版まで漕ぎ着けた、いわば著書の最大の功労者である。
トッカーナ氏とメーン夫人両名は近所でも有名で「喧嘩しない日はないくらいに仲が良いおしどり夫婦」ともっぱらの評判だった。
五男五女の大家族としても有名だった氏だが、現在では子供たち皆が巣立ち、近所に三女夫婦が住んでおり、毎日孫の世話をしながらティリアン競馬場で、現在では予備警備員として余生を過ごしている。
「根っからの仕事人なんですかね。軍属の時からも誰よりも早く出勤して、誰よりも遅く帰ってきて。家庭の事は私が全部やりました。でも嫌いにはならなかったわね。その分頑張って稼いできてくれましたから。息子上二人と娘上二人は、そんな父親に憧れたのか、軍属になりましてね。おかげさまで皆生きてますけど、やっぱり軍人さんはねぇ…。」メーン夫人は食事中、そう語りながら目を細めて懐かしそうに語っていた。
それをいつもはおしゃべりなトッカーナ氏も無言で頷きながら懐かしんでおられた。
両氏の御子息達は、詳細は語れないが、若輩ながら軍でもそこそこの地位に出世しておられ、自慢の子供たちだと、氏は語っていた。
氏は戦後、軍属として後方勤務や教官としての道も用意されていたが、走ることが困難なため、これを辞退した。
氏曰く「これ以上軍属としてのプライドが許さなかった」と話されているが、夫人は「傷病恩給が出ていなければ、ケツ叩いてでも残らせた」と語っている。
そこで、軍は退役後の職業斡旋として様々な職業を提示してくれたが、その中でも魅力的だったのは、ティリアン競馬場の警備主任の座であった。
「私のように傷病で軍属を退いた者の中には『競馬場の警備員など!』と言ってその席を蹴った者もいたのですが、私にはこの座は凄く魅力的で。警備主任になれば、ティリアン競馬場の近くにそこそこ大きな庭付きの家がおまけで付いてくるので、いっそ移住しようと思い立ちました。」
「最初は慣れ親しんだオルクセンの土地を離れるのは嫌だったんですけどね。家の話を聞いたら子供たちが喜んじゃって!オルクセンにいた頃の家はそれはまぁボロ屋で狭くて!でも警備主任になったら夫が必死こいて働いたらギリギリ買えるような家を、タダで手に入れられるって言うんですから私も渋々『まぁいいかな?』って思っちゃって…。」
「もう広くなっちゃったけどね」と夫人は苦笑していたが、招かれた邸宅が、氏が警備主任に着任した際に国から支給された邸宅である。
ティリアン競馬場から近いとはいえ、現在では経済発展が著しいオルクセンの中でも、氏の邸宅周辺は都市開発構想で、かなり土地価格が上がっている。
小さな林が存在し、小さな子供ならかけっこが出来る庭付きの邸宅は、現在の高級将校でも会社役員クラスでもこの邸宅をこの地域周辺で手に入れるのは困難に等しいだろう。
氏は「陛下におきましては、身に余る程の代物を受け取ってしまった。子孫までこの土地は残していきたいねぇ」と二人は語っている。
さて、閑話休題。
氏は警備主任として、ティリアン競馬場を、オルクセン競馬史の黎明期を見守ってきた。
就任時は、各種族との均衡と調和を保つために苦心したと語っているが、一番大変だったのは白エルフとダークエルフ間との紛争問題であった。
紛争とは言うものの、他の地域と比べれば、酒場の酔っ払いとの喧嘩と変わらないが、それが観客だけに留まれば、氏の苦労は幾分か楽になっていた。
頭痛の種だったのは、厩舎間と騎手間での対立であった。
「有名な人とかがね、おおっぴらに出来ないような差別用語を平気で放つんですよ。表ではニコニコしてますが、裏の顔は結構凄くてね。あ、話の内容はオフレコでね!」と語られた内容はあまりにも軽蔑に値する物が多くて、憧れていた騎手像が幾分か崩壊した者も存在した。
当時の世情を鑑みるならば、致し方ない話ではあるのだが、それでもヘイトスピーチとも言われるような会話が当時は横行していた。
「私も多くの事を言われたけどね。体格差で押し切った感じだね。警備隊も比較的早期に結束力が高まって、白エルフもダークエルフも戦友とも言えるくらいには関係は回復したね。あれは私の実績だよ」と氏は胸を張って自慢げに話されていた。
さてそんな中でも、印象的だった騎手がいるという。
「あの差別と偏見が混じった混沌な環境の中で、ジミー騎手は紳士だったね。奥方も立派な方で、競馬場で会うと、こんな私に頭を下げて挨拶するんだよ。喚いている他の白エルフ達も見習えってんだ!って思ってね。」
氏は、食事後の晩酌が進んで、徐々に口が回り始めたのか、興が乗り始めた。
これ以上は筆者の口からは出せないようなものばかりなので、割愛させていただく。
しかし、氏から語られるジミー騎手とヘティ夫人の人物像は貴重な情報であった。
断片的に伝わられている話と全く齟齬なく伝わっていることに、夫妻の人格がいかに素晴らしかったのかが分かるだろう。
氏が、夫妻に関して最も印象的だった出来事があるという。
それは図らずも次に語られる予定である第一回オルクセンダービーに関わる事であった。
あの日の来場者人数は五万とも六万とも言われている。
その際も氏は警備についており、その日は占領軍総司令官アロイジウス・シュヴェーリン元帥も観戦してきたため、軍と協力して来賓室の警備を担当していた。
「あの日の親父もかっこよかったね。相変わらず豪放磊落なお方であった…。軍属が集まっていたから、むさ苦しい面子が揃っている中で、カイサオン嬢とヘティ夫人は綺麗だったなぁ。」
「カイサオン嬢は綺麗系だったけど、ヘティ夫人は素朴で可愛い系だったね」と付け足されているが、それでもその殺伐な空気の中では一風の清涼だったのかもしれない。
ヘティ夫人はオプティマールの馬主であるヒューブリテ氏と同行していたと話していた。
ちなみに、この当時はヘティ夫人とジミー騎手は結婚しておらず、あくまで交際期間中であったとされており、実際に結婚したのはクラシック戦線が終了した後である。
この時は牧場関係者として招かれたのだろうと推察する。
「時間になってパドックに移動した際、私が誘導したんだよ。親父殿を警備していたのが、同期だったから安心して胸張って誘導できてな。着いてからは狙撃などに注視していたけど、ジミー騎手とヘティ夫人が仲睦まじそうにしていたのは覚えているよ。その分周囲からの刺さるような視線は感じ取れたけどね。あれは見下しているような感じだったよ。」
「そんな中でも、彼らの絆はかなり深かったと思うね。」と氏は腕を組んで、当時の事を思い出していた。
「新婚さんでもあそこまで仲睦まじいのはなかなか見ないよ。見てるこっちが恥ずかしいくらいにね。文学には詳しくないが“二人だけの世界※”?というのはああいうことなのだろうと思ったね。」
(※『二人だけの世界』…九六〇年代に出版された純恋愛文学作品。ダークエルフと人族の二人しかいない世界に飛ばされ、最初はいがみ合っていたが、時間が経つにつれて互いの想いが重なり合っていく物語。しかし、種族の違いは寿命の違いでもあり、彼らに残された時間は限りなく少ないことにダークエルフは気づいてしまう。悲しみにくれる中で、人族の男は彼女を寂しがらせないように様々な工夫をこらしていく、というもの。当時、爆発的大ヒットを生み出し、今日でもリメイクされ、ドラマや映画化などされて全世界に発表されている。初代はラジオ放映のドラマで、主題歌はカイサオン氏が担当している。)
氏は、メーン夫人のお気に入りである本棚を指差し、そのタイトルの名の本を指差しながら考え深く見つめていた。
いくら当時エルフィンドが人族との貿易などの交流を行っていたとはいえ、他族に対しての軽蔑はまだまだ濃い時代であった。
そんな公の場で、愛を語らい合うものなら侮蔑の視線を受けても当然の出来事であった。
それでも、彼らの愛はどんな障壁があっても乗り越えていったのだ。
たとえそれが、第一回オルクセンダービーという最大の試練の直前であってもだ。
ダービーの話を書きたかったのですが、なんとなく違う方向に行ってしまったので勢いで投稿します。