オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

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 キュクノス陣営はオルクセン競馬初のダービーを戴冠するのは自分達だと確信していた。

 2000ラングステークスの走りで確信したが、この馬がレースの流れを支配し、他馬のペースを乱せれば、負ける事はない。

 あの気弱な仔馬が、まさに白い翼を大きく広げ、大空を舞う白鳥のように美しく走る姿は、敗戦したエルフたちにとって希望にもなり、あのオーク達にも「これがエルフィンド競馬の力だ!」と見せつけることができる。

 例え戦争に負けても文化において優位に立っていることを知らしめるためには、このダービーだけは是が非でも勝ちたい。

 それがカイザリン厩舎、否、競馬に関わる白エルフたちにとっての悲願であった。

 それでも不安要素は二つある。

 こちらから見ても完璧に仕上げてきたオプティマールと不気味なほど落ち着いているプルートーの二頭であった。

 いつも彫刻のように美しい姿と皆が絶賛しているオプティマールだが、今日は一際凄味を増していた。

 太陽に照らされるたびに、きらりと輝くその姿は、例え敵といえども見惚れするなとはなかなか酷な話であったという。

 逆に憎きプルートーは、一見痩せこけているようには見えるが、その体の仕上がり具合は恐ろしいもので、例えるならば「刃」と表現するのが正しいと唸らせたという。

 ただ、あの超が付くほどの気性難が、果たして鞍上の言うことを聞くのか疑問ではあった、とカイザリン師もアデル騎手も疑問視していたという。

 しかし出走時刻は刻々と迫っていた。

 何か例えがたい恐怖から目を背けながらアデル騎手はキュクノスに跨り、ターフへと向かった。

 

 第一回オルクセンダービーは様々な人物を生み出した場でもある。

 のちに実況の神様と呼ばれるハアシム・ガザーンは、この年新人の実況担当として緊急的に招集された。

 本来ならば、ティリアン競馬場には専属の実況アナが存在していたが、元はエルフィンド競馬協会の職員であったのと、疾病により職を辞することになったので、全国にリアルタイムで情報を共有するシステムを構築するために、この度アナウンス部門を設立することになったのだ。

 当人は、元通信参謀の候補生であり、実践を経験する前に終戦を迎えている。

 ある意味あの地獄のような戦争の犠牲者にならなかった幸運の持ち主であったが、本人は田舎から出てきたのだから、錦を上げて故郷に凱旋したいという気持ちがあったと語っている。

 故国が敗戦後は、路頭に迷うことになり、しばらくは日雇いで食いつないでいたが、かつての教官と偶然街中で出会うことがあり、この職に就くこととなった。

 彼女は候補生時代、どんな状況の魔術通信でも聞き取りやすい訛りのない標準語で喋るのが売りであった。

 幼少時代、彼女は地方の生まれということで、訛りがひどく、候補生になった初期は、その訛りの強さに恥をかき、血尿が出るほどの努力をして修正していった。

 その努力が評価され、候補生時代では、優秀な人物として評価されており、教官からの覚えがよかったのが、この職に就く経緯になったのだ。

 

 

 『…食い詰めていたんで、当時の元教官にですね「お前、実況に興味はないか?」と訊ねられた訳ですよ。大して興味はなかったんですけど、お腹が空いていたんで、大きな声で「はい!」と。あとになってもう少し悩んでもよかったなぁって後悔はしたんですけどね(笑)』―――――――――――――――――――――とある番組にてインタビューを受けるハアシム・ガザーン氏。

 

 ハアシムは、競馬について全く理解がなかった。

 馬が走って、一番早い馬が勝ち、という認識程度であったが、いざ勉強してみると、その知識の膨大さに眩暈がしたという。

 だが、元々持ち合わせていた勤勉さが、彼女に競馬の知識を吸収させ、のちに実況の神様と呼ばれる下地になったのである。

 そんな彼女が第一回オルクセンダービーの光景を今でも鮮明に覚えているという。

 

 『軍学校の演習で、皆が校長から訓示を得る機会があるんですが、あの時も凄い人が集まるもんだなぁと思っていたんですが、実況席から見るともう無数の頭が見えるんですよ。オルクセンの全軍集めてもあそこまですし詰め状態な競馬場は簡単には見れないと思いますよ。だから「あぁ私はとんでもない仕事を引き受けてしまったんだなぁ」とそこで初めて体が震えましてね(笑)今思えば、誰にでも経験できない事をさせてもらったんだなと今でも誘ってくれた教官に感謝していますよ。』―――――――――――――――――とある番組にてインタビューを受けるハアシム・ガザーン氏。

 

 

 

 ミリエム・トッカーナはこの時幼年学校に入学したばかりの小さなオークの女の子だった。

 父親がこのティリアン競馬場の警備主任を務めるために、仲のいい友達と離れ離れになったばかりで、気持ちが落ち込んでいる時期でもあった。

 自分と似たような境遇の子たちは周りに沢山いるけども、少し内気な彼女は、友達作りに苦戦して、学校でも兄弟姉妹以外では、いつもひとりぼっちであった。

 それを心配したトッカーナ夫妻はある時、競馬場に彼女を招待した。

 その日は大変人込みが多く、一般人ならば入場するのも一苦労するであろう状況であったが、粋な計らいで、関係者席に入ることが出来た。

 内気な彼女もいつもよりおしゃれをしてその豪奢な競馬場の中に入ると「お姫様になった気分」で少し浮かれていた。

 他の兄弟姉妹たちも目を輝かせていたが、ミリエムが最も目を輝かせていたのは馬に跨る騎手であった。

 高速で走る馬の上で、鮮やかに軽やかに跨るその姿は、まるで物語に出てくる白馬の王子様にも思えたという。

 そんな姿に魅了されていると、いつの間にか家族と離れ離れになってしまい、一人迷子になってしまった。

 周りは知らない大人達ばかり、声を駆けようにも小さな女の子の声量では掻き消されてしまうし、声をかけようにも内気な彼女には至難の技でもあった。

 いつの間にかパドックの近くに迷い込み、今にも泣き出しそうになっていた彼女を見つけたのは、一人の騎手であった。

 『お嬢さん、大丈夫かい?』

 声を掛けられたミリアムは、その優しく手を伸ばされた姿に思わず泣き出してしまい、その手に縋ったという。

 周囲にいた他の騎手や関係者たちはびっくりして観衆の的になってしまったが、慌てることなく、その騎手は、優しく抱きかかえて囁いた。

 『心配することはないよ、お嬢さん。君はどこの誰だい?』

 ミリアムはか細い声で、徐々に正気を取り戻し、嗚咽しながら自分の名前と両親の名前を正確に答えた。

 『なんだ、警備主任さんの娘さんか。今パパの所に連れて行ってあげるよ』

 優しい声を掛けながら、忙しいであろう彼女は颯爽と歩いていく。

 『グリム!そろそろ準備してほしいんだが…誰だその子?』

 『警備主任のお子さんさ、何処にいるか分かるかいテキ』

 『なんだって?それなら今親父殿の警備に当たっているはずだから、他の警備員に引き渡すといいい』

 ミリアムと同族の男は、気軽に話しかけてくる。

 父と兄以外の知らない異性は、幼年期の彼女にとってよく分からない怖い人としか思えなかった。

 それは迷子になって心細い部分があったのかもしれないが、彼女は騎手から離れようとしなかった。

 『…この状態で離せると思う?』

 『はぁ…騎乗までには何とか間に合わせてくれ』

 男は頭を抱えながらも騎手にそう告げると、その場から離れていった。

 抱きつくミリアムに騎手は囁く。

 『大丈夫、彼はいい人だよ。少しお酒をたくさん飲んで、変に理論家な部分はあるが、志は少年のような男だよ』

 ミリアムを抱えながら頭を撫でてあげ、そのまま歩き出す騎手。

 声色は優しく、まるで母に抱きかかえられているようだとミリアムは感じたという。

 徐々に恐怖からの震えが止まりだした時、ミリアムは騎手が震えている事に気が付いた。

 彼女もまた、何かに怯えていたのだと、幼い彼女は気が付いた。

 『だいじょうぶ?』

 ミリアムの言葉に、騎手はハッとした様子でこちらを見てきたが、すぐに笑顔になり、大きく頷いた。

 『大丈夫だよ。君のおかげで、僕はリラックス出来た。ありがとうお姫様』

 その黒い肌、長い耳、暖かな太陽のように赤い瞳は、少女の心を奪うのに難しくない理由であった。

 その後、ミリアムは無事、家族と合流することが出来たが、母親から大目玉を喰らうことになる。

 だが、お説教の後に抱きしめられておんおんと泣かれた時、やはりその暖かさはあの騎手の人と変わらないと感じた。

 あの人はどんな人で、どんなお馬さんに乗るのだろうか?

 少女は遠くからパドックが見える特等席でその姿を確認した。

 漆黒の恐ろしい化け物のような馬に跨っているのを見つけた時は、動揺を隠せなかったが、よくよく見ると、馬にかける慈愛は手に取るように分かった。

 時間がある際には、手袋を外して馬を撫で続け、何かを囁いている様子が確認できた。

 彼女は一体何を話しかけているのだろうか?

 あの時、ミリアムの抱きかかえている時のように優しく声をかけてくれているのだろうか?

 少女がその真相を知るのは、ずっと後の事になる。




色々な事が起きすぎて創作意欲の低下でご迷惑をおかけしております。
なめくじ並に遅い投稿ではありますが、お付き合いしていただきありがとうございます。

あとザ・ロイヤルファミリーはいいぞぉ。
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