満足してます。
(本編と関係)ないです。
(読まなくてもあんまり影響)ないです。
さて。
競馬史というのは、何も馬だけの話ではない。
ティリアン競馬場にて戦災復興競馬が行われた八七八年はオルクセンにとっても旧エルフィンドにとっても大変忙しい時期であった。
国王の暗殺未遂事件から始まり、一部将校の贈賄問題などなど、連日新聞を賑わせていたが、一番の影響があったのは、暗殺未遂事件だろう。
語られない部分は多いが、キャメロットから来た関係者たちは随分と肝を冷やしたという。
公という訳ではないが、この時、オルクセン側から“警護”という名目で、競馬場や調教場、果てには厩舎にまで立ち入る事が多々あった。
これに頭を抱えていたのはオンレイアン師である。
『どっかの馬鹿が、俺の仕事を邪魔している!』とオーク族の警邏ではなく、暗殺犯に対して非常に敵意を向け、新聞をぐちゃぐちゃにして投げ捨てていたと話がある。
それでも、オンレイアン師の警察への対応は非常に好印象を得られており、これがのちに様々なきっかけを生んでいく。
そして、グロワールの八七八政変である。
スプリングオブリバティのメルヴェイユ賞出走が八月で、グロワール帝が崩御したのが九月の出来事であった。
これはまさに紙一重、少しでも遅れていたら万が一にも巻き込まれていた可能性は大であった。
政変が新聞に掲載され、瞬く間にオルクセン国内に伝播すると、一番肝を冷やしたのはジミー騎手だった。
ジミー騎手はグロワール時代でも、大した政治的思想というものがなく、ただ毎日安心して生活できるようになれれば良いと思っていた位で、かの故国に暮らしていたが、内容を確認するたびにもうだいぶ連絡を取っていなかった親族の安否を心配していた。
グロワールに滞在していた時には、精一杯の正装をして応援に来ており、皆元気にしていると話していたが、どうしているだろうか?と不安で夜も眠れなかったという。
結果的には、かの親族も大した政治的思想に囚われず、ジミー騎手から受け取った仕送りで、ボロボロだった厩舎を立て直して大変助かったと、のちに手紙が届いて安心したという。
以降は共和制に移行し、オプティマールが遠征を行い、そこで敗北するが、その時の凱紀門賞の英雄“ファントムペイン”は非常に国内で人気となり、暗い時代からの脱却の象徴として、時折切手などのモデルになって発行されている。
これに目を付けた商人がいた。
オークの菓子職人であるスターンズ・ウハーストである。
伝統ある菓子職人の一族の末弟で、彼らの一族が“ウエハース”と呼ばれる菓子をオルクセンに広めた一族であった。
蜂の巣状の口当たりの軽い触感が人気で、これをキャメロットから技術を会得し、世に広めたのだ。
最初は好評であったが、徐々に味のバリエーションが乏しいことが原因で、売り上げが低迷。
どうしたものかと悩んでいた時に、知り合いのコボルトが見せてきた切手の話を見て思いついたのだ。
『競走馬の絵が書かれた物をオマケに付けて販売してみよう!』
すぐに伝手を頼ってまだ駆け出しの画家などを集めてアルバイトとして雇い、ある程度の数を描かせた。
それが食玩の先駆けとなり、現在のSCF(スターンズ・カンファクショナル・ファクトリー)の創設の始まりであった。
初代は十頭×十枚で描かれており、人気が高かったのは当然スプリングオブリバティのカードであった。
現在オルクセン競馬博物館、SCF本社の展覧室に一枚ずつ飾られているが、世に出回っているものは、分かっているだけで三十枚もない。
古くからマニア気質だった競馬ファンが逝去し、初めてフルコンプリートされた初代のオルクセン競馬カードが、オークションにて出品されると、競売は過熱し、最終的にはとある富豪が三千万ラングで落札された程である。
ちなみに初代は勝手に製造販売したため、オルクセン競馬協会側が激怒し、スターンズを呼び出したが、逆にスターンズはこれを売り込むチャンスとしてプレゼンを始め、結果的にある程度のキックバックを条件に以降専売特許として販売を認めている。
カードだけではない。
ポスターなど、広告に力を入れ始めたのもスターンズの入れ知恵があったからだという。
この時、どうやったら開催を盛り上げる事が出来るのか?と考えられていた時期でもあった。
いくら看板スターであるスプリングオブリバティが居ても、彼女が出走していなければ、見に来る観客たちも減ってしまう。
そもそもいつどんなレースが開催されているのか、レース場に来ないと分からない状態だったのも事態が好転してなかった理由でもある。
そこで、カードから着想を得て、各重賞をモチーフにしたイラストと日程が掛かれたポスターを作成し、民衆に目が付きやすい公共施設に配布を行った。
これがまさに効果覿面であった。
絵を描いたのはカードを制作した画家達で、これを掲載すると『今月はこういうのがあるのか』と分かりやすくなったと話があり、それならばと、来場者記念として開催予定のレースが書かれたカレンダーを手渡すなどの対策を取った。
これが人気を博し、現在でも物変え品を変えて続いている。
のちにとある馬主がぬいぐるみ工場の社長だったことから自社所有の馬を広告塔にして販売したところ、これがその馬の人気と相まって、連日品切れ状態が続いたぐらいに人気を博した。
現在ではオルクセン競馬協会がその権利を譲渡され、トイホースコレクションとして通販や実際の競馬場で販売されている。
他にも多数の商品が展開されているが、商魂目覚ましいことに、オルクセンという国は隙あらば商品を開発していこうとする意欲は人族にも劣らない部分がある。
これはグスタフ王の行動力が反映されているのではないかと著者は考えるが、こればかりは魔族に聞いてもよくわかっていない。
しかし、確かなことは、これに影響を受けて、他国でも最近では収集欲を高め、購買欲を煽る方法で、販売を開始している。
我が故国、キャメロットも名馬をモチーフにしてはいないが、競馬場に来場した子供向けにぬいぐるみを販売しているが、どちらかと言えば、クマのぬいぐるみの方が人気を博している。
悲しいかな、著者が子供の頃、家には馬ではなくクマのぬいぐるみの方が多く、主に姉が収集していたために、私のコレクションが増える事はなかった。
この年になって、ようやく関係者からプレゼントとして譲られるようにはなったが、齢30を超えた男が持ち歩くには憚れるような可愛さであった。
とにかく、この著書を執筆中は目の前の棚に飾らせていただく。
(完全に蛇足になってしまった。)
蛇足ついでに語らせてもらおう。
競走馬の未来は、決して明るいものではない。
栄光の勝利に輝く者も居れば、その影で消え去っていく者も存在する。
現にオルクセン国内では、年間で8000頭ものスタンブレット種が生産されており、そのうち競走馬になれるものはごくわずかで、そのうち栄光にありつけるのは更に一握りになる。
牝馬ならば、繁殖牝馬としての道が残されているが、牡馬に関してはあまりにも過酷である。
良くて乗馬、最悪の場合は肥育され、食用としてされる場合もある。
これを残酷と思えるかもしれないが、経済動物として改良されてきた以上、人の手で育て上げられた品種を野に放つことは、決して許されない自然破壊と虐待なのである。
だからといって生産を止める事も正解とは言えない。
人族とエルフ族で構成された動物愛護団体が、競走馬の生産の中止と現在行われている競馬関連の全ての興行を即刻中止するよう議会に呼びかけ、一部議員がこれに感化されて揉めた事があった。
そして最終的には全ての競走馬を野に放ち、自然と共存しようなどと非現実的な思想を展開していたが、最終的に「現在行われている競馬及び生産の中止、または頭数の減少はあまりにも非常識な発案であり、またこれを野に放とうなどと言語道断」と一蹴され、また生産中止した際に、馬産で成り立っていた生産牧場の収入などはどうするのか?また8000頭以上の競走馬を自然に還した場合に生じる弊害についての説明なども、動物愛護団体に回答を期限付きで求めたが、これに応じることはなかった。
いわば難癖に近い形で、貴重な議会の時間が奪われた形ではあるのだが、オルクセンはまだマシな方だとも思える。
現に各星欧諸国の競馬は衰退の一途を辿っている。
将来的には自力で馬産をし、興行を行って、レーティングに載るような馬たちを自国内で生産できなくなる国は少なくなっていくだろう。
各国競馬協会はなんとか存亡の危機を脱しようとしているが、今のところ安泰なのはキャメロット、グロワール、オルクセンのみであろう。
故に上記のような様々なグッズ展開などを行って、生き残りを計ろうとしているが、現状上手くは行っていない。
ただ道洋の秋津洲では、かなりの興行を上げており、オルクセンに負けずとも劣らない名馬が日々誕生している。
似たような問題を押し付けてくる動物愛護団体もいたが、これを一蹴したのはある意味国民の一人一人が競馬に対しての熱意があっての賜物なのだろうと思っている。
筆者も出来れば一頭でも救われる馬が多ければよいとは思っているが、ただ現実を見ず、ただ愛すだけで放置するのは間違っているとも思っている。
それに競馬という偉大な文化を継承し続けていたのに、一時の感情に任せて、関わってきたもの全てを否定するのはナンセンスだと思う。
…という旨の発言を、とある情報番組で公然として語ってしまったら、件の動物愛護団体に一定期間絡まれられた事がある。
一つはトッカーナ氏との出会いと関連しているが、もう一つは夜道を歩いていた時である。
その日は、別の仕事の打ち合わせの帰りである。
某編集者は飲むことが大好きなオーク族だったので、予定よりも遥かに遅くの時間に、繁華街を抜けて暗い夜道を歩いている時であった。
突然声を掛けられて振り返ると野球用のバットとクリケットかアイスホッケーで使われているだろうスティックを持った人物たちに囲まれたのだ。
要は「件の発言を取り消して、団体に謝罪しろ」という内容の脅迫だったが、著者にも曲げられない信条というものがある。
断固として拒否した時、彼らは行動に移そうとしていた。
悲しいかな、著者は運動に関しては全くといっていいほど、自信がない。
スティックが一斉に振りかざされた時、私は頭部を守るために手で覆うしかなかった。
そんな時である。
けたたましいホイッスルと共に、遠くから蹄鉄の音を鳴らしながら駆足でやってきたのは、オルクセン警察の騎馬警官隊だった。
たまたま警邏中だった彼女らが、著者と犯人の間に入り、犯人たちを瞬く間に制圧したのは、物語に出てくる騎士のように鮮やかであった。
しかも乗っている馬達は皆元競走馬だというのだ。
名前を調べれば、データベースにも残っているし、父と母も必ず聞いたことのある馬が何頭もいた。
中には惜しい所まで行った元競走馬もいたので、会えた時には「あぁ!」と思わず驚いたものである。
星欧諸国でも警察の騎馬隊は存在しているが、オルクセンほど大々的に用いているのは、前例がない。
というのも、このオルクセンの騎馬警官隊はアンファウグリア旅団の流れを汲んでいる。
軍属を辞めたダークエルフ達が、地方の警察業務を行う目的として、編制されており、元は軍馬から流用されたが、現在は引退した競走馬の活躍の場として全国で約300頭ほど所属している。
飼育費など様々な経費は、オルクセン競馬で発生した興行料で賄われており、一部では馬主たちからの寄付などもある。
車両があるのだから、それを用いればよいのではないか?という発想になるかもしれないが、競走馬もといスタンブレット種というのはオルクセンにいる数多くのオークよりも威圧感のある大きさで、数が纏まれば、例え暴徒でもうかつに手出しが出来ないのだ。
キャメロットにいた際にも、その威圧感は頼もしい限りだったが、今目の前でダークエルフの騎馬警官から見下ろされながら職質されているのはあまり心地の良いものではない。
どうして絡まれたのかを洗いざらい話した時に『貴方命知らずですか?ウソでも良いからその場を切り抜ける努力をしなさい』と恐ろしい程冷たい視線は今でも忘れていない。
『…メルトメア州警察騎馬警官隊の隊長を務めております。エリュール・ステンノ巡査部長であります』
その後、その騎馬警官隊の方に出会い、様々な事を聞かせていただいた。
相変わらず、冷たい視線だったが、恐らく、その後何度も動物愛護団体から助けてもらった際に、信念を曲げなかった事が理由だと思う。
三回目ぐらいから『いい加減にしなさい』と笑顔で怒られたが、こればかりは曲げたくないので、聞かなかったフリをしている。
さて、それはさておき、取材を続けさせてもらおう。
Q.なぜ騎馬警官隊が設立されて、なぜ現在でも運用されているのか?
『騎馬警官隊は伝統的な部分においても重要視されておりますが、エルフ、ダークエルフを始め、馬を手足のように扱える者が多く所属しています。市街では、騎馬を用いた方が周囲に威圧感を見せつけ、常に犯罪を起こそうとしている者に対し「お前の事を常に見ているぞ」という警告を与え、そして視線が高い故に、警邏がしやすい部分があります。ただし、車両を用いた犯罪などに関しては、機動力が劣る故、発生した後の対処には向きません。つまり未然に防ぐ事が我々騎馬警官隊の役目であります』
Q.騎馬警官隊の評判はどうなのか?
『税金泥棒と呼ばれる事はあるが、概ね好評ですかね。市井の方々からの理解もありますので、警邏中でもよく子供達に絡まれたりします。デモ隊には嫌われますが、誰も動物に攻撃しようとする不逞な輩は居ません。』
Q.過去の軍馬と競走馬と比べるとどちらの方が優れていた?
『軍馬には乗った事はないですが、メラアス種は障害競走などに向いているので、やはりスタンブレット種と比べると市街地での追跡ならメラアス種の方が上かもしれません。ですが、彼らのスピードには目に見張るものがあり、必ずしもメラアス種に劣るとは思っていません。一長一短でしょうか。』
Q.競走馬から警邏用の馬にする際の調教などはどのように?
『各地方の騎馬警官隊専用の放牧地で行われています。気性が荒いので、そこからどうやって順応させるかが各地方の腕の見せ所だと思います。』
Q.隊長は、この前開かれた騎馬警官隊の大会で優勝されておりますが、やはり自分の部隊が一番優秀だとお思いで?
『…そんな事も調べているんですね。ですが、他の隊や中央の方々にも負けず劣らずだと思っております』
Q.ところで、隊長は現在何歳ですか?
『ぶち殺されたいですか?』
質問を間違えると、その周囲が恐ろしい位に寒くなるのだが、こればかりは興味が尽きないので仕方ない。
機嫌を損ねてしまった以上、この日の取材は終わってしまったが、馬の仕事は何も騎馬警官隊だけではない。
競馬場周辺で料金を支払うと、豪奢な馬車に乗って駅から競馬場まで迎えるものも存在すれば、現在の田舎町でも移動手段として用いている数奇な者も存在する。
乗馬に行くものも居れば、スタンブレット種ながらメラアス種と混ざって馬術競技に転向する引退競走馬も少なくない。
それでも肥育に行ったものも確かに存在はするが、決して雑に扱っているわけではない。
勝てないから即肥育ではない、最善を尽くして、それでも手のひらから必ず漏れ出るものが存在するのだ。
それでも、最後の最期まで、彼らに敬意を尽くし、そして同じ血肉として、糧として、我々の中で生き続けているのである。
出来る事なら、全ての馬たちが、生を全うに出来る環境になっていって欲しいと願うばかりだが、様々な伝統と文化を守るために、尊い犠牲がいる事を忘れてはならない。