オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

31 / 39
新章開幕です


“白の離宮” “次世代の子供たち”

 黎明の三頭の時代が過ぎ、舞台は八八五年に移る。

 この頃になれば、すでに黎明の三頭であるキュクノス、オプティマール、プルートーの産駒が活躍し、様々な種牡馬の後継者たちが生まれていた。

 キュクノスは元々エトルリア王国産の馬であり、一六〇〇~一八〇〇m戦で名を馳せたファルコと呼ばれる産駒の馬であり、父ファルコはファルコ系と呼ばれるマイル血統を多く生み出した。

 二四戦一八勝の戦績を持つ彼は、エトルリア語で鷹を意味する言葉ではあるが、その名の通り、走る姿は獲物を狩る鷹の如く鋭い足を持っていた。

 キュクノスに受け継がれることはなかったが、その驚異的ともいえる速さは、父譲りの血統と証明し、その速さはその更に子へと受け継がれる事となる。

 

 オプティマールは、血統マニアであるヒューブリテ氏が発掘したオスタリッチ帝国の二〇〇〇~二四〇〇mで活躍したテーサウルスと呼ばれる馬の産駒であった。

 テーサウルスは重賞五勝を上げてはいるが、オスタリッチのG1を勝ったことはない。

 そして血統もそこまで見栄えがよいと呼ばれる事はなく、決して売れるような馬ではなかった。

 しかしこのテーサウルスには逸話があり、とある牧場で放牧中にある牝馬と出会った。

 名はバギャーニャ。

 ロヴァルナ帝国内の競馬界を荒らしまくり、現在でも星欧最強牝馬の一角として名を連ねている一頭である。

 最終戦績八八戦五六勝。

 連対率は驚異の八九%で、最高連勝数一八回。

 この恐るべき牝馬は誇張されているのではないか?と呼ばれているが、不特定多数の人物の日記などに『バギャーニャ恐るべし』という記録が残っている。

 そしてこの負けた試合は、大抵八百長試合だったのではないか?と言われるほど、対戦し、バギャーニャに勝利した相手が大抵帝室所有馬だったり、バギャーニャのオーナーよりも格上の貴族の所有馬だったのが多数だった。

 しかし、タダでは譲らず、このバギャーニャのオーナーは手に入れた賞金で使い切れないほどの財産を築き上げ、帝室からも覚えが良く、ある程度の地位を確立させたという。

 バギャーニャとはロヴァルナ語で、女神と言う意味であるが、ある意味勝利と幸運をもたらす女神だったのかもしれない。

 そんなバギャーニャがなぜオスタリッチにいるのか?答えは、そのオーナーの悲惨な最期から始まる。

 オーナーである子爵は確かに莫大な財産を築き上げ、帝室、社交界からも一目置かれる存在にはなっていた。

 しかし、身の丈に合わない金銭と、能力に見合わない地位は、やがて彼の身を滅ぼす原因となっていた。

 元々大酒喰らいだった子爵は、ストレスと好物の甘い物を併用して最高級の蒸留酒を飲むのが日課になっていた。

 そして週末になると豪奢なパーティーを開催し、約三年ほどで、バギャーニャが産み出した賞金は全て使い果たしてしまった。

 当然、資金繰りが苦しくなると、身の回りの物を売り始めた。

 真っ先に売ったのは、繁殖牝馬になっていたバギャーニャであった。

 ロヴァルナ国内で、誰かに売ろうかと考えていたが、そんなことをしたら、自分の懐事情を知らせることになる。

 社交界で噂になったら、一気に自分の地位が危うくなる。

 そこで目を付けたのはオスタリッチの豪商だった。

 オスタリッチの豪商は、バギャーニャの名を知っており、実際にレースを見て、虜になった一人である。

 ロヴァルナ国内でも手広く仕事をしており、当然バギャーニャのオーナーである子爵とも顔なじみになっていた。

 ある日、子爵邸に招待された豪商は、子爵にバギャーニャの売却を提案された。

 この提案は酷く驚いた内容だったが、とても魅力的な提案でありながら非常に危険な取引でもあった。

 この時、ロヴァルナ国内の法律に【種畜保護法】なる物が存在した。

 この種畜保護法というのは、ロヴァルナ帝国において、価値のある植物の品種や家畜の血統などを保護する法案であり、これには競走馬も該当する。

 これは軍馬生産にも関わることなので、事実上の軍事的機密を外部に漏らさないというものでもあった。

 通常ならば種牡馬が該当することが多いのだが、バギャーニャだけは珍しくこれに該当した。

 その無敵とも呼ばれる戦績が見込まれた、ある意味当然の結果であった。

 故に、バギャーニャを輸出するのは御法度なのである。

 しかし、子爵は法よりも自身のプライドを優先した。

 仮に購入するとして、バギャーニャをどうやって運び出すのか?と豪商が訊ねると、子爵はとある計画を持ちかけた。

 内容は、替え玉だった。

 バギャーニャには全妹であるイスメネーラは、見た目こそそっくりであったが、戦績は姉と比べると圧倒的に劣っていた。

 そのイスメネーラをバギャーニャと取り替えて、国内から連れ出すのが作戦であった。

 『イスメネーラならば、外に売っても問題ない』と帝室から許可ももらっており、それを証明する許可書も豪商に見せた。

 豪商は小一時間悩んだが、この提案に乗った。

 それほどまでにバギャーニャが魅力的だったからである。

 取引された金額は定かではないが、一説によれば、ロヴァルナの一地方都市の半年は賄えるほどの金額であったとされている。

 そしてその作戦は見事に成功し、バギャーニャはオスタリッチに移住したのである。

 莫大な資金を手に入れた子爵の懐事情は改善されたが、子爵の命運はひょんなことから尽きるのである。

 バギャーニャに取り換えられたイスメネーラの馬房にある時、主戦騎手だった男が、様子を見に来た。

 最初は違和感を感じたが、イスメネーラ扮するバギャーニャに触れ合っていた。

 しかし、長年相棒として主戦を務めた男の目を欺こうなど出来るはずがなかった。

 イスメネーラとバギャーニャは確かに見た目は瓜二つだが、後ろ左足の白い靴下の部分に、バギャーニャにはないはずの小さな茶色の斑点を見つけた時、主戦の男は入れ替えに気が付いた。

 すぐに、知り合いの軍属に通報すると、調査を開始、結果的に子爵の入れ替えが発覚し、子爵は種畜保護違反として、国家反逆罪の罪に問われた。

 帝室はこの事実に激怒し、皇帝自らが裁判長となり、子爵の弁論の余地もないまま、即日処刑され、財産は没収となった。

 オスタリッチの豪商も捕えようとしたが、すでにロヴァルナからの事業から撤退しており、返還をオスタリッチの帝室経由で通達したが『私が買ったのはイスメネーラであって、バギャーニャではない』と突っぱねられてしまった。

 確かに、証明書に関しては帝室が発行した正真正銘の本物だったため、これ以上表沙汰になると帝室の沽券に関わる。

 オスタリッチとロヴァルナ双方の帝室で、密談が交わされ続けたが、結局はロヴァルナ側が折れ、バギャーニャはオスタリッチにて余生を過ごすこととなる。

 冒頭に戻そう。

 波乱万丈な人生を過ごしたバギャーニャは、とある牧場にて種付けまで繋養される事となった。

 オスタリッチ一の種牡馬であるスピリッツアーナと種付けされる予定であったが、ここで運命の出会いをする。

 それがテーサウルスであったのだ。

 両頭の視線が交わうと、どちらかからともなく、互いに歩み寄り、柵越しから情熱的にテーサウルスが顔を高く上げ、上唇をめくり、歯を見せると、これにバギャーニャが答えた。

 そしてテーサウルスは、二人の間に設けられていた高い柵を軽々と乗り越えて、そのまま…。

 ちなみにこの行為を牧場側は遠くの方で見ており、止めに入ろうとした時には時すでに遅し。

 オスタリッチの豪商はこれに関して監督不行き届きとして激怒し、牧場側に対して慰謝料を請求し、結果牧場は解散を余儀なくされていた。

 豪商は頭を抱えたが、孕んでいないかもしれないと望みを託して、そのシーズンだけは繁殖を見送ったが、一発で孕んでいたので、もう生むしかなかった。

 バギャーニャは、愛する男の子供を生んだ。

 その子がオプティマールである。

 豪商は、頭を抱えた。

 母の血統は良いが、父の血統は良くない。当然国内で手を出す馬主は居なかった。

 そんな豪商に手を伸ばしたのが、ファーレンス商会だった。

 値段的にはやや納得がいかないが、ここで買取手を逃すとさらに買い叩かれる可能性があるかもしれない。

 豪商はファーレンス商会にオプティマールの譲渡を決定したが、オプティマールの活躍を聞いた豪商はその後、大層歯がゆい思いをしたそうな。

 その後、バギャーニャはオスタリッチの優秀な種牡馬たちと種付けを行ったが、オプティマール以上の馬を産み出す事はなかった。

 最後の望みとしてテーサウルスと再び繁殖をさせようと思い立った翌シーズンには腸捻転を起こして、テーサウルスはこの世を去る。

 これを知ってか知らずか、バギャーニャはテーサウルスが亡くなった翌日から食事をまともに取ることをせず、その後すぐにこの世を去る。

 俗に【バギャーナ事件】と呼ばれるこの悪事に関わった者は悲惨な末路を辿り、豪商もこの後、事業が上手く行かず、国内の事業を収縮し、最終的には落ちぶれている。

 ただ、この幸運の女神の子を手に入れ、生涯大事に扱ったヒューブリテ氏はその後の繁栄は更に隆盛した。

 その結果が、今日まで続くテーサウルス系と呼ばれる牡馬血統を確立させたのだ。

 

 プルートーの血統に関しては、以前にも話したが、キャメロット曰く付きの狂気の血統リベンジ。

 様々な癖のある競走馬を産み出したが、安価な種付け料と同時期に活躍した種牡馬たちと比べると驚異的とも言える安定とした着床率。

 リベンジの子は、キャメロットではアンセスターオーガと呼ばれる競走馬が、主だっており、リベンジ系と呼ばれる父血統が確立されていた。

 エトルリアの名血統、それともロヴァルナの秘宝と呼ばれた母と冴えない父との間に生まれた血統、それともキャメロットの狂気の血統、新たな血統の誕生は、オルクセン競馬において、大いなる隆盛の始まりであった。

 そんな中で、期待の産駒として生まれたのが、スプリングオブリバティとオプティマールとの子であるドンナーゴットであった。

 スプリングオブリバティの所有者であるヒューブリテ氏がずっと試したかったと喜んでいたが、雷神の名を持つ子の子供は重賞を勝つことはなかった。

 むしろ重賞どころか未勝利戦さえも勝ち越すこともなく、そのまま現役を引退し、歴史上から姿を消した。

 次に期待されたのは、セレクレイトとキュクノスであった。

 この産駒のオーナーはカイサオン氏であり、かなりの金額を出したが、二勝クラスから勝ち上がる事はなかった。

 黎明の三頭の中で、最初に成果を上げたのはプルートーであった。

 母は二〇〇〇ラングステークスを共に走り、オルクセンオークス覇者であるフルムーンであり、生まれたのがプル―ムーンであった。

 牝馬ながら牡馬クラシック戦線を走り、重賞を一勝後に、屈腱炎となり、クラシック半ばで早々に引退する。

 怪我が無ければG1を勝っていたかもしれないとタラレバが語られる所ではあったが、繁殖牝馬として活躍している。

 そう、競馬とは、繁殖とは大変に難しいところで、華々しい活躍をした馬が必ずしも名馬をポンポンと産み出す事など容易いことではないのだ。

 では黎明の三頭の世代で誰が一番最初に華々しい戦績を持つ子を生んだのか?

 それは無冠の王子“セイントレイヴン”だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。