オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

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 世代交代は馬だけではない。

 この頃になれば、徐々に新興の調教師や競馬学校を卒業した新人騎手も現れてくる。

 この年“花の八八五世代”と呼ばれた騎手たちが登場する。

 競馬学校初代学校長であるショーン・ブリメイの息子である“デービット・ブリメイ”と若いダークエルフながら持ち前のセンスで首席で卒業した“カラン・ミーア”

 そしてオルクセンどころか、世界初のオーク族の騎手、しかも女性騎手という異例中の異例の存在である“ミリアム・トッカーナ”である。

 オーク族の騎手は、重種馬ならば騎兵として恰好が付く形になるが、機動性の悪さがネックになっており、ダークエルフ族がオルクセン王国に合流するまでは、あまり整備されていなかったほど、騎乗する民族としてあまりにも向いていない種族であった。

 故に、ゲフ・リーレン調教師もその道を諦めた位であるが、ミリアム騎手に関しては、その生い立ちが深く関係してくる。

 ミリアム騎手は“先天性骨形成不全症”と呼ばれる病であり“小人病”に属すると言われる病に侵されていた。

 侵されていると言っても元々のオーク族よりも骨が脆弱であり、身長が伸びないというだけで、人族と比べたら大したハンデを負っている訳ではなかった。

 しかし、オーク族の中で暮らすとなると、それなりに気を使わないといけなく、兄弟や姉妹や友人たちと遊ぶとなると、より一層神経を使わないといけなくなってくる。

 そして身長も普通のオーク族の女性と比べると平均的な身長よりも一回りも二回りも小さく、また少食も手伝い、オーク族にしては、人族の女性の体格に近い形で成長していた。

 これがある意味、彼女にとって、否、この種族にとって奇跡の子として神が授けた祝福なのかもしれない。

 ただ、幼少期の彼女は、親兄弟姉妹から特に大事に扱われており、箱入り娘として暮らしていた。

 そのために、幼少期は引っ込み思案が加速し、他と交流することはあまり積極的に行わず、兄弟姉妹と特定の友達と一緒にお人形を使ってのおままごとをするのが好きな可愛らしい女の子だったという。

 そんな彼女が、この競馬という過酷とも思える世界に飛び込んだきっかけは、第一回のオルクセンダービーで見たオプティマールとプルートーとの壮絶な叩き合いだったという。

 特に、プルートーと鞍上グリムヒルト騎手の姿に憧れて、当時競馬場の警備主任であったトッカーナ氏とメーン夫人に直談判したという。

 

 『大人しくて引っ込み思案だったあの子がね、家に帰ったら興奮冷めやらぬ様子でいう訳ですよ。「私も騎手になりたい!」って。あの時はビックリしてねぇ…。普段ワガママらしい事なんて言わない子ですから、最初何を言ってるのか分からなかったですよ!』

 

 『当然、私は娘にその競技の危険性とオーク族と娘のハンディキャップに関して、理解できるように説明しました。落馬をすれば、それだけで命の危機です。仮にオーク族と言えども、娘は、ミリアムのか弱い体では、高速で走る中で、地面に叩きつけられたらそれこそ死を意味するでしょう。』

 

 『でも、あの子も私とこの人の娘なんでしょうねぇ…。聞き分けのいい子だから、説明すれば考え直すと思ったんですけど、この時に限っては、猪突猛進でしてねぇ…。「なるったらなるの!」って駄々っ子になっちゃって(笑)家にいた兄弟姉妹達も驚いてましてねぇ。そしたら一番上のお兄ちゃんが「とりあえず馬に乗らせてみたらどうだ?」って援護に回るもんですから』

 

 『とにかく、私が使える伝手をフルに使って、厩舎の見学や実際に馬を乗らせてもらいました。これがもう決定打でしたね。家に帰ってきても「やっぱり騎手になりたい!」って、目を輝かせながらね。その面影が、私の、無謀だった子供の頃を思い出しましてね。「あぁやっぱどんなに病弱でも、女の子でも、俺の子供だなぁ」と思って、観念しました。』

 

 トッカーナ夫妻は目を細めながら当時の事を、懐かしく思い出していた。

 箱庭で育てられた小さくか弱い雛もまた、母国と同じく、荒々しい大海原に飛び立とうとしていた。

 

 オーク族の、ましてやハンディキャップ持ちの少女が、騎手になるには、苦難があった。

 運動神経も大事だが、勉学に関してもより一層努力が必要となる。

 母は、学校の教師に相談し、比較的経済的に余裕があったために、苦学生を家庭教師として娘に付けると、父は、出勤前、夜が明けきらぬ内から少女を鍛え上げていた。

 とにかく落馬が怖い。

 最悪骨折で済めば御の字だが、それ以上になれば、つまりは死を意味する。

 少女として、女性として、幸せに過ごしてほしいために、極力怪我を負わないようにするには、基礎体力と受け身の取り方など、自身を守るための技術を学ぶ必要性もあった。

 いつもは優しい父が、この時だけは軍隊上がりの厳しさを見せた。

 それは、少女が抱く夢を諦めさせたいという願いもあったが、父の子はめげる事はなかった。

 数年後、少女の成長は目覚ましく、とうとう騎手学校に入学する資格を得る事になる。

 試験時にも大変優秀な成績を収めており、試験官を務めていた教官たちは舌を巻いた。

 胴長短足と思っていたが、運動神経が良く、ハキハキと快活に質問に答える姿は、もうあのか弱かった少女の面影はなかったという。

 入学後も、持ち前のセンスでメキメキと才能を育て、首席の座は譲ったものの、それに劣らぬほどの騎乗センスを見せつけていた。

 卒業後は、各々スカウトされた厩舎に所属したが、ミリアム騎手が所属したのは、リーレン厩舎であった。

 これはミリアム騎手本人の希望もあったが、リーレン師も同族という贔屓目があったとしてもその騎乗スキルの素晴らしさに惹かれたものがあるという。

 

 『ミリアムとデービット、カラン含めた優秀な候補生が鞍上で、卒業前のレースが行われたのを、各調教師たちが視察で見に行ったんですよ。父兄も含めた非公式のレースでしたが、それはもう大人数でしてね。その中で、ミリアムはその騎乗センスをいかんなく発揮してました。少し粗はありましたが、削れば光るものがありましてね。一緒に来てたグリムが言ってましたよ。「私の仕事無くなるかもね?」と…。』―――――――――――――ゲフ調教師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“騎手とはかくあるべし”より抜粋。

 

 リーレン師も、この頃になると名門厩舎として人気になっており、有力馬も所属していたが、癖のある馬たちばかりで、有能な人材を強く求めていた。

 奇しくも、ミリアム騎手以外にも、首席で卒業したカラン騎手も同厩舎に所属することを熱望しており、結果として“八八五世代”のワンツーがリーレン厩舎に所属する形になったことで、大変話題になっていた。

 カラン騎手もまた、オルクセンダービーで、プルートーとグリムヒルト騎手のコンビに憧れた一人であり、グリムヒルトとは一回りも二回りも下の世代であり、迫害を知りながらも、若さゆえに戦場に出なかった世代でもあった。

 だからこそ、軍人よりも騎手であったグリムヒルトの方が憧れが強かったという。

 ちなみにデービット騎手は、オンレイアン厩舎に所属することになり、以降しのぎを削り合う戦いになっていく。

 徐々にリーレン厩舎に賑わいが生まれているその頃、一頭のプルートー産駒がリーレン厩舎に向かっていた。

 

 その仔馬は、父プルートー、母ペルセポーネという血統でこの世に生を受けた。

 母ペルセポーネは、グロワールで活躍した牝馬デーメテールと凱紀門馬ゼリウスという良血馬の間に産まれた牝馬であったが、レースでは未勝利で終わった。

 子出しもあまり評価されることはなく、一〇歳でオルクセンに輸出されると、とあるグロワール人の馬主と共にオルクセンにやってくることになる。

 その馬主の名は“ジャリアン・ド・ロンポー”

 グロワール帝国時代は、それなりの貴族として、裕福な生活をしており、それ以上に貿易商として財を成した男であった。

 ただ八七八政変にて、グロワール帝国内でのロンポーの財産はほとんど失い、辛くもオルクセンに逃げ込んでくると、そこにあった支社にて再起を起こし、なんとか以前の生活を取り戻していた。

 そんな男も、母国にいた際には社交としての競馬を嗜んでおり、所有馬の中で、目立って活躍した馬は存在しなかったが、それなりに長い時期を競馬界に所属していた。

 息子に事業のほとんどを任せて、オルクセン連邦内で、悠々自適に社交界を楽しみながら、その一環として競馬を行う。

 そんな生活をしようと思って、買った馬が上記の仔馬であった。

 父プルートーの悪名は知っていたが、それよりも母馬がグロワール産というのに惹かれており、名前が知っている程度であったが、遠い故国を思い出すと、どうしても郷愁に浸る思いになっていた。

 気づいたときには購入をしてしまっていたが、まぁ国内では良血とされているが、星欧諸国内で見れば、まだまだオルクセン連邦産の馬の評価はまだまだ低い。

 一勝してくれれば良いと思って、生産牧場の伝手でリーレン厩舎に預けることになったが、名前をどうするか決めかねていた。

 そんな時、ロンポーは日課の聖星教の聖書を読み上げている時にふと閃いた。

 殊勝な信徒として、神に捧げる名前にしてはどうか?

 そう決めたロンポーは用紙を一枚取り出すと、万年筆でさらさらと書き上げたという。

 その名は“ルーエデュー”

 グロワール語で「神を讃えよ」という意味だが、ロンポー会心の命名だったと後に本人は語っている。

 かくしてルーエデューは誕生したのだが、意外にも父プルートーの狂気さを引き継がなかった。

 生産牧場の中で一番最後に生まれ、雪が降って皆が帰っているのに、この仔馬だけは、母に催促されても最後まで昼寝をしており、誰よりも遅く食事を終わらせ、誰よりも早く馬小屋で眠っているのだ。

 生産牧場の厩務員も「これでは馬ではなく猫」と言われるほど、走り回るよりかは眠っている方が長かった馬であった。

 成長してからも他の同期の当歳馬達と比べても見劣りがしており、庭先取引の馬主、調教師からも評価はあまりよろしくなく、唯一手を上げたのがロンポーであったが、金額的な事を言えば、格安の部類であった。

 プルートーの種牡馬としての結果が、まだまだ低かったのも原因だが、それでも生産牧場側からしてみれば「なんとか売れてよかった」と思うぐらいの存在であった。

 二歳になって、ルーエデューはリーレン厩舎に入厩したが、運ばれた時にまず行ったのが、厩舎前に生えていた芝生を食い散らかし始めたことからであった。

 バッハ厩務員含め三人がかりで、厩舎内に引っ張ろうとしたが、それでも頑として動かなかったのは今でも語り草である。

 調教に関しては悪くないというのがグリムヒルト騎手の評価であったが、プルートーのような闘争心のなさに疑問が残っていた。

 ただリーレン師だけはこの馬の真価を見抜いていた。

 今まで貼り付けられていた低評価のレッテルは、新馬戦ではがされることとなった。

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