八八五年七月シェーンシュケント競馬場一六〇〇m左回り八頭立て新馬戦。
初夏に入り、湿気もなく、カラッとした涼しい風が吹く日であったが、日差しは強く、ジェラードが良く売れる日であったという。
大した重賞レースはないものの、秋に向けて古馬たちが前哨戦に挑む時期でもあり、場内は賑わっていた。
そして期待の新馬を見ようと、マニアックなファンたちが駆け付けていたという。
父オプティマール、母セレクレイトという良血馬。
ダービー馬と無敵の牝馬の子はヴンダヴァールノヴァ。
ファンからは“ドライヴィ”という愛称で呼ばれた牡馬はPOGでも注目の一頭として記録されている。
POGとはペーパーオーナーゲームの頭文字から取られた略称であり、自分を仮想馬主として、どの馬が活躍するかを予想する遊びである。
一年を通して戦績でポイントを集め、最もポイントを集めた者が優勝するというもので、場所によっては賞金などを出している雑誌なども存在する。
オルクセン国内外でもこの良血馬の期待は高いところだが、その注目の新馬戦にルーエデューはいた。
一番人気ヴンダヴァールノヴァは鹿毛に尻尾とたてがみが薄金色の尾花栗毛と呼ばれる珍しい色を持つ馬であり、それに比べてルーエデューはどちらかというと、くすんだ鹿毛であり、目立たなかったためか八番人気に収まった。
レースはややハイペース展開であり、他馬は掛かり気味に前へ前へ向かう中、ヴンダヴァールノヴァは落ち着いて後方に控えていた。
その五馬身後ろにルーエデューが走っていたが、やる気があるのかないのか、ドッタドッタと音がしそうな走り方をしていた。
これはドベ入着だろうと誰もが思っていたという。
事実、最終コーナー手前に差し掛かると、ヴンダヴァールノヴァが涼しい顔をして先頭に躍り出ると、他の新馬たちはバテてしまい、伸びに欠けていた。
「これはドライヴィの圧勝だな」と誰もがそう確信していた。
その時である。
大外も大外、観客席に近い場所を、とてもじゃないが恐ろしいほどに速い影が駆け抜けていく。
その時、たまたま突風が吹いたと遠くで見ていた観客は言うが、近くで見ていた観客はこう話している。
『ドライヴィが駆け抜けていくのに夢中になっていた時であった。後ろからまるで雷鳴とも思える足音が聞こえたかと思うと、突風が吹き荒れ、新調したばかりのハットが宙に舞ってしまった。その主を見ようと視線を移した時には、黒い大砲の弾のような姿が遠くに走り去っていってしまった。私はその正体を知ったのは、レースが終わった後の掲示板だった。』―――――――――――とある詩人の手記より。
ヴンダヴァールノヴァの鞍上ジミー騎手もこの時、この馬の能力の高さに感心していた。
調教時もスムーズに動いていたし、タイムも良かった。
この馬ならクラシック戦線で一つは確実に優勝できるだろう、そういう確信があった。
ゴール板が近づき、まずは一勝と頷いていた時であった。
不意に左端の視界に、何かが入り込んできた。
「えっ?」と思った時には、最高速に乗っていたヴンダヴァールノヴァをその影が抜き去り、あっという間にゴール板を駆け抜けていた。
会場も騎手も実況も、その場にいる全ての者が唖然とし、瞬きする合間だけ、時が止まっていた。
リーレン師は満足そうに頷いていた。
これなら来年のクラシック戦線は全て頂いたようなものだ。オルクセン競馬初の三冠馬かもしれないと確信を得ていたという。
グリムヒルト騎手も驚嘆していたという。
『ルーエデューは大変な気性難ですよ。調教は無駄な事はしませんし、飼葉などを食べる時も事細かに配置を気にします。レースになったらこちらの言うことなんか一切聞きません。ですが、これほど乗っていて楽な馬は居ません。だって、ルーエデューは自分で競馬をする競走馬なのですから』―――――――――――――グリムヒルト騎手にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“名馬列伝”より抜粋。
馬主ロンポーもこの結果には大変驚いていた。
魂消たとも言えるが、これほどの馬だったのかと念のために買っていた馬券が何十倍のオッズを付けて恐ろしいほどの金額となって懐に帰ってきた。
神は私を祝福してくれたのかもしれない!
当時新しく導入されたばかりの魔導式写真機が勝ち馬などで用いられ、口取り式もまた金額さえ払えば任意で行われていた。
ロンポーはこれに洩れず、他人に自慢しようと大枚を支払ってターフに向かうが、この時ちょっとした事件が起きる。
なんと、主役であったルーエデューはさっさと厩舎に帰ろうと止める厩務員たちをずるずると引き摺りながら地下馬道に戻っていってしまったのである。
残されたのは、斤量室にて検査を受けて戻ってきたグリムヒルト騎手、その光景をただ眺めるしかなかったリーレン師とロンポー氏であり、口をあんぐりと開けて呆然としている姿は、その場で準備していたカメラマンの手によって撮影されている。
なお、撮影できなかった口取り式は後日厩舎にて改めて行われ、厩舎の芝生を口いっぱいに食べている姿が収められている。
なぜ、ルーエデューはこれほどの走りをしたのか。
これは父の走りを確実に受け継いでいたのも事実だが、その驚異的とも言える足の回転率も関係している。
姿勢を低くし、駆け抜けていく様は、まるで猟犬の如きというべきだが、ルーエデューは胴体が詰まっており、短足なため、どちらかと言えば、短距離向きの馬なのである。
ヴンダヴァールノヴァはその逆で、足も長く胴に伸びがある為、長距離を得意とするものであった。
事実、次走の未勝利戦二〇〇〇mでは他馬を寄せ付けず圧勝劇を見せつけ、前走の負けは『短距離馬による馬場の適正の違い』が原因と当時はそう断定されていた。
しかし、リーレン師はルーエデューの本質を見抜いていたという。
『あいつは親父と違って無駄なことはしたがりません。皆が速いペースで上げようが、遅いペースにしようが、絶対に自分の競走スタイルを変えません。筋金入りの頑固者ですが、頭はそこらへんの騎手よりも良い。自分でどうしたら楽して一着になるのかを理解してレースに挑んでいたんです。』―――――――――――ゲフ調教師にインタビュー。月刊『OJ‐オルクセンジョッキー‐』“名馬列伝”より抜粋。
鮮烈なデビューを果たしたルーエデューであったが、そんな彼にも弱点があった。
それは蹄の貧弱さであった。
鋭い末脚を炸裂する代償に、通常の競走馬よりも地面を削るように走るその走法とその際に発生する後ろ脚が前脚の蹄鉄に接触してしまい、馬にとって重要な部位である蹄を極端に痛めてしまい、そこから出血してしまう事例が発生したのだ。
故に、ルーエデューが調教でも本気で追い切らず、レース後すぐに帰るのにも理由があり、出来うる限り自分の身体、特に蹄にダメージを負わないように行っているものだったのだ。
これは誰にも教えた訳ではなく、ルーエデューが幼少期から行っていた行為であり、つまりは本人自体が考えた上でのものだった。
これがルーエデューの類稀なる知性の高さを現すエピソードでもあるが、食べ物にもこだわりがある。
これに関しても誰が教えたわけではなく、ルーエデューの経験則を元に「これは食べると健康によい(蹄によい)」ものや「これはあんまり効果がない」ものとを分けており、気に入らなければ飼葉桶に鼻を突っ込んで、食べない物を端に避けていた。
食べ方にもこだわりがあり、まるでコース料理を食べる貴族の如く、その順序は死ぬまで変わらず、厩務員の間ではマニュアルにイラストが描かれており、その配置で提供するように指示があったほどであった。
極めつけは、一種類の食べ物を食べては水桶に口を突っ込んで、少し濯いでからまた口を付けるという、言わばナプキンで口を拭う行為も行っていたために「ルーエデューの中には人間が入っている」とまで言われたほどであった。
彼のルーティンはそれだけではない。
他の馬たちが朝早く起き、調教場に向かっていても、ルーエデューだけは誰よりも遅く起き、そして最初に調教場へ向かった年上の馬や同期の馬が帰ってくる頃に、ようやく調教場へと向かう。
軽く運動を済ませてから、身体を洗ってもらい、ようやく朝食にありつき、昼食まで軽い傾眠を取ると、また食事を取る。
まるで貴族のような振る舞いをしているが、これが彼自身が決めたルールであり、以降このルールを変えることは逝去するまでなかったのである。
さて、話は戻すが、そんな独自のルールを持ち、健康志向があるルーエデューであるが、それでも蹄の弱さに関してはどう足掻いても克服できなかった。
従来の蹄鉄を使用したが、すり減るペースが他の馬よりも早く、また蹄の脆弱さを克服できる代物ではなかったため、リーレン厩舎は頭を抱えた。
獣医と蹄鉄師を招集し、どうしたらこの脆弱な蹄を保護できるか?対策会議が開かれた。
まずは後ろ脚の蹄に革を貼り、蹄鉄との接触の際に、保護するという対策が取られたが、これは数日の内に保護していた部品が破損してしまうという事例が多発、そして水を含んだ馬場では、脆弱性がさらに増すこととなり、結果的にはその場しのぎの対策になってしまうということで断念となる。
他にも様々な素材を用いて保護する素材を探したが、結果的にはカバーを付けて保護するという提案は廃止されることになる。
ならばとドワーフであり、装蹄師ウィーランド氏が蹄鉄自体を特注の物に変えてしまおうという大胆な案を提案する。
通常の蹄鉄はU字型であるが、それをルーエデューのみに使用する特注の蹄鉄を作成するということになった。
試行錯誤の上、これは成功する。
スリッパのような見た目、U字の間にT字を入れたその蹄鉄は、通常の倍の重さになってしまったが、無理なく走行でき、その後行われた一勝クラスでは、軽々と勝利を得ており、ドワーフ族の技術の高さを物語らせるものであった。
デメリットであった重量も、ルーエデューにとっては単なるハンデにしかならず、またそのハンデすらも軽々と克服しており、他の調教師が「こんなのありか!」と一時期騒いだが、オルクセン競馬協会より、正式に使用許可を得てのものだったため、抗議は取り下げられた。
仮にこれが審議に入ったとしても「普通の蹄鉄よりも重いのを四つ付けているのに、卑怯もクソもあるか」とリーレン師が大胆にも抗議した調教師に啖呵を切ったことにより沈静化した。
ただし、この蹄鉄を使用してもなお通常の蹄鉄よりも減りが早く、かなりの金額が掛かったとされている。