この蹄鉄を履いてからのルーエデューは無敵を誇った。
九月に行われた牡馬クラシックの総決算として扱われていたシュツェステークスを難なく勝利すると、この年に三戦三勝を上げた。
うち一つは年度末に行われた現在で言うリステッド戦になっているレースで、鞍上グリムヒルト騎手ではなく、厩舎新人であったミリアム騎手が騎乗している。
この時、ミリアム騎手以下花の八八五世代はその年、難なく初勝利を収めるとデービット・ブリメイ、カラン・ミーア両騎手は重賞勝ちを収めている。
他の同期達がなかなか勝ち上がらない中で、この三人がずば抜けて勝ち星を上げているのは流石であろうが、唯一ミリアム騎手だけが重賞勝ちを逃している。
最大の課題は、勝負勘である。
天才と言われていても、この当時、どうしても実際のレースでの勝負勘が冴えず、本来の気弱な正確から来る優しさが、その勝負勘を鈍らせている原因にもなっていたという。
逃げ馬や先行を走る馬ならば、邪魔されないので悠々と走ることが出来るのだが、どうしても囲まれた際の差し、追い込み馬の対処を見誤り、その持ち味を生かせぬまま凡走させてしまうというレースが多々見受けられた。
これではいけないと考えていたのが、師匠であるリーレン師だが、この乗り代わりに関しては、実はリーレン師の発案ではなかった。
『ある日、リーレン先生に呼ばれて厩舎に向かったんです。そこには姐さん(グリムヒルト騎手)が居て、開口一番に「今度のルーのレース、お前が乗れ」って。姐さんのお手馬ですし、ルーエデューを差し置いてまで乗らなきゃいけない馬なんていたかな?って若いながら思ったんですけど、その時姐さんにこう言われたんです。「ルーに競馬を教えてもらいな」って』――――――――――――――――ミリアム騎手との雑談にて。
騎手が競走馬に競馬を競馬、レースを教えてもらうというのはどういうことなのか?
筆者もこれを聞いた時は理解が出来なかったが、ミリアム騎手も最初はこれを理解できなかったという。
しかも重賞を無敗で勝ち上がり、未だ土が付いていない将来のクラシック候補にミリアム騎手はレースが始まるまでは血の気が引きっぱなしだったという。
いわばスパルタ教育にもあるが、これほど豪華なスパルタ教育はこの先、行われることはないだろう。
調教時にルーエデューに騎乗することはあったが、ミリアム騎手自体もこの馬のポテンシャルの高さを理解しており、それがまた重圧となって圧し掛かっていた。
父プルートーの気性の荒さは重々承知している。ただそれがルーエデューに引き継がれている訳ではないが、高潔さは瓜二つだという。
無駄なことを嫌い、全力を出す事を忌避するルーエデューが、こんな若造の言うことなど本番で聞いてくれるのか?ミリアム騎手は、今まで体験したことのない腹痛に苛まれ続けたという。
レースはルーエデューがダントツの一番人気であった。
ここまで連勝無敗。自他ともに認める人気であった。
オッズも1.2倍と馬券師が泣くような人気であったが、こんなオッズの馬に跨ってレースに出走するのはミリアム騎手自体初めてのことだ。
当人もその当時を振り返る。
『ゲートに入るまでずっとお腹が痛いんです。テキ(リーレン師の事。テキとは基本的に調教師を指す意味)が「気楽に乗ってこい」って言うんですけど、せっかくの無敗で来た馬なんで、自分が原因で負けたらどうしようかと思って。いつも以上に緊張しながらルーエデューに跨って、深くため息をついたんです。そしたらルーエデューが突然嘶いたんです。いつも無駄なことをしない彼が突然ですよ?後にも先にも、嘶いたのはこの時だけです。』
何気ない1シーンのため、公式的な記録には残されていなかったが、馬の嘶きというのは馬にとっての感情表現や意思疎通の手段の一つであり、主に仲間を呼んだり、寂しかったり、興奮している場合を指す事が多い。
競走直前の馬ならば興奮して然るべきなのだが、ルーエデューは前述したとおり、無駄なことはしない孤高の王者のような立ち振る舞いをしている。
関係者の記録を遡ってもパドックなどで嘶いた記録はこの一件のみである。
そして他にも特徴的だったのは、耳を伏せていたことだったという。
『耳を伏せて、背に乗っている私をジッと見るんです。今でも覚えてますよ。背筋が凍る思いでした。最初は何故怒っているのか理解できませんでしたが、次第に彼が私がついたため息に怒っているのだと理解しました。』
ミリアム騎手によると、パドックで、他の馬が周回しているのにも関わらず、佇み、少し首を傾けてミリアム騎手を睨んでいたという。
その原因はそのため息だというが、これが本当ならば、ルーエデューは馬の皮を被った人間かはたまた何かなのだろう。
魔族がいるから馬型の魔族もいてもおかしくはないのだが、サー・マーティン・ジョージ・アストン卿の記録ではそのような魔族は存在していない。
いたとしても、道洋に実在したとされている伝説の魔族である“麒麟”のみであろう。
まさにルーエデューは人類や魔族のような知的生命体と同等の知能を有していたのかもしれない。
『調教助手が引き縄を強く引っ張っても頑として動きませんでした。そしてその視線が、何かに似ていたんです。少し思案すると、幼少期、父が厳しく私の体力訓練に付き合ってくれた時に、初めて泣き言を言ってしまった時「お前は騎手になりたくないのか!?」と大声で怒られた時の視線とそっくりでした。そこでハッとしたんです。背筋を丸くして、緊張に押しつぶされそうになって吐いたため息が、孤高の王者たるルーエデューの逆鱗に触れたのだろうと。慌てて深呼吸をして背筋を伸ばすと、ルーエデューは顔を前に向けて再び歩みを始めました。』――――――――――――――――ミリアム騎手との雑談にて。
馬の知能というのはせいぜい人間の三歳児程度だと知っていた。
これは動物の中でもかなり高い部類に入り、主に高い記憶能力と学習能力があるということだ。
大抵のことを仕込めば、馬は覚えることから、キャメロットの一地方では、老人と共に毎日街中を散歩していた老馬が、飼い主である老人の死後、死ぬまでひとりでに散歩していたという記録があるぐらいだ。
しかし、ルーエデューの知能は恐らくそれ以上だろう。この世を去って大分経つため、現在では検体などの科学的調査は不可能であるが、それでもこの馬の恐ろしさを感じるエピソードであった。
レースはシェーンシュケント競馬場、左回り1800m戦一〇頭立て。
ゲートが開き、いつものように後方スタートであったが、内ラチ沿いを走っていたルーエデューとミリアム騎手に突如として異変が起きる。
ルーエデューの前に三頭壁のように塞がり、その横を蓋をする形で、また馬が並走しているのだ。
これにはレースを観戦していたレースファンたちも何が起きたか理解できた。
「ルーエデューが包囲されている!」
明らかに口裏合わせされたような展開に、観客席からはブーイングの嵐が吹き荒れたと記録されている。
最終コーナー手前まで、ルーエデューは抜け出すことは出来ない。
このレースで、ルーエデューは敗れる。誰もがそう思っていた。
ミリアム騎手は、スピードを落として、多少のロスは覚悟で大外をぶん回すか、または隙をついて間に割り込むか。判断に迷っていると、突如としてルーエデューが加速したという。
思わずルーエデューのその先を見ると、内ラチ沿いにわずかな隙間が生まれたのが見えた。
これは最終コーナー手前で加速する際に生じる遠心力による隙なのだが、ミリアム騎手があぐねいている時に、ルーエデューが隙間が空いた瞬間を見逃さなかったのだ。
頭を下げ、加速し始めると、囲んでいた馬達ではルーエデューを妨害する事はもう不可能であった。
最終直線で全馬が加速を始めたが、ルーエデューだけが足色が違った。
ゴール板を駆け抜けた際には、後方での不利は消え去り、約六馬身の差をつけて無事勝利したという。
このレース、のちにミリアム騎手の口から詳細なレース内容を語られることはなかったが、のちに査問委員会が立ち上げられて、ミリアム騎手以外の騎手、調教師、馬主が絡む大規模な八百長試合であったと判明する。
しかもこのレース以外にも余罪があり、査問委員会は、警察と検察に該当騎手および調教師の身柄を預け、調査を引き継がせたとされている。
その後、馬主たちが主導で動き、莫大な賭け金で莫大な利益を上げていた事が判明すると、その背景も調べられることとなり、オルクセン国内で勢力を拡大していたマフィアの存在が浮かび上がり、一斉検挙の発端となった。
しかし、ルーエデューが一着になったことにより、この大規模な八百長試合は破綻となり、犯行グループは相当な損害を被ったとされている。
それを知ってか知らずか、レース場からそそくさと帰宅するルーエデューの顔はどこか誇らしげであったとも記述しておこう。
かくしてひと騒動あったレースであったが、このレースを境に、鞍上するミリアム騎手の競馬センスが更に磨きがかかり、後日初の重賞勝利を上げたという。
(全然難産だったリ、ぎっくり腰だったリ、サウジカップ連覇で賢者タイムになってたし、ウマ娘五周年だったリで、全然執筆してなくて読者の皆様に申し訳なさで)狂いそう…!!