『人は生きねばならぬ。生きるためには戦わねばらぬ。名をあげねばならぬ。金はもうけなければならぬ。命がけの勝負はしなければならぬ。』―――――――――――徳富蘆花
翌八八六年。
いよいよクラシック戦線第一関門と呼ばれる二〇〇〇ラングSが近づいていた。
昨年末の騒動以来、休息目的の放牧に出されていたルーエデューも二月ごろには厩舎に帰厩すると、ツヴァリングステークスに出走するためのウォーミングアップが始まっていた。
この頃も馬体は、同期のヴンダヴァールノヴァなど他馬と比べるとどうしても見劣りをし、取材に来る記者たちも「今のところ無敗だが、クラシック戦線本番になれば入着も怪しい」や「超早熟馬」と鼻から決めつけている風潮があった。
事実、敗れはしたが、ヴンダヴァールノヴァは確実に実力をつけて有力視されており、他にも素質馬が出始めている。
一頭は“アトムボーイ”父キュクノス、母は内国産馬のアダルティと呼ばれる馬で、母の祖にエルフィンドダービー馬のシュヴァルノワールがいる。
まだら模様の葦毛馬で、終生まで完全に白くなることはなく、キュクノスの流れから固定ファンが根強く存在する。
現在五戦三勝ながらも父譲りの粘り強い逃げ足が売りである。
“コメットタウン”は北センチュリースターより輸入された外国産馬であり、現在四戦二勝だが、掲示板を外したことがない。
栗毛馬だが、顔にあるどでかい流星が特徴的で、高速馬場の対応がピカイチであり、二度の敗戦は“ドライヴィ”の二着であったが、一戦は快速馬アトムボーイに先着している経験を持つ。
“ベルセルカ―”はルーエデューと同じく父はプルートー。
こちらも四戦二勝で、むらっ気のある走り方をするが、型にはまった展開のレースの際には恐ろしい末脚を炸裂させ“気性がもう少しマシであれば、ルーエデューに勝るとも劣らない末脚”を持つと呼ばれた程の素質馬にして問題児であった。
クラシック戦線が始まるまでは、ここにルーエデューを入れて五頭体制であり、混戦状態と皆が判断に決めかねていたとされている。
しかし、ここでもルーエデューは勝ちを譲らなかった。
『鋭剣の如く炸裂する末脚』はどの馬にも影を踏ませず、ヴンダヴァールノヴァ以下クラシックの同期達を寄せ付けず、二着のアトムボーイに三馬身をつけての入着。
一番人気になっていたヴンダヴァールノヴァは三着となり、コメットタウン、ベルセルカーは四、五着となっていた。
皆がとうとうルーエデューの強さを認めざるを得ない状況になった。
それは今まで築き上げられていた競馬の常識が崩れていく瞬間でもあった。
どんなに見た目が悪かろうが、どんなに後ろにいてゆっくり走っていようが、最終直線のたった百数mに本気を出して、神がかり的な末脚で勝てばいい、それがルーエデューの競馬であった。
この頃のロンポーは競馬界で、注目の的になっていた。
ルーエデューのおかげで社交界での交友関係も広くなり、それが事業に繋がり、成功して革命時に失った資産をも超えるほどの利益を上げていた。
ロンポーは大変喜んでいたが、それと同時にルーエデューに対して恐ろしさを感じ始めていた時でもあった。
ロンポーは月に一度必ずルーエデューを見に、リーレン厩舎の戸を叩く。
もちろん大切なオーナーなので、皆が歓迎してくれるのだが、ルーエデューの視線だけは、こちらの思考を全て見透かすような気がしてならなかったという。
最初はただの思い込みだと考えていた。リーレン師から“他の馬と比べて頭が良い”と教えられていたから、ただそういう風に見えていただけだと思い込もうとしていた。
ただ、あの瞳が自分を映す度に、ロンポーは家に設けた礼拝所で祈りをささげながら神に尋ねたという。
『おお神よ。私はあなたの敬虔な信者だと自負しております。毎日礼拝し、あなたのために身を粉にして勤労し、あなたに奉仕しております。ですが、ですが。最近あなたに対して些細な疑念を持ち始めてしまいました。あなたは私に何を遣わせたのでしょうか?あの馬は、あの馬は何者なのでしょうか?私には過ぎたる物でしかありません。あの馬が来てから我が家は類を見ないほどの繁栄を得ています。しかし、このまま続くとは思えないのです。あの馬に会う度に、私は何か言い知れぬ重責に駆られてしまい、徐々に喉に食事が通らなくなっていきます。会わなければいい、そう思っても、私はあの馬に会いに行かないと、押しつぶされてしまう気がしているのです。おお神よ。私はあなたの敬虔な信者であろうと思っています。ですが、ですが!!神よ。あなたは私に何を与えたもうたのですか!!』―――――――――――――――――――――――――――死後、遺品の中の手記より
この頃、ロンポー氏の精神状態はやや乱高下しており、ルーエデューに会いに来ると、最初は愛玩動物のように触れ合っていたのが、時期が経つにつれて、帽子を外し、まるで目上の人間に出会った時のようにかしげづく様子が見られたという。
それはまるで神に出会った信徒の如くであったとされている。
二〇〇〇ラングSは五馬身の圧勝劇で終えた。
今まで筆舌に尽くしがたい物語が多かったが、ルーエデューの時代に関してはこの二〇〇〇ラングSまでは“圧勝”という単語で済んでしまう。
どんなに注目が集まり、この馬こそルーエデューに勝つだろうとされていた馬にオッズが集まろうと、ルーエデューは涼しい顔をしてその馬をねじ伏せて勝利してしまう。
それは競馬場で普通なら起こりえる歓声が、悲鳴へと変わっていく出来事でもあった。
あまりにも強すぎる馬は、時としてヒールとなってしまう。
かつてスプリングオブリバティのような崇拝されるような強さではなく、他を圧倒し、嬲るような競馬をするルーエデューはいつの間にか、人気を二分する存在になっていた。
『誰かあの馬を倒してくれ』『誰かあの馬に敗北を!』『誰かあの馬を!』
いつの間にか、競馬ファンの中ではルーエデューの敗北を願う者が現れてしまった。
その機会は意外と早く訪れた。
レースはダービー前のレーヴェステークス。
本来ならばチャンピオンで、ダービーに出るための条件はクリアしているはずなのだが、リーレン師はこの重賞に出走登録を行った。
このレースでもルーエデューの競馬は変わらなかった。
オッズも1.2倍と大変旨味のないものであったが、ある者は「どうせ勝つのだから」と全財産をルーエデューの単勝に突っ込んだ。
たとえ1.2倍でもそれが高額で買った馬券であれば、返ってくる払戻金も相応にして大きくなる。
そう安易に考えた者は、無敗の二〇〇〇ラングS馬に借金をしてでも全てを突っ込んだ。
全ては己の快楽と堕落の為に。
しかし、事はそんな簡単には起きなかった。
『おぉと!?無敗を誇ったルーエデュー!まさかの二着!一着はベルセルカー!ルーエデュー、神の如き末脚が不発かぁ!?』
このダービー前哨戦には“気まぐれ”ベルセルカーが馬鹿正直に競馬を行い、ルーエデューにアタマ差で勝利を得た。
この大金星は、大いに荒れて、ベルセルカーの馬券を買って莫大な利益を得ていた者に関して「八百長試合で儲けた」といわれのない誹謗中傷が飛び交う自体になっていた。
そして、全財産と己の限界まで借金をした者は、その日の夜の内にミルヒシュトラーセ川に身を投げた。
レース翌日、警察によって引き上げられたその水死体のポケットの中には、高額に賭けられたルーエデューの馬券と、ぐちゃぐちゃになって丸められていた新聞紙の上から書かれた遺書が見つかり、改めて競馬はスポーツの前に、やはりギャンブルなのだと知らしめさせる出来事であった。
のちに、この痛々しい出来事から、ギャンブル依存症の救済案が創設され、オルクセンは他国に先んじて、精神保健医療に関して率先して研究開発を行うようになっていた。
人族では八七八政変後のグロワールにてピエールという人権活動家が、精神障碍者を人間として尊重することを提唱し始めた時期であり、同時期にベアーズという北センチュリースター人が、自身の躁鬱病による精神病院への入院、体験を元に書いた出版物が世に広まり、それが精神衛生運動の祖として起き始めた時期でもあった。
しかしそのどちらも精神障碍者や知的障碍者のみが該当しているのに対し、オルクセンでは更にアルコール依存症やギャンブル依存症などの依存症患者も該当させ、更にPTSDに悩まされた退役軍人たちの治療にも率先して治療に当たるという、どこよりも最先端の精神保健福祉の概念を確立させていた。
そして依存症患者救済法案は、のちに戒めとして「ルーエデュー法」と呼称を改め、世にも珍しい競走馬が法案の名前になるという事態となった。
ルーエデューの名は、いつしか悪名として独り歩きし始めていた。
杉を一本も残らず伐採して、国民栄誉賞を貰いたいです。(過激派)