この事件は、当時かん口令を敷かれるほどの事件であり、メディアが報道したのはかなり後の事である。
だから警察署に在中している文屋達にも、問答無用とばかりにきつくお達しがあった。
その中に、オルクセン王国を長年メディア側から見守り続けていたオークの新聞記者がいた。
エレモンド・ラーケン。
のちに星欧から全世界に広まる大戦の中で、常に最前線で、被弾をしながらも取材を続け、とある地区にて行われた人間族の民族浄化の証拠をカメラにいち早く収め、全世界に発信した私にとって雲の上の存在とも言える記者であった。
この頃、ベレリアント戦争時に従軍記者として、第三軍に従事し、その後、お役御免を申しつけられると、オルクセン中央新聞に入社。中途採用であったが、持ち前の度胸と嗅覚を生かして、別件でこの土地に出張にやってきていた。
その取材の最中、この馬泥棒事件に遭遇したのだが、単なる誘拐事件にしては、かなり緊迫とした雰囲気が漂っていたという。
『ノルデンヴァイデのある地方警察署は、オルクセンの統治が完了したとはいえ、旧エルフィンド領だったので、それなりに両国間の隔たりっていうのが色濃く残っていた時期でもありました。いくら国体が連邦として移行したとはいえ、未だに民族間で差別、強奪、殺人も、一歩影に入れば、平然と行われておりましたし。当然中央の人間は、躍起になって法の下の平等に裁きますが、それでも不満というのは蔓延していました。そんな中で、とある組織が密かに勢力を伸ばし始めたんです。それが“エルフィンド解放戦線”。一部では海外からの支援を受けて、急成長したという話もあったんですが、これは公に否定されています。ただ私は信じていませんがね。』――――――――――――――――――――――――TV番組『オルクセン事件簿』エレモンド・ラーケン氏へのインタビューより。
紫煙を吐きながら映像の中での氏は、目を細めながら何かを思案している。
詳しい事は映されていなかったが、氏のようなジャーナリストでも話せぬ事情はあったのだろうが、それをこの場で書き記すものではない。
“エルフィンド解放戦線/Elvenland Liberation Front”
略称でELFと呼ばれ、皮肉にも自分たち種族の呼び名としてエルフと同字になった過激派の武装組織である。
母体は、旧エルフィンド軍の処分を逃れた将校や、どうやってかは知らないが、逃げおおせた戦争犯罪人などで構成されており、初期の頃は、マフィアとして、その後、武装組織として発展していった犯罪組織である。
主な収入源は、麻薬の製造販売、密売品などの売買、違法賭博の胴元など、多岐に渡っていた。
武力闘争時には、隠し武器工場で、密造銃などの製造などで力をつけていたが、現在では鎮圧され、組織は壊滅している。
この当時も、まだまだ黎明期で、力を付けるために、誘拐などの身代金で収益を得ようとしていた時期でもあり、やり方に粗雑さが目立っている時期でもあった。
エレモンド氏が追っていたのは、とあるオルクセン将校の一人娘の誘拐事件であり、現金の受け渡しに成功し、その誘拐された娘も無事に解放されているのだが、犯人は捕まらず、警察が血眼になって捜査している事件でもあった。
そして追いかけているうちに、この馬泥棒事件に遭遇し、そしてその犯人がELFだと断定されていた時期でもあった。
犯行から3日経過していた時である。
この時、極秘に設置された特捜本部でも、誘拐されたドライヴィの所在の捜索、目撃情報を血眼になって捜索し、とある廃坑の近くに捨て置かれていた廃農家の馬小屋に、見たことのない馬が繋がれているのを地元の住民が発見、通報して、現場の近くにてバレないように偵察を行ったところ、それがドライヴィであると判明。
そしてその廃農家の家屋の中に複数名の武装した狩人姿のエルフが在住し、近くの廃坑に足しげく通う姿も目撃されており、そしてそこには歩哨のようなエルフも確認されていた。
恐らく、ここが誘拐犯の本拠点であり、廃農家はドライヴィを隠すための隠れ家だろうと断定すると、地方警察、軍が共同で部隊を結成。
かくして、馬泥棒事件は、テロリスト集団との戦闘に移行し始めていた。
『報告書』と書かれた資料が手元にある。
その中に描かれている物は、競馬史でも特異となる事件であった。
作戦は身代金受け渡し期限日に設定し、ギリギリまで敵に対して対策を練るものであった。
身代金はダミーを用意し、廃教会の周辺には警官隊が身を潜ませて犯人グループを待ち構える。
廃坑には、官憲側である軍の精鋭部隊、その中でも、オークを除いた部隊で形成し、廃坑内の犯人グループを一網打尽にするのが目標とされていた。
そして、ドライヴィの保護を目的とした救出隊は、軍の残されたオークと警察で構成されており、最重要部隊として決死隊とも称されていた。
誘拐の最大の目標は、人質の無事救出である。
この時は馬のため、動産物としての扱いになるため、破損させず、無事に取り返すのが最良ではあるが、名の知れた競走馬のため、少しでも傷が付くと、それだけで、競走馬としての価値が下がる恐れがあった。
故に、官憲側の方針としては、抜刀による切り込みによる制圧で、発砲やむなしとされた場合にのみ発砲を許されていた。
これは上記の現場と比べるとかなり規制のかかった難しい任務ではあったが、現場の士気は高かった。
切り込み隊長として選出されたのは、エルフィンド古式剣術の使い手で、オルクセンで、稀有でありがなら有望なホープとされているダークエルフだった。
捜査上の都合により、名前は記せないが、現在でも現役に活躍されており、その時付いた顔の傷を今でも誇りのように見せていた。
『あん時、アタイが先頭で鼻を切っ作戦やった。アタイは先ん大戦では、戦闘に従事出来ず、歯がい思いをしっせぇ、姉さぁ達を戦場に送り出しちょったが、こん時こそ、アタイにとってん戦場なんじゃち思い、高揚しながら今か今かと指示を待っちょりました。』
ややエルフィンドの部族訛りが強いお方であったが、あの頃の出来事を自慢げに語る姿には、今でも続く、アンファウグリア旅団の魂が受け継がれているのだろうか。
とにかく、彼女は、当時上官であった捜査一課長の指示を待っていた。
時刻は満月が天辺に登る時刻であった。
身代金を持ってきたノルデンヴァイデの代理人は、廃教会の中に入ると、辺りに人がいないことを確認してから、中にある崩れた祭壇の上に置かれていたとされており、すぐにその場から離れたという。
『金額を確認次第、再び手紙を送る』との指示があったためである。
軍警察は犯人にバレないように身を潜め、今か今かと待ち構えているその一時間後。
闇夜に紛れて数人の姿が、廃教会に入っていった。
耳が良いコボルト族の兵士が聞き耳を立てていると『やった!金が手に入った!』と大喜びしているエルフの姿が見えた。
それを確認した瞬間、魔導無線の封鎖を止め、その場にいた部隊に通達した。
『全部隊、突入せよ』
廃坑側にいた腕のいい無線担当の兵士が、廃教会側での行動を起こしたのを、現場指揮の大佐に報告をすると、こちらも行動を開始した。
ダークエルフの先遣部隊が、廃坑の前でたむろしていた見張り役を陰に引き摺り込んで検挙。
所有者だった者から提供してもらった廃坑の地図は、あまりにも古いため、ある程度の拡張はされているだろうと予想し、軍の精鋭が坑内に突入した。
同時刻、捜査一課長が魔導無線にて廃坑側の作戦行動が開始されたと知らされると、切り込み隊長に突入を指示、その際、廃農家側には四人いたとされている。
廃坑側のダークエルフのように、静かに忍び寄り、物陰から一撃で、一人を倒すと、すぐさま片側にいたテロリストを制圧したという。
この際、抜刀はせず、まるで猿の雄叫びのように突っ込んでいき、鞘に収めたまま叩き伏せたとされており、残りの二名に関しても、馬小屋側のそばにいたのだが、この時、アクシデントが起きる。
馬番をしていた見張り役が、実はエルフィンド軍では名の通った剣客だったらしく、ベレリアント戦争時にも一部オルクセン軍内では『恐ろしく足の速いゲリラ戦を仕掛ける佐官が短期間存在した』と情報が残されていた。
それがそのエルフだったのだが、名前は詳しく残されていない。
『そんわろん名は後から知りもした。名ん通ったエルフじゃとは思いもはんじゃしたが、どげん能力があってん、当時んエルフィンド内ん身分制度では、例え白エルフでん、出世すったぁ至難やったち思うど。そう考ゆっと、アレもアタイら同様、被害者やったんかもしれんなあ。』
腕を組みながら、彼女は目を細めて語る。何か思うものがあるのだろうが、それを聞き出そうとは思えなかった。
報告書では、そのエルフと、もう一人の見張りを制圧しようと、物陰から他の警官と軍人が突撃したが、すぐに気づかれて、抜刀され、これを悉く退かれたとされている。
もう一人の見張りの方も、所持していた拳銃を抜き、馬房の前で発砲しようとしていたが、これを切り込み隊長が瞬く間に制圧する。
テロリストのエルフが振り向き、これと対峙すると、切り込み隊長も不用意に突っ込む事が出来なかった。
二人の間に、一定の間合いが生まれ、暫くは張りつめた空気が流れたという。
切り込み隊長は、無傷での制圧は不可能とし、抜刀。
サーベルを上段に構えて、捨てがまりの体勢を取る。
エルフィンド古式剣術の中でも一撃必殺の構えである。
一方、テロリストのエルフは、あえて剣先を後ろに隠して、相手の出方を伺っていた。
これも流派は違うが、エルフィンド古式剣術の一つであり、剣先を隠すことによって、下からの切り上げ、胴体への切り込み、上段をあえて受けて、そしてそれをさばいて、相手の後ろを取る。
様々な手段が取れる事から、相手に一時の迷いを与える、心理戦にも似たプレッシャーを与える事が出来るのだが、これも会得した者は、エルフィンド古式剣術を会得した者のみである。
まるで、時代が戻ったかのような光景が流れているようだったと報告書には書かれていた。
きっかけは、不用意に警官がドライヴィの馬房に近づいた時であった。
保護しようとしたのだが、見慣れぬ人と、その場に流れる緊張感に耐えきれなかったドライヴィが嘶くと、先に動いてしまったのはテロリストのエルフだった。
後ろにいたドライヴィに気を取られ、一瞬後ろに視線を向いてしまったのだ。
それを切り込み隊長は見逃さず、猿叫を上げて、サーベルを振り下ろす。
遅れたエルフは、負けじと切り伏せにかかるが、ほぼ同時に二人の身体に刃が触れる。
切り込み隊長は右下顎から右額まで斬りつけられ、エルフは、脳天から斬りつけられ、剣を持っていた右腕ごと切り伏せられて、即座に絶命したとされている。
恐るべし、エルフィンド古式剣術。
無事、ドライヴィは無傷で救出されたのだが、この時、報告書には上がっていない小話が、切り込み隊長から教えていただいた。
『あんエルフがけしんだ時、馬房から出された馬が、悲しそうに鳴きながら鼻先でそいの体を押しちょったとを思い出す。これも後から知ったが、あんエルフは、戦場で愛馬を失うちょっらしい。詳しか事情は知らんが、とにかっむぞがっちょった馬やったと。故に、誘拐した馬も、率先してむぞがっちょったと、捕めたエルフに聞いたな。』
この時の切り込み隊長は、どこか侘しい表情を一瞬だけしていたのは見逃さなかった。
廃教会側も、大きな抵抗はなく三名を確保。廃坑側が本拠地らしく、小規模の戦闘が繰り広げられたが、十八名を制圧。廃農家側で四名を制圧。
かくして、馬泥棒事件は大がかりな捕り物となり、逮捕者二十五名、内死者五名。軍警察側は負傷者三名という、華々しくも後ろ髪が引かれるような感情を残しながら無事解決となった。
戦闘描写を書きたかった欲がありまして(欲望)