オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

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 さて調教師“ディレック”最初の仕事は、自分の厩舎に馬を預けてくれる馬主を探すことだった。

 画家がパトロンを求めるように、調教師も馬主から馬を預けてもらえなければ、第一の収入を得なければならない。

 レースに勝てば、賞金より一定の割合のマージンを得られ、それは時には供託料金の倍以上の収入となって得られる場合がある。

 だが、それは預託された馬が居なければ始まらない。

 とりあえず、ディレックが起こした行動は、競馬協会へのアプローチであった。

 協会の人間とパイプを持つことで、現在調教師を探している馬主がいないかを聞き出しながらより良い条件の馬主を紹介されないかを聞き出すためだった。

 協会側からしても、積極的に動くディレックには好意的で、すぐに調教師を探している馬主は見つかったが、お互いの相性なども考えて“自分の調教方針”を纏めた手書きの資料を直接会って互いに膝を合わせて話し合った。

 そうして運よく五名の馬主と預託を得られる契約を得られた。

 そのほとんどが資産家であったが、そのうちの一人である老コボルトと出会う。

 コボルトの名は“ヒューブリテ・エーデル”

 ヨークシャーテリア種のコボルトだが、自分の何十倍の時を生きている長老のような男で、貿易を生業としており、一代で国内でも指折りの企業に築き上げた商人だった。

 本国なら実績のない調教師が、これほどの人物と契約を結ぶのはまずあり得ない話だが、黎明期故に互いが模索しているような状況下のために起きた出会いでもあった。

 

 『ヒューブリテ氏の邸宅に招かれ、正装を済ませて伺う。邸宅は資産家という割にはこじんまりとしていたが、古臭くもなく、だからといって派手な訳でもない。洗練された落ち着きのあるもので、東洋で聞いたことのある言葉で“詫び寂び”のようなものを感じる建物であった。玄関の扉に設置されていたチャイムを鳴らすと、中からブルドック種のコボルトが現れて驚いたが、恭しく頭を下げられて「当家の執事であります」と紹介されると胸をホッと撫で下ろした。この国に来て、人族に囲まれて生きてきた身として、当時の僕は魔族の姿に慣れなかったが、言葉が通じ、紳士的に振る舞う姿には、種族は関係ないのだと思った。多種に渡るコボルトのメイドに廊下ですれ違いながら頭を下げられながら執事に樫の木で作られた重厚な扉の前まで案内される。「旦那様、お客様が見えられました」と執事がノックすると「入ってよろしい」と返答があった。執事は扉を開けると頭を下げて道を譲った。中にいたのは立派な髭を生やしたようなヨークシャーテリアのコボルトだった。彼はパイプを吸いながら優雅に立ち上がってこちらに近づいてくる。「ようこそ我が邸宅へ。私がヒューブリテだ」と自己紹介をしながら手を差し出してくる。僕は慌てて両手を伸ばし、自己紹介するとしっかりと握り返してきてくれた。』

 

 ディレックの自叙伝には氏との出会いが鮮明に書かれており、氏との出会いがのちに彼に幸運をもたらすことになる。

 ディレックとヒューブリテは互いに戦略を話始めた。

 ディレックの調教方針は馬を無理せず長く走らせることを主目標としている。

 もし戦績の良い牡馬が厩舎から出た場合、この条件から外れ、無理をせず、すぐに引退して種牡馬入りさせることも話していた。

 これは過去にキャメロットにて有力だった牡馬がレース中に故障を起こして、その後、予後不良になった経験から生まれた方針だった。

 レースから早々に強い馬が引退するとファンからは顰蹙を買うかもしれないが、種牡馬として残れるなら馬主にとっても大いな収益を得られるメリットもあるからだ。

 “無事是名馬”という言葉が存在があるように、レースから無事に引退出来てこそ繋がる物語が生まれるのである。

 

 『レースに出てこそ、稼げる金額も多いが、種牡馬になり、仔がより良い戦績を収められれば、氏にとってもメリットはあると僕は説明すると、ヒューブリテ氏は静かに聞いていた。あらかた説明を終えると、ヒューブリテ氏の言葉を待っていた。氏は元々馬が好きで、繋駕速歩競走でも馬主をしており、個人で運営している牧場も小規模ながら所有していた。平地競走に参戦できることを非常に喜んでおられ、僕の理念にも賛同をしてくれた。氏は嬉しそうに一つの資料を手渡してきた。そこに載っていたのはとある一頭の幼駒の詳細が記されていた。本国ではあまり見ないマイナー種牡馬とそれこそあまり目立った血統ではない牝馬からの間から産まれた幼駒であるが、氏曰く「色々な馬をこれまで見てきたが、ファーレンス商会が持ち込んだこの幼駒を見てまるで雷に打たれたような衝撃が体中に走った」と楽しそうに語られていたのを見て、とりあえず見てみない限りは分からないと話すと、後日氏の牧場に招待された。日を改めて氏と馬車に揺られ、郊外にある牧場へ向かう。その日はジミーも同行してもらい、氏が惚れたという幼駒を見学しにいった。牧場は小規模と話だったが、僕とジミーはその施設の素晴らしさに言葉を失っていた。そこはキャメロットでも滅多に見られない最新の施設を揃えていた牧場だったのだ』

 

 全世界探せば必ずは自分の趣味に全力を注ぎ込む狂人は存在する。

 ヒューブリテもその一人で、どこぞの“馬狂い”も凌駕する“馬狂い”であった。

 貿易で財を成し、子にその代を継がせてから悠々自適の隠居生活はせず、投資などでも成功を収めた氏の財産は、国内の長者番付には名が連なるほどであったが、そのほとんどを馬に費やしてきた。

 オルクセンの繋駕速歩競走界では名を轟かせている氏ではあったが、エルフィンドで見たあのレースを見てからはすっかりとその世界に魅了されており、真っ先に馬主として名乗りを上げていたのだった。

 それでも調教師との契約には慎重で、ディレックと契約を結ぶまでに他の十数人の調教師と話し合いを行って、契約には至らなかった。 

 その事実をディレックが知ったのはだいぶ後の事であったが、ヒューブリテは目利きには自信があった。

 それは馬にでも発揮されたのだった。

 

 『氏の牧場は当時最先端の設備が揃えられており、牧場内は清潔に保たれていた。普通ならネズミがいそうな厩舎でも、まるで宮殿の如く汚れも目立っていなかった。氏の馬への愛情の注ぎ方はまるで自分の腹を痛めて生んだ子供を育てる母親の如く深く、その視線も少年の如く輝いていた。』

 

 『氏が子供のように跳ねながら尻尾を荒ぶらせて自慢の一歳馬を見せてくれた。そこには母親の元から離れた一歳馬の群れがあったが、その中に一際美しく輝き、他の馬よりも大きく見える尾花栗毛の馬がいたのだった。「あれが、でしょうか?」と氏に聞くと氏は嬉しそうに語った。「あれこそが、マイナー血統から生まれた“奇跡の馬”だよ」と…。ジミーと僕は時が経つのを忘れるほど見惚れ、喉を鳴らした。あれほどの馬を預けさせてもらえる嬉しさとその重責が肩に重く圧し掛かった気がしたが、それに気が付かないふりをして、今はこの名画のような光景をただひたすら眺めていたかった。』




難産~~~!!小説家ってすげぇや。
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