すっげぇ短いぜ!!
カイサオン・ページョはエルフィンドで人気の女優である。
美貌もさることながら歌を唄えばハーピィのように観客を魅了し、舞を踊ればウンディーネのように美しく、黄金色の瞳を見ればゴルゴンに睨まれた如く固まって心臓が止まらんばかりに高揚する。
戦中は慰問活動を精力的に行いながら全国を回っていたが、戦後も変わらず伝統舞踊や歌謡を行いつつ、他国から仕入れた最新の曲や舞を披露して人気を博していた。
そんな彼女も最近新興馬主の一人になった。
今までは馬に興味はなかったが、戦災復興競馬に招待された際に見たスプリングオブリバティの走りを目の当たりにして彼女の走りに興奮を覚えた。
だがこの時点では馬主になろうとは考えていなかった。
ファンの一人として純粋に競馬を楽しもうと考えていた時に馬主になってみないかと話が舞い込んだのは、パトロンとの会食の時であった。
戦前と比べると差があったが、美味しい食事に馴染みの客と飲む会食は大いに盛り上がっていた。
皆の酔いが回った頃に、一人のパトロンが彼女に話しかけた。
『良い馬を沢山買ったから君に一頭プレゼントしよう。』
こう提案された時は「馬をもらってもなぁ」と思っていたが、当時比較的馬主になる基準は低く、個人で見れば、稼いでいる部類のカイサオンは馬主になれる基準に到達していた。
社交の場としてもこれから盛り上がる場所でもあるので、今後オルクセン側の社交界に顔を売り込むチャンスと考えたカイサオンは馬主になることを承諾した。
後日一歳馬を見にパトロンに同行すると十数頭の馬が用意されていた。
皆が国内と外国の主要な産地から取り寄せたものであるが、皆が皆良血と呼ばれた父と母の間に生まれた子供たちだった。
血統の説明を受けてもチンプンカンプンだったカイサオンだったが、その十数頭の中からでは目を引く馬がおらず、適当に決めようと思っていた時であった。
一頭だけ遅れて連れてこられたのだが、他の一歳馬と比べて馬体は一回り小さな葦毛の馬がやってきたのだ。
パトロンに訊ねると、一頭どうしても買取手がつかず、他の馬とセットに売られてここにやってきたのだという。
馬体は小さいし、他の馬と比べると気弱な性格なため、一歳馬の中でもいじめられているらしく、いつも一人ぼっちで放牧地にいるそうなのだとか。
血統に関しては申し分ないのだが…とパトロンが付け加えていたのだが、カイサオンはこの葦毛の馬に目が引かれてしまったのだった。
以下、カイサオンがテレビ番組にて実際にその時の事を話した記録が残っている。
『“彼”と牧場で出会った時、ビビッと「この子だわ!」って思ったの。生い立ちを聞くと私の幼少期に重なる部分が多かったから、私ますます思い入れが強くなっちゃって…。パトロンの彼女には「そんな馬で良いのかい?」と呆れられていたけど、私はこの子が良いって言って譲ってもらったわ!それが私の幸運の始まりだったのかもしれないわね…。』
カイサオンは幼少期孤児であった。
孤児院では虐められ、気弱な彼女の唯一の心の癒しは、シスターから教えられた歌であった。
そこから徐々に才能を開花させ、地味な姿は成長していくたびに徐々に美しくなり、場末の歌姫として下積みを重ねながら技術を磨き上げて今日の彼女は存在する。
この馬ももしかしたら自分のように光るものを持っているかもしれない。
そんな理由であったが、彼女が培ってきた経験はのちに伊達ではなかったことを証明することになる。
さて一歳馬を譲り受けてみたはいいものの、預ける厩舎が見つからなければ意味がない。
パトロンに相談すると『エルフィンドの名門』と呼ばれる厩舎を紹介される。
彼女が観覧したキンググスタフステークスの二着だったインランドシーを調教している“リリッシュ・カイザリン”厩舎である。
戦前はエルフィンドクラシック常連であり、2000ガレー優勝馬やホーリーレジャーステークス優勝馬を輩出しているリリッシュ厩舎。
しかし戦中にて有力な三歳馬、四歳馬が徴収され、皆戦死してしまい、唯一逃れたインランドシーがキンググスタフステークス後から戦意が無くなったかのように弱くなり、掲示板内どころか、着外になることが多々目立つようになっていた。
彼女の厩舎には他にも競走馬は存在するものの、有力とされている馬は少なく、しかも近く開設されると噂になっているオルクセンクラシックに出せるような馬が未だ契約に至っていなかった。
なんとか厩舎としての面子は保てているが、内情は火の車で、厩務員たちを食わせていくのが精一杯な状況であった。
そんな時、リリッシュ厩舎を懇意にしているエルフィンドの馬主が「ぜひ君に紹介したい新興馬主がいる」と言われ、紹介されたのが、歌姫カイサオンだった。
リリッシュは最初あまり乗り気ではなかったが、カイサオンの名声と懇意の馬主との面目を保つために彼女と契約を結んだ。
すべては厩舎を存続するためだと思いながら持ち込まれた一歳馬の様子はあまりにも期待はずれでだった。
小さな馬体に他の馬を怖がる性格、そもそも競走馬になれるかどうか分からない馬を渡されて、名門厩舎としてのプライドが崩れていく思いをしていたが、場外に用意されていた調教場にてトレーニングを重ねていくと、その印象は変わっていく。
リリッシュが報道陣の取材を受けた時の記録が新聞にて書き残されている。
『“彼”を見た時、正直「なんて馬を預けられたんだろう」って頭を抱えてしまったよ。カイサオンオーナーには悪いが、本当にそう思ってしまったんだ。青瓢箪の病弱な少年ってイメージを浮かべてもらった方がいいかもしれない。葦毛だからなおさらそういうイメージが浮かんでしまったよ。でも彼は変わった。調教する度にその馬体に隠された素晴らしい才能が開花していくのを感じたんだ。彼は私が調教した競走馬の中で、一番記憶に残る馬になるだろう。』
ヴィクトリアマイル本命はシンリョクカです。