オルクセン競馬史   作:Tesuta2199

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 少年の夢は、戦場の花形と呼ばれる騎兵になることであった。

 中流家庭に生まれた彼は、軍人の父と専業主婦の母に育てられ、のびのびと過ごしていた。

 そんな彼の愛読書は、キャメロットに古くから伝わる伝記で、まだ国が統一されていないときに現れた開祖が、白馬に跨り、伝説の剣を振るって国を統一に導く物語であった。

 そんな彼は、仕事から帰ってくる父親に何度も何度も目を輝かせながらその物語を話し、玩具の剣をねだっては近所の同年代の友達と英雄ごっこをして遊んでいた。

 その傍らには必ず、木で出来た馬の玩具の姿もあった。

 彼は英雄王のように馬に跨りながら戦場を駆けることに憧れを抱いた。

 そんな彼は、ある時、学習の一環として職場の話をしに学校に来た軍人に「どうやったら騎兵になれるか」と訊ねた。

 軍人は一緒に来ていた同僚と顔を見合わせながら困ったように話しかねていた。

 少年は不安になりながらも彼らの返答を待っていたが、返ってきたのは期待していた答えとは到底離れていた。

 

 『オークは騎兵にはなれないよ』

 

 父にせがんでもはぐらかされていた理由を知ってしまった少年は、頭の中にその言葉が響き続いていた。

 徐々に真っ白になりながら、気づいたら家に帰っており、自室のベットで泣き腫らしていた。

 かくしてゲフ・リーレン少年の夢は露と消えたのであった。

 

 ゲフ・リーレン調教師はオルクセン国内で、オークとしては初の調教師となった。

 少年の夢は崩れたが、騎兵に対する憧れは、馬を世話することで解消されたのだ。

 オークの中では比較的軽量の彼は、もしかしたら騎兵になれるのではないかと国内で模索し続けていたが、いくら軽量とは言えど、それはオークの中での話である。

 繋駕速歩競走の騎手になる道もあったが、彼の乗馬に対する情熱は、オークの中で一番と言っていいほどであった。

 ある時、メラアス種に乗せてもらおうと知り合いの伝手で頼み込んだことがある。

 知り合いのコボルトはしぶしぶ了承したが、初めて見たメラアス種は彼に現実を見せるには充分であった。

 恐らく乗ったら腰から折れてしまうだろう。そう考えた彼はメラアス種に乗る事をその日は諦めた。

 しかし彼は諦めなかった。

 オークでも乗馬が出来て、活躍する方法はないか?と考えた時に、まず馬に対して理解を深める事が大事なのだと考えた。

 両親に頼み込んで、誕生日やお小遣いを貯めて国内でも希少な乗馬教本をわざわざ海外から取り寄せたり、馬を飼育している学校に進学して、馬の世話をして知識を増やしていった。

 そんな中で、彼に転機が訪れる。

 ある日、父から珍しい本が手に入ったと言われ、手渡されたものがある。

 それはキャメロットにて行われていた競馬に関しての書物であった。

 その本には、馬の調教方法に関しての知識などが盛り込まれ、のちにオルクセン競馬学校でも教本に盛り込まれているものが書かれているものであった。

 中には“魔術師”と呼ばれた騎手の乗り方や名伯楽と呼ばれたボルジャーノン師のこだわりなどが書かれており、ゲフはこれにくぎ付けとなった。

 何度も何度もそれを読み込み、ページの端がくたびれるまで読み続けた。

 空で読めるほど暗記した時に、彼はふと思いつく。

 『オークではメラアス種やスタンブレット種には乗れないが、指示して調教することは可能ではないのか?』と。

 そう考えた彼は更に知識を深めるために、競馬に関するありとあらゆる情報を貪欲に吸収し始めた。

 それこそ図書館に一行しかないものまで、隅々に覚え続け、星欧のどの国の競走馬の血統すらも網羅し始めていた。

 そして動物に関して詳しく勉強が出来る学校にも通うことになり、中でも馬に対しての勉学に励み続け、競走馬に対しての論文も発表している。

 知識だけではない。

 学校を卒業後には、繋駕速歩競走の調教助手見習いとして厩務員に就職すると、レースの駆け引きなどを実際に体で覚えて、それを頭の中で、知識と整合しながら組み立てていく。

 徐々に彼の中で理論が組み立てられていき、シミュレーションを重ねていったのだ。

 決して楽な生活ではなかったが、彼の人生は大いに充実しており、彼の努力は報われていくのであった。

 繋駕速歩競走の中でも大きなレースにて、彼が調教したチームが優勝すると、そこから破竹の勢いで厩舎は連戦連勝となり、その年の国内レースでは負けなしのチームになっていた。

 それもひとえに調教助手として、様々な進言を行った彼の存在のおかげだと、師匠に当たる調教師は語っており、いずれ自分を越していくだろうとも語られていた。

 順風満帆とも思える繋駕速歩競走への道を、彼はあっさりと捨てたのだ。

 その時はかなり揉めたと噂になったが、オルクセン国内にて平地競走の設立が決まったと聞くや否や調教師になるべく築き上げた地位を捨てて、調教師の応募に真っ先に志願したのだ。

 その日はトラブルが発生して面接は行われなかったが、後日筆記試験と実技試験が行われることになった。

 試験当日、筆記試験の内容に関してはゲフに不安など一切なかった。

 問題だったのは実技試験である。

 調教師試験で、オークで参加したのは彼一人であるが、スタンブレット種に騎乗出来ないのは火を見るよりも明らかであった。

 試験官の一人が「実技試験はどうするか?」と訊ねると「私はスタンブレット種には乗れません」とケロッとした表情で語っていた。

 結局は実技試験に関しては不可となり、100点満点中0点となるのだが、彼を落とすか否かは会議が設けられることになる。

 確かに実技試験は体格による問題で、0点になってしまったが、筆記試験に関しては責任者であるショーン・ブリメイも舌を巻いた。

 首席合格者はディレック・トール・オンレイアンであったが、筆記試験を満点で収めたのはゲフ一人であった。

 中でも最新の問題も盛り込まれており、これを答えられるものは少なかったが、ゲフは見事正解させていた。

 しかし知識は良くても実技が行えなければ調教師になれないのではないかとの意見や、これを合格させてしまっては他の受験した者に対して不利を被るのではないか?との意見もあったが、最終的にはショーンが「繋駕速歩競走時代の功績」を鑑みて調教師として合格を与えている。

 これは今でも物議を醸し出すものであるが、のちに実績でねじ伏せていくこととなる。

 しかし今はまだ彼がオークとして史上初の平地競走調教師としての一歩を踏み出したことだけを書き記しておく。

 

 ゲフはまず、自分の厩舎で働いてくれる人物を探したが、これはディレックとジミーのコンビと同様に、共に試験を受けて、落ちた競馬関係者をスカウトすることから始まった。

 幸いにして何人かが、調教助手や厩務員として働いてくれることとなり、次は馬だとなった時、意外にも手を差し伸べてくれる馬主が何人もいた。

 皆オークで、繋駕速歩競走時代にお世話になった人間ばかりで、こちらでもよろしくと、所有しているスタンブレット種を預けてくれる旨を約束してくれると、ゲフは大いに喜んだ。

 同胞たちの期待を一身に背負っているとプレッシャーも感じたが、彼にとってこのプレッシャーは苦にも感じてはいなかった。

 彼らの期待に応えなければ、と早速用意された調教場にて問題が起きる。

 とある馬主から預けられた一頭のスタンブレット種が、あまりにも凶暴であった。

 黒毛の馬体で、近づくもの皆関係なく噛みつきに襲い掛かる凶暴さ、しまいには同じ調教場で走る他厩舎の馬が視界に入ると喧嘩を売りに行こうと暴れ出す始末で、ゲフは大いに頭を悩ませた。

 色々な知識を持ち合わせているゲフであったが、この暴君とも怪獣とも言えるスタンブレット種は彼の華々しいレース人生に波乱をもたらす存在となる。

 のちにゲフがその時の苦労を周囲に漏らしている。

 

 『初めてアイツに出会ったときは、「素晴らしい馬」だと思ったね。一歳馬にしては馬体はほぼ完成されているようにも思えたし、真面目に走れば、恐らく世界最強だと今でも自負しているよ。でもあいつの凶暴さはライオン以上にも思えるね。猛将シュヴェーリン閣下にすら無謀にも立ち向かっていくよアイツは。一番恐ろしいと思えたのは、厩舎に迷い込んだ猫を噛み殺したことだね。誰かが言ってたよ。悪魔の馬だって。否定はしないね。でも悪魔のように強い馬だったよ。』

 

 さてこの黎明期に関して三つの厩舎とそれと深く関係する人物の紹介を行ったが、まだ三頭の競走馬の名前を書き記していない。

 ディレック・トール・オンレイアン厩舎に預けられたのは黄金の毛を持つ尾花栗毛の馬。

 名を“オプティマール”と命名される。

 “究極”という意味が込められているが、その名に恥じない活躍をこれから見せていく。

 次にリリッシュ・カイザリン厩舎に預けられた気弱な葦毛の馬。

 名を“キュクノス”と命名される。

 古くはエルフィンドに伝わる伝統舞踊の題目にある“白鳥”を意味する名であり、この気弱な王子が大きく羽ばたいていくのをこれからお見せできるだろう。

 そしてゲフ・リーレン厩舎に預けられた悪魔と称された黒毛の馬。

 その名を“プルートー”と命名される。

 神話において冥府を司る神の名が由来とされており、無慈悲にレースを蹂躙していく様を見せることになる。

 かくしてこのオルクセン競馬黎明期において、のちの世にも伝わるほど熾烈を極めた三頭の争いが行われていくこととなるのだが、今はまだ始まったばかりなのである。




ヴィクトリアマイル複勝と三連複を取って勝ったので初投稿です。
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