ヤンデレのヒーローになるって感じのデク、 作:んをわるりら
容赦なくお願いしやす。
白いキャンバスに黒い絵の具をぶちまけたような曇天。
今にも雨の雫を垂らし始めそうなその雲は、いつもなら見えるはずの空の青も、人々を照らすはずの日光さえも、僕たち地上の人間に見せようとしない。
「はぁぁ……」
思わずため息が漏れる。
日光もさしていなければ、気温もそこまで上がらないため、服が湿気を吸い、肌にピタリと引っ付いて離れないのだ。
その気持ち悪さはまるで汗をかいたときのようで、ジメジメとした不快感を感じる。
これだから、雨の日は嫌いなんだ。
気分も気持ちも、何もかもがいつもよりネガティヴになり、マイナスなことばかりしか頭に思い浮かばなくなる。
実際、さっきから、ダルい、面倒臭い、何もやりたくない、気持ち悪い、などの怠惰な考えしか頭の中に浮かばない。
こんなことを考えては、幸せが逃げてしまう。
ただでさえ少ない僕にとっての幸せが、ため息と後ろ向きな思考のダブルパンチで逃げていってしまわないように、頭を空っぽにするため『ブルブル』と頭を横に何度か振る。
無駄に毛量の多い、僕の癖っ毛もっさりヘアが、葉の大量に付いた樹木のように揺れた。
『ぐううぅぅぅぅ』
………空っぽになったのは、頭の中ではなく、お腹の中のほうだったか。
「そういえば、昨日から何も食べてなかったっけ」
昨日のことを思い出す。
もうすぐ高校生になるというのに、勉強をするどころか学校にすら行かない僕。
小学生高学年あたりから不登校になり、親のスネをこれでもかというほどに齧っていた僕は、ついに親から見放された。
『もう、あなたのことは知らない』と。
日も沈み切った深夜のことだった。
もうすぐ高校生という節目で追い出したのは、15歳から就職できるから、という親の最後の優しさからだろう。
そこから家を追い出され、取り付く島もないまま路頭に迷って、公園の水道とベンチで食い繋いだ。
寒かった。悲しかった。寂しかった。
孤独という言葉を、今までで一番近くに感じた一夜だった。
全部僕が悪いのは分かってる。
総人口の約8割がなんらかの『個性』という超能力を持つ超人社会に、『無個性』という何も持たない状態で誕生。
周りは有個性。僕は無個性。
当然、『自分を強く見せたい』『優越感を感じたい』という心理を持つ人間が、そんな周りと違う僕に何もしないはずもなく。
小学校に入学して間もないうちに、僕はいじめのターゲットになった。
『あいつは何も持ってない』
『あいつと一緒にいると無個性になる』
身も蓋もないウソ。
しかし、いじめっ子たちはそのウソを理由に僕をいじめた。罵倒した。
そんな状態小学校高学年になっても続いた。
そして、ある日、我慢していたナニかが、まるで水が満杯のコップから溢れ出すように僕の中で溢れ出し、気づいた頃には学校に行くのをやめていた。
『無個性』で生んでしまったという、僕的には、一番、親に感じてほしくない後ろめたさを感じていた親は、そんな引きこもる僕に何も言わなかった。静かに見守ってくれていた。
心のどこかでは分かっていた。
こんな生活のままではいけない。
いつのまにかこの生活から抜け出せなくなる。
だが人間は、厳しい道より優しい道を選ぶ。
僕は『無個性だから』という理由を使って、いつまでも親に甘えていた。
そう、僕が悪いんだ。
『無個性』でありながら、それを『皆んなとは違う』という理由で完全否定し、挙げ句の果てには引きこもる、心の弱い僕が悪いんだ。
今、思い出したこれが、僕の————緑谷出久のオリジンだ。
△
さて、過去の嫌な記憶を洗いざらい思い出したところで。
天候も気持ちも雨に限りなく近い曇天。
なんせ、お腹と湿気で気分は最悪。挙げ句の果てに、この天気ではこの後に雨が降ることが確定している。
昨日寝た公園が使えないとなると、家無しホームレス状態の僕は一体どこで寝食をすれば良いのだろう。
「参ったなぁ………」
口から出た声色は、本当に参っているのか、と思うほどに平坦なものではあるけども。実際は、本気で悩んでいる。
建物の近くで休もうか。
いや、その建物の持ち主にハエのように『シッシッ』と追い出されるのが関の山だ。
ならホテルなどの宿泊施設はどうだろう。
いや、今の僕にはそのような場所に泊まる金どころか、駄菓子を買う金すらない。
一文無しだ。
誰かの家に泊めてもらうのはアリか。
一番現実的だが、世の中は多様性に満ちている。成人男性の未成年男児を標的とした性犯罪に巻き込まれる可能性も無きにしも非ず。
あれ、詰んでるぞ………。
まさに出口のない迷路に迷い込んだような状態だ。
「………参ったなぁ」
声色は先ほどよりも遥かに暗くなっていた。
と、その時。
「わッ?!」
「おっと」
考え事をしていたせいで、前方不注意になっていた。
前進していた体が何かにぶつかる感覚に思わず声が漏れる。
やばい、謝らないとッ
突然起きたことに対する驚きと、そのぶっかった対象に対する謝罪の気持ちで頭が混乱する。
混乱した頭だと、当然体の動きもぎこちなくなり、後ろに数歩下がろうとして絡まった足が僕の体幹を崩す。
結果、僕の体は後ろに倒れ————
「おい、一旦落ち着け。危ないだろう」
————ることはなく、僕がぶつかった人物が僕の背中に手を回すことで、僕の体は支えられた。
「ありがとう……ございます」
お礼を言いながら、僕が、ぶつかった挙句転びそうなところを助けていただいた人物の容姿を見る。
後頭部でまとめられた、かなり長めの濃い紫と薄い紫の混じった髪の毛。
片目には、目を守る用の防護メガネ。
出るとこはその魅力を最大限に引き出し、締まるところはキッチリ引き締まった、抜群と言っても過言ではないスタイル。
そして、紫色のノースリーブの服に、実用的なカーゴパンツ。
なんと言うか、男の注目を全くその気がなくても惹きつけてしまいそうな服装である。
「えっと……ぶつかってしまってすいません……」
「いやいいんだ。こっちこそ、前を見ていなかったからな。すまん……え〜と?」
「あ、緑谷出久です」
「そうか。すまんな、緑谷出久」
「あ、いえ、僕の方こそすいません、えっと……」
「一応、レディ・ナガンという名前でヒーローをしている」
ヒーローか。
未成年でこんな平日から街中をうろちょろしている身としては、今、会いたくない職種の人間ランキング、警察と並んで第一位の人だ。
これ以上、一緒にいれば何かと言われる可能性もある。
ここは速やかに……。
「えっと……では」
僕はそそくさとその場を後にしようとした。
「待て」
ビクッと肩を上げて体をビクつかせる。
「お前、どう見ても未成年だよな」
やばいやばいやばい。
心音がこれまでにないほど大きい。
耳の奥でドクンドクンと聞こえる。
次聞かれる質問はもう火を見るより明らかだ。
「学校にも行かないで、こんな真っ昼間から何をしている」
……逃げよう。
そう思った時には僕の腕はすでに、レディ・ナガンの細くも筋肉のある手によって、ガッシリと掴まれていた。
………終わった。
◯
ここは僕が寝食を共にした公園のベンチ。
そこで僕とレディ・ナガンは並んで座った。
「……以上がこんな真っ昼間から学校にも行かず街中を放浪している僕の全てです」
何が悲しくて自分の過去を二度も思い出さなければならないのか。
誰か、この問いに答えられる人がいるならぜひ答えを聞かせて欲しい。
「………そうか」
僕の話を聞くなり、レディ・ナガンは先ほどとは打って変わって神妙な顔つきに変化した。
明らかにどう返して良いか分からない顔をしている。すごく気まずい。
湿気のある空気の湿度がさらに増したような気がした。
言っといてなんだが、赤の他人がそんな本気になって悩むような問題でもないため『そうか。学校に通った方がいいぞ』くらいの、何も分かってない感じで流してくれると非常にありがたい。
でないと、話した僕のほうが何か罪悪感を感じてしまう。
「……やっぱり、ヒーローが解決できない闇は無数に存在するんだな……」
目の前のヒーローがすごいことを言い出した。
そんな社会問題を考えるみたいに————いじめだから社会問題ではあるのだけれど————本気にして考えないでほしい。
今、僕の心臓は罪悪感でミンチを超えてペースト状になりそうなんです。
「……よし……決めた」
レディ・ナガンは徐に立ち上がって、座っている僕の方を見た。
「緑谷出久……お前、私の家に来い」
「……へ?」
家に…………来い……?
藪から棒に何を言い出すんだこの人は。
何かのジョークなのだろうか。
女性ヒーロー界隈では、童貞の学生を家に連れ込む遊びでも流行っているのだろうか。
唖然としている僕を他所に、レディ・ナガンは僕の腕を引っ張り、どこにあるかも分からない彼女の自宅の方へ歩き出した。
□
はじめに小僧——緑谷出久を見たとき、胸の中で妙なナニかが疼くような、蠢くようなそんな気がした。
緑色の目のあたりまで伸びた髪の毛。
酷い隈を持ちながらも、愛らしい緑眼。
痩せ細った、私の力であれば折ることなど容易い小枝のような手足。
それでいて、本当に食事をしているのか、と思うほどに軽い。
触ればすぐに崩れてしまうような、例えるなら、砂でできた花のような、そのようなイメージを私に持たせた。
そんなことを考えていると、「えっと……では」などと言い出して、私の前から逃げようとした。
それが何故か嫌だった。
癪に障った。
私から逃げようとするのが許せなかった。
だから、普段の私なら何も気にしなかったであろう、それでいて正当性のある理由————『未成年補導』の名目の元、緑谷出久を近くの公園まで連行した。
小僧の細い腕をがっしりと掴み、有無を言わさず連れてゆく。
私の歩く速さに追いつくことができず、少しこけながらも懸命についてこようとする姿に私の心臓の心拍数が上がる。
公園に着いた。
一番最初に目についたベンチに小僧を座らせ、私も隣にドカッと腰を下ろす。
肘をベンチの背もたれにかけ、「なんでこんな真っ昼間から学校にも行かず放浪している」などと詰めれば、小僧はビクビクしながらも、自分の境遇について話し始めた。
曰く、無個性で親から勘当された、と。
私は真剣に考える素振りをして、この小僧をどうするかについて考える。
今の話から察するに、小僧と親を繋ぐ糸は全て断ち切れたと考えられる。
つまり、警察にでも、渡すことができるというわけだ。
しかし、何故だろう。
それが気に食わない。小僧が私の見えない場所へ行ってしまうのが気に入らない。許せない。
小僧を見れば。
気まずそうに目を泳がせている。
小僧としては今の話は、さらりと流して何も気にすることなく、さっさと私から解放されたいのだろう。
当然だ。見知らぬヒーローに捕まって、束縛されている状況など一番苦しいに違いない。
だがしかし。
別に解放しようと思えばできるのだが、何故かそれが嫌だ。小僧を自分の目の届く距離に置いておきたくなる。
さっきから何なのだろう。
この感情は。
小僧を手放したくないような、まるで小僧を束縛するかのような感情
出会ってまだそんなに経っていない未成年にこのような感情を抱くなど、普段の私であれば絶対に有り得ない。
だというのに。
今は何故か、目の前の小僧に対してそのような感情を抱いている。
この感情は一体なんなのか。
分からない。分からない。
いや、自分の感情について考えるよりも、まずは小僧のこれからの処遇について考えよう。
私はヒーローだ。自分のことよりも、仕事を優先しなければ。
公私混同はしない。仕事に私怨を持ち込むな。
口を開く。
小僧に向かって『お前をひとまず警察に連れて行く』と、判決を下そうとする。
と、そのとき。
『私の家に連れて行けばいいじゃないか』
私の中の本能が、私の理性に向かってそう提案する。
なんと恐ろしく、それでいて甘美な提案。
口の中で舌を動かし乾き切った口内に水分を与える。
喉がゴキュリと音をたてる。
その提案の素晴らしさに思わず身を震わす。
自分が恐ろしく感じる提案。
それと共に私は自分の感情の正体を理解する。
そうか、私は小僧が欲しいのか、と。
目の前の小僧を見たときから疼く母性にも似た庇護欲。そして、小僧を誰にも渡したくない、私のそばに置いておきたいと感じる独占欲。
それら全てが、私の理性に総攻撃をかける。
崩れゆく私の理性。
止められない欲望。
溢れ出す感情。
「緑谷出久……お前、私の家に来い」
気がつけば、私は小僧、いや、この呼び方はやめよう。
私は、案外、公私混同しやすい性なのかもしれない。
ふぅ……。