ヤンデレのヒーローになるって感じのデク、   作:んをわるりら

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インバイト ミー レディ・ナガン

幾分か雲が晴れ、それでも未だ曇天といえる空の下。

 

目の前を歩く女性————ヒーロー名レディ・ナガン。

 

一度町に出れば、男の視線をその体の全体に引き寄せるほどに抜群のスタイルのヒーロー。そんな彼女の家に、僕は何故か連れて行かれている。

 

羨ましいなどと言う勿れ。

 

実際、僕は嬉しい、やったーなどという感情は一切なく、ただただ頭の中に思い浮かぶのは疑問だ。

 

何故、この人は僕を自分の家に連れて行こうとしているのだろうか。

 

頭の中をこの一つの疑問が支配している。

 

あれこれ考え、千思万考しても、彼女の意図が見えない、分からない。

 

会って間もない。なんなら、まだ会って1時間も経っていないのではないだろうか。

そんな少年を自分の家に連れて行く。

 

果たして正気なのだろうか。

 

しかも僕は『無個性』。

 

『無個性』なんて、忌み嫌われる存在だと思うし、長年の実体験から、そうであると確信している。

 

近所での『あの人の子供、無個性なんですって』などという噂は日常茶飯事。そんな噂、聞き飽きたを超えて、日常音と化している。

 

そんな僕を自分の家に連れて行く?

 

正気の沙汰じゃない。

 

疲れているのだろうか。頭が回っていないのではないだろうか。

 

ヒーローとは仕事に就く一般市民などと比べ、激務の毎日だと聞く。

 

見た目と風貌からして、歴戦のヒーローだと考えられるレディ・ナガン。

数数多の仕事をこなしているうちに、頭のネジが取り返しのつかないほどに外れてしまったのではないだろうか。

 

少なくとも、今の彼女はどこかおかしい。

 

シラフの状態であれば、無個性の少年を連れて行くなどメリット0デメリット100であることは容易に想像できるはず。

 

もし、今のまま僕が大人しく彼女について行き、そのまま、彼女の自宅に泊まれば、明日待っているのは後悔の数々。

 

やってしまった。私は未成年の子供を連れ去って何がしたいんだ。ヒーロー失格だな。

 

朝チュン状態よりも酷いことになるのは火を見るより明らかだろう。

 

下手したら、僕のせいでレディ・ナガンとしての輝かしいヒーロー活動に幕が降りるかもしれない。

 

ならば、僕がすることはただ一つ。

 

明らかに正常な思考ができないと考えられる彼女の人生を終わらせないためには、正常な思考ができる僕が行動を起こすしかない。

 

彼女を——レディ・ナガンを助けるため、僕は彼女から逃げなければならない。

 

幸い今の僕は、目の前を歩くレディ・ナガンの後ろをテクテクとついて行く状態。

 

腕も掴まれていないため、逃げることなど容易いだろう。

 

大丈夫、逃げ足には自信がある。

 

彼女の過ちをこれで断ち切るために、僕が彼女を救う。ヒーローを助けるヒーローになるのだ。

 

そうと決まれば。

 

僕は彼女の様子を伺い、僕が彼女の視界に入ってない隙に、進行方向とは真逆の方向へ全力疾走する。

 

「な?!」

 

驚いたような声を上げるレディ・ナガン。

 

さすがはヒーロー。僕が走り出したのに瞬時に気づいた。

 

だが、時すでに遅し。

僕は全力で走り、彼女と僕との距離をぐんぐんと広げてゆく。

 

後ろを見れば、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているレディ・ナガン。

しかし残念。距離は十分に開いた。この距離で僕に追いつくなどいくら歴戦のヒーローであれど不可能だ。

 

さようなら麗しきレディ・ナガン。

 

彼女には彼女の。僕には僕の道がある。

 

お互いそれぞれの道があるのなら、その道が決して交差することがないように、互いに離れるのが最善の手だ。

言い方は悪いが、離婚と同じなのだ。

 

(あそこに逃げ込もう)

 

僕は視界に入った路地裏に向かって駆ける。

 

もう、後ろにレディ・ナガンの姿はない。

完全に撒いた。今後の人生において彼女に会うことはもうないだろう。

 

「ハァハァハァ……ッ」

 

全力疾走。

年中家に篭っていた身としては、かなり堪える。

そもそも、走ったこと自体、久しぶりなのだ。

 

日頃、大して運動していないというのに、このような全力の有酸素運動。

肺も心臓も、これでもかというほど酸素を求め、血液がいつもより遥かに速く、全身の血管を走っている。

 

「ハァ……体力作りでも…ハァ…したほうがいいかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな」

 

「ッ?!」

 

おかしい。

聞こえないはずのレディ・ナガンの声が僕の後ろのほうから聞こえる。

酸素が頭に回っていないせいで、変な幻聴でも聞こえるようになったのだろうか。それとも、レディ・ナガンのような鳴き声の動物でもいるのではないだろうか。

 

そうだ、動物の鳴き声に違いない。

 

僕は先ほど、追いつくのが不可能な距離までレディ・ナガンから離れた。

だから、この路地裏で彼女の声がするのは、僕よりも速い速度でここに先回りしない限りあり得ない。

 

レディ・ナガン?

そんな人がここにいるわけがない。そうだ、きっと可愛い動物が後ろを振り返ればきっといるに違いない。

 

恐る恐る声のした後ろのほうを振り返る。

 

「よぉ、さっきぶりだな」

 

振り返った先にいたのは、可愛い動物ではなく恐ろしい怪物だった。

 

「さぁ、行くぞ」

 

今度は僕が逃げられないように、レディ・ナガンは僕の腕を最初よりも強い力でぎゅっと握りしめる。

 

血管が押し潰されて、その握られた腕付近の肌の色が赤くなる。

 

「な、なんで、僕にそこまで固執するんですか?!」

 

路地裏に僕の、レディ・ナガンを責め立てるような声が響き渡る。

 

何度考えても分からなかった疑問。それを今、その疑問の渦中の人、レディ・ナガンへ問い詰める。

 

だが、返ってきた返答は僕の予想の遥か斜め上をいくものだった。

 

「お前が気になるからだ」

 

「は?」

 

お前が気になる?

どういう意味だろうか。

 

平日のこんな天気の下、ぶらぶらと街中を歩く僕のことが気になるのだろうか。

そうか、確かに気になるかも知れない。だが、その場合は『未成年補導』なんて言えば済む話である。

 

決して、『お前が気になるからだ』なんて含みのある言い方をする必要はない。非合理だ。

 

どういうことだろうか。

何かの伏線か?

 

もしかして、恋愛的なナニかなのか。

 

いやあり得ない。

出会って数分の未成年に一目惚れなどチョロいにも程がある。そういうものは漫画かアニメの中の産物であることは現実を見れば分かる。

 

「おい、どうした」

 

レディ・ナガンの声が思考の海にどっぷりと浸かっていた僕を引き上げる。

 

「ほら、行くぞ」

 

レディ・ナガンは僕の腕を握りしめたまま、歩き出した。

 

「ちょ、僕のことが気になるってどういう意味ですかッ?!」

 

「そのまんまの意味だ」

 

それが分からないから聞いているんですよ!!

 

返ってくるのは恐らく無意味な回答だろうから、心の声をすんでのところで飲み込む。

僕の質問に対して、全く回答になっていない返答に唖然とする。

 

本当に彼女は僕を自分の家に連れて行って何がしたいのだろうか。

 

分からない。さっきよりもさらに分からない。

 

レディ・ナガンの心がより分からなくなった僕は、なす術なく、彼女に連行されるしかできないのであった。

 

 

「ここだ」

 

到着したのはどこにでもあるようなマンション。

 

てっきりヒーローなのだから、最上階が3桁になるほどのタワーマンションに住んでいるのかと思っていたが、そうではないらしい。

 

「上るぞ」

 

ボーっとマンションを見ていた僕にレディ・ナガンが声をかけた。

 

「………はい」

 

先を行く彼女の背中をテクテクとついて行く。

 

マンションの正面にある階段を上り、踊り場の点滅する蛍光灯を3、4回見たあたりで、階段を登るのを止める。

 

廊下を歩いて行き、階段から最も離れた部屋の前で止まり、レディ・ナガンが鍵を開ける。

 

『キィ』と錆びた蝶番の擦れる音がした。

 

「ほら、入れ」

 

「お、お邪魔します………」

 

照明のついていない、暗いという言葉よりも鬱蒼という言葉のほうが似合う室内へそっと足を入れた。

 

あまり家に帰っていないのだろう。

室内は新居のように新しく、置かれている家具も、洗濯機や冷蔵庫、ダイニングの机などの必要最小限、

 

埃もあちこちに見受けられ、言わずもがな冷蔵庫や机の上の埃は、より酷くなっている。

 

人が住んでいるという生活感がないのだ。

 

このような部屋では黒い昆虫型生物(通称:ゴ○ブリ)が湧き出ても違和感がない。

 

「……しばらく帰っていなかったんですか?」

 

「家に帰る余裕なんてここ最近なかったんだよ」

 

リビングのソファにドカッと腰を下ろしながら、そう答えるレディ・ナガン。

 

僕も近くにあった椅子に座ろうと腰を下ろす。

しかし、彼女が凄い剣幕で睨みながら自分の隣を指差したため、やむを得ず、彼女の隣に座った。

 

「……なんなんだろうな」

 

レディ・ナガンが話し出す。

 

「お前を見ていると誰にもお前を渡したくなくなってくる。お前、本当は個性持ってるんじゃないか?」

 

優しい笑いまじりに問いかけてる。

 

「さっきも言いましたけど、僕は無個性ですよ……。仮に個性だったとしてもどんな個性ですか…それ…」

 

人の独占欲を刺激する個性とか何だソレ。

間違いなく二次創作等で出てくるご都合主義のネタ個性である。

pi○iv、ハーメ○ンなどの己の妄想吐露サイトなどで検索したらすぐに出てくるだろう。

 

「でも現に私は、お前を誰にも渡したくない、見せたくないと思った。つまり、お前自身に問題があるんじゃないか?」

 

「いや、僕にも全く心当たりが……」

 

「じゃあ、原因が分かるまで帰すわけにはいかないな」

 

「な?!」

 

何故そうなるのか。

 

先ほどのお前私の家来い宣言といい、お前が気になるからだ発言といい、彼女の発する言葉は何かおかしい。

 

なんというか、伝えるべき大事な部分が欠けている。

 

もう少し人との会話のキャッチボールをしても良いと思う。

 

「嫌なら、別に出て行っても構わないぞ」

 

「え、いいんですか」

 

「あぁ、別に構わない」

 

そんなことを言われたら、出て行くに決まっている。

 

何が悲しくて、見ず知らずのヒーロー——しかも異性——と同じ屋根の下で寝食を共にしなければならないんだ。

 

僕はレディ・ナガンの横から立ち上がり、玄関のほうへ向かう。

一刻も早くこの家から出るべく、玄関に向かってキビキビと足を動かした。

 

「ただ—————

 

僕の後ろでレディ・ナガンが話し出す。

 

—————お前、行く宛はあるのか?」

 

キビキビと、それこそゼンマイ仕掛けのおもちゃのように動いていた足が、錆びついたように止まる。

 

「親からも追い出された。金もない。挙げ句の果てには人脈もない。そんなお前に行く宛はあるのか」

 

僕の後ろにレディ・ナガンはいるため、表情は見ることができない。でも分かる。彼女は絶対にニヤニヤと口角を上げているに違いない。

 

「出て行くといいさ。衣食住が確保できる絶対的な自信があるんだったらな」

 

そんなの無理に決まっている。

僕には衣食住どころか明日の平穏な未来さえ確保できない。

 

しかも、彼女は——レディ・ナガンはそれを分かった上で、僕に出て行くということを提案している。

 

あぁ、なんて鬼畜なのだろうか。

 

「…………」

 

固まる僕。

 

当然、出て行くという選択肢はもう選べない。

 

玄関のほうへ向けていた足を、そっと元いたリビングのほうへ向けて、そちらへ歩いてゆく。

 

ソファの前に行き、依然そのソファに座っているレディ・ナガンへ一礼と共に一言。

 

「……これからよろしくお願いします」

 

彼女の家に入って来た時点で、僕に選択肢などなかったのだ。

 

元々、選択肢があるように見せかけて、実際は選択肢はない

これがヒーローのやることだろうか。いや、実際に目の前のヒーローがやっているのだから、おそらくヒーローのやることなのだろう。

 

「こちらこそ」

 

帰ってきた返事の声色は、まさに上機嫌といった感じだった。

 

お先真っ暗な僕の未来。その未来へと差した一筋の、レディナガンという光。しかし、それはあまりにもどす黒く、辺りの真っ暗闇と変わらなかった。

 

僕は果たしてどうなってしまうのだろうか。

 

ちなみに、顔を見れば、想像の10倍くらいニヤニヤしていたレディ・ナガンであった。




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